【番外編】家令と執事長と執事兄弟の話
ジェイクは、親子に一応ジョセフィをつけて、兄達の部屋に向かった。
「どうしたんだ?」
長兄の家令のイーリアスに問いかけられ、アーティスとイザークの話を説明する。
「愚痴を言う訳じゃないのですが、うちの坊っちゃまは普段はあの通り頼りない上に、能力はあるのにここぞと言う時に甘いので、何かあっては大変ですので置いて行こうかと思っています。ですので、兄上お願いできませんか?」
「……と言うか、無理だ」
「そうそう」
どうして双子なのはジョンと自分なのに、長兄と少し早く生まれた双子の兄はそっくりなのだろう。
まぁ、垂れ目とつり目と白髪の多さで分かるが……。
「何を考えているのか分かるぞ。ジェイク」
「いやぁ、兄貴も老けたなぁ……と。逆に、ジョンは童顔で良いなぁと。俺とジョンは双子なのに、孫に俺の方が老けてるだと。本当に失礼だと思わないか?」
「私の所のガイはまだ結婚してくれない……孫の顔見せて欲しいよ」
ジョンは珍しく愚痴る横で、
「子供のいない私に対しての嫌味か?」
「と言うか、兄さんは義姉さんに素っ気なさすぎたんだよ」
「そうそう、ツンデレ。好きだった癖に」
「うるさい。それよりどうしたんだ」
イーリアスは話を引き戻す。
「お前があのアーティス様から離れるとは、何かあったのか?」
「だから、坊っちゃまが暴走する前に、行ってこようと思って……」
「無理だ。お前がそう言う行動をするだろうと、聞いている。動くなと伝えてくれと言われている」
「は? うちの坊っちゃまじゃないでしょ?」
ジェイクが先、イザークと楽しそうに話していた主人の名を告げる。
あの坊っちゃまは、執事の自分がどう動こうとも気にしないし、逆に一人にしておくとどこかの国の鉱山を貰ったとか言って行方不明の準備をしているか、書庫にこもり切りか、枢機卿の仕事で出かけた先では方向音痴を発揮し、隠し通路の先の埋蔵金か、行方不明と言われた貴族令嬢をその国の王子が監禁していたとか、怪しいものを見つけ出す。
何度かその国の秘中の秘のものを開いてしまうとか、何をしでかすか分からないので、見張っておかないと怖くて堪らない。
「あぁ。今日どころか、一昨日聞いた。姫様に」
「姫様って、アルフィナお嬢様か? 何で? 俺はほとんど話したことないだろ?」
「あぁ、そうだな。姫様は人見知りだし、怖がりだがよく人を見てるからな」
「アルフィナ様が『もひとりのじいじ、どっか行くにょ?』と言っていたから旦那様と聞くと、『あにょね、前のおうちに鳥しゃんいたにょ。父は見えにゃいってゆったにょ。でみょ、おはにゃししたにょ。この奥はけがえ? けがりぇてりゅから、はいっちゃめーの。はいりゅのはせいにょとその守り手にゃのよ。しょれいがいはいきちゅけにゃいの。もひとりのじいじにゆってね』と言っていた」
「……ジョン……お前、姫様の喋り方真似るの上手いな……感心するぜ」
背の低い兄を見下ろしからかう。
顔を赤くし、
「う、うるさい! 姫様がちゃんと喋れるように、妻やエリとリリと一緒に練習しているんだ。でも、姫様はあの年で何ヵ国か……古代言語を理解していて、そちらの喋り方と混じってしまい、私達の言葉は理解できるようだが、喋ろうとするとなまってしまうんだ。あれでも本当に頑張っているんだ」
「分かってるよ。あの方は本当に素直で可愛らしい。賢いしお優しい」
思い出したようにぷっと吹き出す。
「坊っちゃまは姫様にもうメロメロで、プレゼント貰った〜! って。何あげようか? って……普通、変わり者の俺でも孫娘に何あげるかって言ったら、お菓子とか、可愛いお人形とかドレスとか考えるだろ? でも、うちの坊っちゃまは……」
溜め息を吐く。
「もう少しで、トカゲとかコオロギとか怪しい生き物とか、虫の化石とか贈ろうとしたんだぞ? やめてくれって頼んだら、何て言ったと思う?」
「アーティス様は、凡人の私には判らない」
「兄上に凡人と言われたら、私はどうなるんですか?」
「だから、聞いてくれって……兄貴達。もう、あの坊っちゃま、殴りたくなるから……奥様には指輪をあげたから、姫様にネックレスにピアスにブレスレットに指輪一式揃えるって。宝石はまだ早いからダメって言ったんだ。まだ幼いし、言葉通り宝石の意味は分からないしって、そうしたら『じゃぁ、もし飢饉の時に食べられる生き物あげた方がいいのかな? えーと、飼いやすい食材は……』って、紙に書き出し始めたんだ!その中には野生の豚やヤギ、ヒツジ、トカゲ、シカ、ヘビ、カエルとか……やめてくれって言ったら今度は昆虫だ。もう、俺は死にたくなったよ……」
兄二人は笑いたくなったものの、弟が嘆いているのを気づき、本気で言っていたのかと青ざめる。
「あの……この屋敷はと言うか、アマーリエ様や旦那様は姫様を飢えさせる位なら、冗談じゃなく国を奪うと思うが……」
「それに、この屋敷の向こうに牧場があって、鳥や乳牛、豚、ヒツジ、ヤギなどもいるが……」
「その通りだよ。俺もあの時はデコピンしたさ! そうしたら、今度は珍しいものにしようって、虫が入っている琥珀とか、虫の化石を入れてる箱を漁ってるんだよ〜! 横に可愛いリボンとか、可愛い木の小箱とか、可愛い文房具……クレヨンとか色鉛筆とか、綺麗な風景画の本とかを買い揃えてわざわざ置いておいたってのに!」
ジェイクは必死に訴え、嘆く。
「もうこの坊っちゃまはセンスねぇ、ダメだと思って、勝手に包装して、マゼンタとジョセフィに持って行って貰った」
「あぁ……姫様がとても喜んでいたのだけれど、アンネリ様が欲しいって言うとあげちゃうんだよ。アンネリ様にはもうそろそろ駄目ですよと言い聞かせなくては……甘やかしすぎてはわがままになる。でも、隠していたらしい風景画の本は嬉しそうに眺めているよ」
「あの本か。姫様はよく見ながら昼寝をしているよ。気に入っているみたいだ」
「それは良かった。喜んでくれると嬉しいよ……姫様は本当に若君やアマーリエお嬢様に、笑顔と幸せを運んでくれた。坊っちゃまにも嫌がることなく甘えてくれる。本当に姫様は、俺にとっても返しきれない恩ができた……いや、恩と言うより、いて下さってありがとう……と感謝したいよ。それ位特別な方だ」
ジェイクは俯く。
そして、クシャッと顔を歪め、
「本当は、兄貴達に相談したかったんだ……スカーレット……マゼンタは初孫だってのに、もう洗脳同然の教育を受けさせられてて……坊っちゃまや第二枢機卿……ミリアム様がそう言った教育を辞めさせてくれて、伸び伸びと……伸び伸びすぎる位お転婆に育ったけれど、ジョセフィは絶対にアソシアシオンの宗教に染めさせないように、兄貴達に頼んで教科書とか取り寄せたんだ。坊っちゃまも賛成してくれて、マゼンタもアソシアシオンに染まりすぎないように、同じようなものを取り寄せて世界を知って欲しかった。良かったよ。それに俺達は実家はないし、でも、迎えてくれる家族がいて……」
「お前が弱音を吐くとはな……」
「……側にいられなくてごめん」
イーリアスは頭を撫で、ジョンは弟に抱きつく。
「……でも、兄貴達……これからどうするんだ? それに、その鳥っていうのが見えるのは、姫様だ。姫様は聖女で、あの方が行くのか? 俺から言わせてもらうと、姫様は力は今まで俺が見てきた聖女の中で、癒しの力の強さに力の純粋さ、幼いのに理解度の高さ、フェリシア様ですら同じ年頃でもそんなに強くなかった。だから心配なんだ。坊っちゃまやイザーク若様、リリアナ様に伺った。姫様は大変な生き方をされてこられた。いつもニコニコとされていて、素直で優しい、わがままも言わない。あの歳で賢すぎる」
「えっと、一応……寝起きや眠る前はかなりぐずるよ。それでも、アンネリお嬢様程じゃないけど」
「アホか。アンネリ様はまだ2歳位だろう? 姫様は6歳なのに、素直すぎるし真面目で、いたずらもできない。わがままも言わない。歳の離れたセシル坊っちゃま達や、若君達の話を真面目に聞いている。早熟すぎると後々影響があると思うぞ? うちの坊っちゃまみたいになってもいいのか?」
「それは困る」
「うちの姫様は可愛らしいんだ! 変人のアーティス様と一緒にしないでくれ! それより、姫様があんなになったら、私は生きていけない! 孫がいない私達の老後の楽しみは姫様の成長なんだ! 旦那様がキャスリーン様と結婚なさっても、旦那様は姫様はこの家の惣領姫で、男の子が生まれても姫様は嫁に出さないと言われている位だ。その意見に私達も賛成している。姫様がアーティス様化なんかされたら、泣くに泣けない……」
半泣きで双子の兄が叫んだ言葉の数々に、ジェイクは顔を引きつらせる。
まぁ、自分の主人は変人の域に達する程、変わり者だが、それでも天才児であり、それを突き抜けてくれているので馬鹿馬鹿しいことも真面目に喋ったり、ボケやドジもしょっちゅうで、可愛らしいところもある。
目を離すと何処かに行ってしまう方向音痴で、本人が断言する程、一人でどこかに行くと何か見つけてしまうトラブル発見機。
そして、方向音痴の割に、その所々にさりげなくある、小さな何かを覚えている記憶力は天才的で、それを利用して交渉術を行なって色々……ガラクタにしか見えない何かをとりに行っているが……。
それでも、半分兄のように見守っている自分にしては、その言葉にかなりムッとしてしまう。
「あのなぁ。坊っちゃまはボケでドジでもう修正できない変人だが、あれでも真剣なんだぞ? 一応」
「だから、私は凡人だから、アーティス様が本当に真面目なのは分かる。けれど、何を考えているのか分からない、理解できないから、分かるジェイクは凄いなと思う。でも、姫様には愛らしく、愛くるしく、今のまま可愛い姫様で育って貰いたい……はっきり言うと、こんな私をじいじと呼んで下さる姫様が、目に入れても痛くない程可愛いんだ! 姫様にはもう辛い思いも悲しい思いもして欲しくない。言葉が足りなくて、怖いとか悲しい、辛い痛いとか……まだ慣れていない私達に遠慮して、シクシクと部屋の隅で一人で泣いている夜をもう見たくないんだ……」
ジョンはボロボロと涙を流す。
「ここに来た当時の姫様は、今よりもガリガリに痩せられていて、本当にお小さくて、もうすぐ5歳になられるにしては幼くて、ビクビク怯えていた。嫌とか言えず、全部『あいでしゅ』……はいとしか返事をしなかったんだ。それにすぐに熱を出して、それでも『大丈夫でしゅ』と……交代で側についていると、泣きながらうなされて……起こしたら涙を拭って、笑うんだ。『アユフィナは大丈夫でしゅ。じいじ、お仕事大丈夫でしゅか?』とあんな風に笑う姫様を愛しいと……守りたいと」
「ジョン……」
「何度か力不足かと思ったこともある。ミーナと二人、役を辞した方がいいのかとも。でも、姫様が『じいじ、ばあば。だいしゅき!』と笑って下さるだけで……一度誘拐されかかった時も、『じいじとばあば、いにゃいのやぁだぁ!』とわんわんと泣かれて……姫様は私達の宝物なんだ」
「……いいんじゃないか? ジョンがそんな風に感情をさらけ出すの滅多にないよな」
ジェイクは呟く。
長い間兄弟であっても、離れた時もあっても、この双子の兄は、おっとりとしていて温厚でそれでいて、完璧主義者の兄の命令も時間がかかっても成し終える、秀才児。
昔はヘラヘラして、何考えてんだと腹は立ったが、努力家でジェイクや他の執事見習いがしでかした失敗もサラッと隠しきり、驚いたこともある。
それに……。
「姫様のような愛らしい主人に仕えられるなんて、羨ましい時もあるぜ」
「お前ははアクが強いから、普通の主人じゃ無理なんだ」
「うん。ジェイク。もっと真剣にしていたら、普通の執事……しかもランクがもっと高いはずなんだけどなぁ」
執事にもランクがあり、大きな屋敷だと家令、執事長、数人の執事、執事補などある。
全くそう言うことを気にしないと言うか、執事が居付かなかったアーティスの元に残ることができたジェイクは、正式な執事試験を受けておらず、執事補のままである。
イーリアスとジョンは、先代の父の元で根気強く教わり、サーパルティータの国にある執事試験に最年少で執事まで合格しており、それからは、師事した先輩方に認められ、アマーリエから家令と執事長に任じられた。
ジェイクは、途中で逃げ出したので、ジョンと共に受けていた執事補止まりである。
今からでも試験か、主人のアーティス、上司に現在なるイーリアスとジョンが推薦状を出せば、執事になれるのだが……。
「面倒だろ。多分坊っちゃまも、俺が執事補だって知らないと思うぞ」
「執事になっておけ。何かあった時にお前が不利になる」
「ハイハイ。まぁ、その時になったらな」
手を振り、別の方法で主人が飛び出さない方法を探そうと出て行くジェイクを見送り、
「一応、こちらが手を回しておくか」
「そうですね」
と兄達は頷いたのだった。




