アルフレッドの母、つまりお祖母様
アルフレッドは、自邸に帰る為にセシルの腕から娘を抱き上げる。
身体が動かされぐずるアルフィナに、アルフレッドは、
「ただいま、アルフィナ。起きなくていいよ、お休みしてなさい。それに、お家に帰ろうね」
とトントンと背中を叩いてあやす。
「おとうしゃま……」
「なぁに?」
何かを探しているのか、小さい手が伸び、養父の服をキュッと握ると、
「おかえりなしゃい……おとうしゃま。アルフィナ、おいて……い、かにゃいでね?」
ピトッと抱きつき、懇願するように呟く娘の声に、胸を突かれる。
「置いていかないよ。アルフィナ」
両親は命を絶った。
その意味も解っていただろうが、置き去りにされたとも思っただろうし、それ以上に孤独と悲しみに泣きじゃくることもできず、ただ発作的に教会に向かったのだろう。
でも、アルフレッドは、救えて良かったと心底思った。
この小さな少女を抱きしめられて幸せだと……。
ラインハルトは目をこすっている息子達をみる。
「疲れたのか?」
「いえ……」
「俺も……えっと、アルフィナが寝始めて、そうしたら、何か眠くなった気がする」
「あ、それに、眼が覚めると、いつもより疲れが取れた感じがします。理由は分かりませんが」
セシルは答える。
「まぁ、調子が悪くないならいい。これから、私はカーティスと共に一旦カーティスの屋敷に行って、アルフレッドの屋敷に行く。二人はどうする?」
「俺は、フェリシアとケルトの所に行きたい! 兄貴はアルフレッド兄さんの屋敷に行けば?」
「父上、構いませんか?」
普段なら即、父と行動を共にすると言い張る長男に、ラインは笑う。
「構わないぞ。それに、アルフレッドと小さいお姫様は頼んだ」
「はい」
「じゃぁ、セシル。よろしくね。君の腕に頼りきりになるけど」
「兄上……ご謙遜を。兄上は、私より強いではありませんか……」
「可愛い娘守るから、武器はね」
アルフレッドは、小さい頃からある程度母后によって、王宮から離れて育った。
一時期はラインハルトの実家で剣を握り、カーティスの父に術を習い、身分を隠して外交官の補佐をしていたこともある。
兄王の為というより、国の為にと……でも自分に王としての資質はないと、王佐として国内を良くしようと思っていた。
だが実は今の兄に、仕える意味はあるのかと内心苦悩していた。
しかし、今抱いているアルフィナの温もりに、自分の苦悩が溶けていくような気がしていた。
セシルと執事のガイと共に一台、アルフィナの乳母たちはもう一台の馬車に乗り、王宮を出て行く。
毛布に包まれてすやすやと眠るアルフィナの様子にホッとしつつ、
「女の子って可愛いよね。うちの母も女の子が欲しかったって言ってたなぁ」
と呟く。
母后……アマーリエは、夫と政略結婚と分かりきっており、夫に第一王子がいた為、王女が欲しいと願っていたらしい。
しかし、生まれたのはアルフレッドで、がっかりしたという。
だが、年上の幼馴染たちによると、アマーリエはアルフレッドを物心がつくまで、女の子として育てていたらしい。
「うちの母も、娘が欲しいと良く言ってます」
「あはは……セシルやユールの奥さんだねぇ」
「兄上も、母后さまに言われませんか?」
「うーん、諦めるんじゃないかな? それに、ここに念願の孫娘がいるからね」
苦笑する。
先妻に浮気され、しかもその相手が異母兄の国王。
不倫に溺れる二人の国のことを考えない様子に呆れ、もう自分の家は無くなってもいいし、ただ国の崩壊だけは食い止めようと日々を過ごすだけだった。
「それに私も、お父さん業を頑張ろうと思うんだよね……兄上達が羨ましいなぁと思っていたし」
「兄上は、いい父親になると思いますよ」
「でもねぇ……あぁ、アルフィナを嫁に出すと考えただけで辛いよ」
「まだ早いでしょうに……」
セシルは苦笑する。
叔父と呼ぶには若い、父の従弟に当たる王弟アルフレッドに、アルフィナはまだ10歳前後である。
「でもねぇ……婚約者を決めておかないと困る。忘れてない? あの馬鹿甥は、怒りに触れて教会で怒りが収まるまであそこにいることになるよ。陛下には後継者がいないからね……私も巻き込まれかねない。それに母上の故郷や、離婚されてない正妃様の母国からも来るだろうね……あの方は、離婚したいと母上に何度も使いを送って来られるけれど、教会が許さないんだ。あの方の為にも何とかして差し上げたいけれど、頭が痛いよ」
「兄上が王弟なのですから……」
「私が入ると正妃の母国に付け込まれる。私があの馬鹿甥を陥れたと、兄上は使いを送っているんじゃないの? と言うかその前に、カーティス兄上が止めそうだけどね」
「……じゃぁ、兄上は王位の継承権を放棄して、誰かを形ばかり養子に迎えて、その人間を王位に?」
セシルは腕を組み考える。
「そうだね……一番近いのはセシル、君かな。それか、フェリシアの兄のフレドリック、もしくはケルト……」
「でも、私よりフレドリック兄さん……いえ、ケルトの方が良いと思いますよ」
「何故?」
「フェリシアの兄であるフレドリック兄さんは、外交官として二つの国に知られています。その点有利です。私は武器を持ち、騎士団長である父の側で参謀として着いています。特に、正妃さまの母国では脅威です。それに、ケルトはフェリシアの命を救ったと言うことで皆、心情が良いでしょう。聖女を殺そうとした……殺した王太子。しかし、その命を取り戻した青年……これで正妃をフェリシアに迎えたら……」
その言葉にアルフレッドも考え込む。
宰相として、この国を滅ぼされるのは以ての外である。
しかし、生母の母国ではあるが、そこに借りを作るのも問題がある。
「ありがとう……セシルの意見、参考にさせて貰うよ」
馬車は門に入り、それからしばらくして玄関に到着する。
扉が開かれ、ガイが降りると先にセシルが降り、アルフレッドが降りる。
「お帰りなさい。坊や達」
コロコロと鈴のような声に、アルフレッドは、
「母上! どうされたのですか?」
「あら、ミーナから使いが来たのよ。私の孫娘ですもの。一番に会いたいわ」
「疲れて眠っているんです。本当に申し訳ありませんが、すぐにご挨拶はできません……」
「顔が見たいのよ。それに、部屋は用意したのよ?」
「母上。目を覚ましても無理はさせないで下さいね? アルフィナに」
王族である母后アマーリエは、アルフレッドという息子がいるにしては若い上に、笑顔の下にしたたかさを隠している。
「分かっているわよ。お祖母様は、可愛い孫を可愛がりたいの! それに、私の孫として側にいて欲しいんだもの。酷いことはしないわよ」
「母上がお優しいのは存じております」
母の瞳が凛としてはいるが、自分を愛してくれた慈母として敬愛しているアルフレッドは溜め息をつく。
「では、母上。アルフィナが元気になったら、色々と令嬢として教えて頂けますか?」
「えぇ。最初は厳しくはしないわよ。だって可愛い孫ですもの、可愛がるわよ〜」
オホホ……!
嬉しそうに笑ったアマーリエは、自分の執事イーリアスに、
「イーリアス? アルフィナの為に最高なものを揃えたいから、一週間後にguiseの当主を呼んで頂戴。最高級のものを準備してと」
「かしこまりました。奥様」
イーリアスは頭を下げると、
「では、奥様、坊っちゃま。お嬢様のお部屋はこちらにございます。ご案内させて頂きます」
と歩き出したのだった。




