女は可愛げだけじゃなく度胸がないとね!
そして3人はまず、温室に向かう。
温室にいたのはフェリシアとケルト、そしてお茶の準備をしているマゼンタと、一人の少年に気づく。
「フェリシア様、ケルト様、ユール様。そしてマゼンタ。寒くありませんか?」
「あ!」
ハーブの苗に水を与えていたフェリシアとケルトは、微笑みながら振り返る。
「ガイお兄様。それにジェイク叔父様」
「それにリリ。アルフィナは元気かな? この間ここに来たんだけど、お花が一杯、綺麗って言っていたから、また来てねって……フェリシアと」
ケルトは昔、黒くてマントを羽織り重苦しい格好が多かったのだが、最近はシンプルだがラフな格好である。
今日は、ブーツに騎士の普段着の格好をしている。
幼なじみのユールの古着らしい。
しかし、野暮ったいと母に言われていた髪を整えると、中々凛々しい。
「あの、今少し熱を出しておられます。旦那様と奥様が見ていらっしゃいます。でもこの間、こちらからの帰りのお嬢様は嬉しそうでしたわ。また、私共も一緒に伺っても構いませんか?」
「是非! エリとリリも来てね? お花を見ながらティーパーティーも楽しみね」
ケルトは恋人の手からジョウロを取ると、
「ところで、ガイ兄さんと……ジョンおじさん……にしては派手?」
首を傾げる様は何故か可愛い。
「だから、ケルト。この方はジョンおじさんの双子の弟さんだって。ジェイクおじさん」
「へぇ〜あぁ、アマーリエ様のお兄さんの執事さんだっけ? 道理で……」
「道理で……と、言うのは……?」
「そつがない。隙がない」
「お前は隙だらけだもんなぁ」
ユールの一言に、半目でマゼンタが、
「じゃぁ、貴方は手抜きだらけね。本当に」
「何でだよ。いいじゃん。今日はちゃんと稽古して遊びに来たんだぞ」
「本当に……私なんて、頑張ってるのに暴発よ! フェリシア様やミリアム様に教えて貰ってるのに! 今更だけど、ちゃんと術を磨いておけばよかった」
溜め息を吐きながらハーブティを淹れる。
「フェリシア様、ケルト様。フレッシュハーブティーですよ。どうぞ。それに、おじいちゃん、ガイ兄さんもどうぞ」
「俺は? 俺のは?」
「あるわよ。でも、それ、飲みにくいかもね」
「えっ……ブフッ、酸っぱい……」
慌ててグラスの水を飲む。
「だから言ったでしょう? それ、ローズヒップとハイビスカスを混ぜたものなのよ。ローズヒップは女性の身体にいいの。だから、フェリシアさまやアマーリエさま方にと思って。でも、少し酸味が強いの。女性は酸味には耐性があるけれど、男性は弱いのよ」
「何で飲ますんだよ〜!」
「それ、私の。だから言ったでしょう? 皆さんのはフレッシュハーブティーって。カモミールとミントを使った爽やかなハーブティーを淹れたわよ。ここに。貴方が間違えたんでしょ?」
ちゃんと前に置いていたのに、横に置いた自分のカップに手をつけたユールを睨む。
「ローズヒップティは、本当に貴重なのよ。ここのイヌバラの実を手で摘んで、洗って水気を切って、その後に中のタネをとってから約1ヶ月乾燥させるのよ。カビないように。ミントとかカモミールは本当にほっといてもすぐ生えるけど、ローズヒップティはほんっとうに手間がかかるのよ! 必死に作ったのに、何?」
「あ、え〜と、ごめんなさい! ほんっとうに悪かった。反省します!」
「反省しなかったら、そこにあるイヌバラの赤い実を全部収穫して貰うから!」
「えっ、えぇぇぇ! イヌバラって、コレ?」
小さな5枚のピンクの花びらが控え目に開いた、生垣の一部の所々に赤い実が付いている。
「そうよ。ノバラとも言うわ。厳密には少し違うらしいけど」
「……この小さな実、どれだけ摘んだらハーブティーになるんだろう……凄いな。マゼンタ」
ユールは呟き、爽やかなハーブティーを一口飲む。
「あ、さっぱり! 俺、コレ好きだ」
「カモミールはリラックスと安眠に、喉や口の中の炎症を楽にするの。うがい薬にもなるわ。ミントも気分を落ち着かせたり、炎症を楽にしたり、温かいけれど冷たく感じるから、夏に飲むといいの。私はこの三つ位ね。他はフェリシア様やケルト様の方が詳しいわ」
「おかわり!」
「あのねぇ……もう少し、話を聞くか、味を楽しんでよ!」
「俺、肉好きだから、葉っぱ系嫌いだけど、コレは飲める。それだけですごい」
マゼンタはユールの幼なじみの二人を見ると、フェリシアはクスクス笑い、
「本当よ。マゼンタ。ユールはお兄様のセシル兄様と違って、偏食なの。魚も野菜も嫌いなのよね。ケルトは大分改善中だけど」
「恥ずかしながら、僕は魚と野菜は大丈夫になってきたけど、脂っこいのダメなんだ」
ケルトは首を竦める。
「ユールがガツガツ食べるの見て、余計に胸がムカムカして……」
「胸やけですか。じゃぁ今度、食べやすいサンドイッチをお作りしましょうか? 珍しい油が手に入ったんです」
「あ、俺も食いたい!」
「貴方は肉食ってなさい」
冷たく切り捨てるさまに、
「えぇぇぇぇ! いいじゃん! 俺も!」
「え〜い! うちのジョセフィより、子供みたいにわがまま言わない! アルフィナ様の方が賢いわ!」
「アルフィナは賢いんじゃなくて、可愛いんだ! ……と俺の兄貴なら言う」
「そうね。あんたは可愛くないわ〜。馬鹿だもの」
ジェイクとガイが青ざめる。
一応、ユールは公爵家の次男である。
元聖女だったとしても、言っていい言葉がある。
本人も理解していたのか、
「お祖父ちゃん、兄さん。一応言わせて。聖女時代のこと」
と言うとユールを見る。
「もっと真剣にやりなさい。あんた、本気でお兄様に勝負したことないでしょ?」
「……」
「お兄様、あんたのこと分かってる。手を抜いてるの気付いてる。いつになったら向かってくるのか待ってる」
「……うるさい!」
「お兄様だけじゃない。お父様も知ってるわ。それにね?それって、あんたよりお兄様が傷つくの分からないの?」
その言葉に、
「うるさい! 俺が兄貴に敵わないのは、俺が弱いだけだ!」
「怖がってるだけでしょ。お兄様が遠くに行きそうで。でも、それって卑怯だと思う!」
「卑怯って何だよ!」
「セシル様、左利きなんでしょ? なのに、今は右利き。怪我をしたんですってね?」
「それがどうした! 父さんを庇ったんだよ!」
テーブルを叩いて立ち上がる様子に、マゼンタは持っていたポットの蓋を開け、青年の顔面にぶちまけた。
「冷静になりなさいよ!」
「いや……お前の方が冷静に……」
止めようとする祖父を振り払い、マゼンタは自分のカップの中身をかけ、怒鳴り返す。
「あんたのお兄様、戦場だったから、それに毒の塗られた武器の傷だからって、手術も丁寧にできなくて、今も残るのはひどい傷口よね? 実際、私は多少の傷を癒してきたから分かる。あれですぐに武器は握れないわ。ペンすら持てない。でも、指先まであれだけ繊細な動きってことは、見ていないところであれだけになるまで、リハビリしたのよ。自分は長男だから、跡取りだから頑張らないとって」
「そうだよ」
「じゃぁ、何で? そこまでして立たなきゃいけないの?」
「兄貴は参謀兼務だったんだよ!」
「参謀だけ集中してって言えなかったの? 出来なかったの? それ以前に、あんた何してたの?」
マゼンタの言葉に口籠る。
「あんた、甘ったれるのいい加減にしなさいよ? 本気でガキじゃない! アンネリ様ならまだわがまま癇癪許せるけど、あんたみたいにでかいガキ大将、お兄様も面倒見きれないと思うわ。ウザいもの」
「……」
俯き視線を合わせないようにするユールに、マゼンタはゆっくりと告げた。
「もういい。馬鹿には何を言っても無理。すみません。後で片付けますので、食器はそのままで……私は別の用事を済ませてきますので」
頭を下げて、ポットとカップを手にして去っていったのだった。
このイヌバラという品種は、現在のバラの原種ともいうべき種類です。
白い花もあり、そしてよく似た品種のノバラもありますが、ゲーテの詩の『野ばら(Heidenröslein)』は、イヌバラを指すそうです。




