もう一つの隠し扉を探しに
ジェイクは兄達に告げた後、この屋敷の当主のアルフレッドとその婚約者キャスリーンと会いたいと甥のガイに頼み、すぐに会えることになった。
するとアルフレッドの腕には、真っ赤な顔のアルフィナがいた。
うなされている上に、しゃくり上げている……かなり調子が悪いらしい。
「アルフレッドさま? アルフィナさまは……」
「あぁ……うーん。ミリアム枢機卿に使った癒しの力が難しくて、知恵熱というか……」
「身体が、まだ追いついていないのですね。力は、私が知っている限り最も強い方ですし」
「ジェイクの知ってる聖女……ジェイクって幾つだっけ……」
見た目はチャラく、年齢未詳のジェイクに、
「旦那様。ジェイク叔父は父の双子ですから、良い年ですよ。それに、従姉にはあのマゼンタがおります」
「あぁ、そっか。それ位なんだ」
「年は言わないで頂けませんか?それより、ガイに早く身を固めろと言ってやって下さい。普通、ガイの妻子がアルフレッドさまのお子様の乳母だったり、乳兄弟として育つんですよ」
「あー、ガイはね? 今、交際中なんだけど、彼女に一昨日『私はまだ経験が浅いですし、アルフィナ様の側に居て差し上げたいので、ガイさまに本当にお好きな方ができましたら、その方と結婚して幸せになって下さい』って、言われてショック中」
「旦那様!」
ガイはガーンとした顔をする。
「おや、そうなんだ。よく出来た彼女だね」
「……女官としては……でも、最近デートもできない! お嬢様の方が大事……私も分かってますよ!お嬢様が可愛くて可愛くて堪らないのも。でもその前から、彼女にはコンプレックスに自分は不器用とかドジとか思い込みも多くて、努力しているのに……それは皆も理解しているのに、何で勘違いまで!」
「……アルフレッドさま、ガイの彼女って?」
ジェイクが尋ねると苦笑して、
「アルフィナの女官の童顔のリリです。双子でしょう? それに、少し大人びたエリの方が冷静なんですよ」
「あぁ、あのそっくりの双子で、くりくりの大きな紫の瞳の方の子か。青い瞳の子はそっくりでも冷静沈着なサラタイプだから……ガイは母性本能ありで、女の子らしい可愛いミーナに似た……マザコンだったんだな」
「叔父上!」
「でも、確か、18だろう? ガイ……結構歳が離れてないかい?」
「……!」
ショックを受けるガイ。
一応、アルフレッドより半年早く生まれ、もうすぐ30歳である。
キャスリーンとアルフレッドはジェイクも事情を知っているし、前の妻だという女よりキャスリーンと一緒の方がお似合いである。
逆にもっと早く結婚を勧めてあげるべきだったと、兄弟と共に後悔すらしている。
しかし、甥は一応長兄に子供がおらず、ジェイクにも娘一人、孫は女官見習いのマゼンタとジョセフィ。
親族は結婚適齢期のガイに、早く結婚して身を固めて欲しいと思っているのだ。
「まぁ、頑張れ。それよりも、お伺いしたいことがあるのですが……」
「叔父上にまで、流された!」
「アルフレッド様。私はミリアム様とフェリシア様、一応孫のマゼンタにアルフレッド様の母上であるアマーリエ様、今捕らえられているメリーと言う侍女の若い頃も知っていますし、後数人おられますが、この……確か6歳で、ここまでのお力を操る方は、見たことも聞いたこともありません。あぁ、フェリシア様とミリアム様は大変お強い聖女ですが、私の知っているアマーリエ様とメリーの能力はずば抜けておりましたよ」
アルフレッドは目を見開く。
「母上が? でも、母上は良く、自分はもう力のない失格者だからと……」
「純粋に能力にも幾つか有るでしょう? 殿下がご存知の傷の癒しに、心の癒し、傷だけ癒しても身体が動かないこともあります。ミリアム様は傷と身体が動かせるよう補助、サポートのできる聖女。フェリシア様は傷と心の癒しの祈りに突出した方、マゼンタは繊細さのない癒しのみ、アマーリエ様は心の癒しに突出された方です。ご本人はその力を失ったと信じていらっしゃいますが、殿下も皆様もこの屋敷に入ると癒されると思うのは、アマーリエ様のお力が、この屋敷を包み込んでいるからです。メリーは人の身体の動作をサポートする力を持っていましたよ。彼女は愚かにも、力を一時的に吸われ、その恐怖に帝国に頭を垂れましたが」
「ジェイク……」
「アマーリエ様は無意識にご自身で封じられたのです。失った訳ではありません」
「どういう事ですか?」
兄達の主人の息子夫婦を見る。
そして、主人の息子……養子……イザークが説明した地図を見せる。
「若君……イザーク様が昔、行ったことがあると言う、あの屋敷のもう一つの隠し扉の場所の行き方を伺いました」
「もう一つのって、アルフィナが言ってた?」
「そうですね」
「でも! アルフィナに……こんなに弱っているこの子に何ができる? 守り手と言うのは?」
「叔父上……お嬢様はまだ幼いのです。無理です」
ガイが訴える。
ガイはアルフレッドの乳兄弟であり、まだ結婚はしていないが、アルフィナを溺愛する家族同様、妹……いや、娘のように思っている。
その為、アルフレッドが忙しい時には、父親の側にいたいとぐずるアルフィナを抱っこやおんぶして世話をしたり、アルフレッドがキャスリーンと幸せなデートをしている時は、衛兵にあれこれと頼み、自分はアルフィナ付きの女官エリやリリと共にアルフィナが数字を数えているのを聞いていた。
アルフィナは舌足らずでたどたどしいが、引き取られてすぐの時点で、百まで数えられたし、足し算引き算と、簡単な掛け算割り算ができる。
本当に賢いのだ。
周囲に気を使うし、頑張りすぎて寝込むこともある。
これ以上無理をして欲しくないと、思うのは……。
「それです。アルフィナ様には難しいかと思います。イザーク様が言われておられました。昔、イザーク様のご親友で弟になる亡きアルキール殿下と、その隠し扉を見つけたので一緒に入っていかれたそうです」
アルキール……アルフレッドとベルンハルドの弟のまだ赤ん坊のアルではなく、アルフィナの実の父のアルキール……イザーク達はキールと呼んでいた青年。
「殿下は、入っていくと途中で気分が悪くなり、めまいを起こして動けなくなったそうです。その為にイザークさまはすぐに引き返したと。多分、バルナバーシュ様の血を強く引く、聖なる方は進めないと思われます」
「えっ? でも、アルフィナは……」
「こんなに真っ赤な顔で弱って泣いているのに、無理は絶対させられません。絶対にダメです。行くなら、一番ぴったりなのは、うちの馬鹿孫です」
「えっ?」
ジェイクは答える。
「スカーレット……マゼンタはバルナバーシュ様の血を引いておりません。アマーリエ様は出産後で、フェリシア様も万全ではないでしょう。そして、ミリアム枢機卿もまだまだ本調子ではないでしょう。マゼンタは頑丈です」
「叔父上! 幾らマゼンタが頑丈でも、危険があったらどうするんですか! 一人で行かせる気ですか!」
「私が行きます」
「無理ですよ! お嬢様は守り手と一緒にと……」
ガイが反対する。
一応お転婆ではあるものの悪気のない、カラッとした性格のマゼンタを妹のように思っている。
主人のアルフレッドやその娘のアルフィナも大事だが、家族も大切である。
「ですが、今、頑丈でタフな聖女、聖女候補はマゼンタだけです。それに、フェリシア様と婚約者のケルト様も完全に回復していないでしょう? アルフィナ様はまだ幼く、身体が弱い。アマーリエ様が元気だったとしても、守り手は夫君のバルナバーシュ様。バルナバーシュ様は聖なる術師で、対抗しえないでしょう。ミリアム枢機卿は守り手がおりませんし」
「マゼンタもいませんよ?」
「私が行きますから」
「叔父上がいなかったら、あの、アーティス様はどうするんですか!」
「イザーク様がいるから」
叔父甥の言い合いにキャスリーンが、真顔で告げる。
「あの〜? イザーク殿は、あの勤勉でまっとうな、普通の方ですよね? 奥様がアルキールちゃんの乳母で、ラファエルちゃんのお父さんの」
「そうですね」
「失礼ですけど、イザーク殿はアーティス枢機卿様の突拍子もない行動を止められる程、枢機卿様のことを理解しておいででしょうか?」
「……えっと……」
ジェイクは口ごもる。
自分の主人は、変人と天才は紙一重の典型である。
アーティスに着いてもう人生の半分以上のジェイクですら、時々ついていけない暴走魔。
生真面目で正義感の強い青年に、預けることは難しいか?
「思うのですけど……ジェイク殿は枢機卿様のストッパーをなさって下さい」
「では誰が……」
「騎士の一族のラインハルトさまのご子息の、ユール殿は如何でしょう?」
「ユール様……ラインハルト卿の……?」
「叔父上。お嬢様といつもいらっしゃるのは、ご長男のセシル様。次男がユール様とフェリシア様とケルト様とは幼なじみで、とても正義感の強い正統派の騎士ですね」
ガイの言い方が気になり尋ねる。
「おい、じゃぁセシル様は?」
「……さぁ……お嬢様を泣かせたら我が一族の仕返しがあり、命はないと……」
「だからね? ガイ。セシルを絶対ロリコンだとか悪く言ってるけど、それ言ってると、ガイも同レベルだからね? ガイとリリと、セシルとアルフィナの歳の差は変わらないから。それに何で嫌うの。幾ら一度だけアルフィナが、ガイよりセシルと遊びたいって言った位で、いつまでも大人気ない」
アルフレッドはバッサリ切って捨てる。
その言葉にガイは、ズーンと落ち込んだ。
その様子に苦笑しかなかったジェイクだった。




