“呪殺短剣”殺人事件
今回は前回の話の解答編となります。
あくまで解答編なので、謎を解いて終わりですのでそこはご了承をー。
「犯人が分かったですって?」
女が言う、その言葉の裏には明らかな驚きの色があった。
「ええ、その通りですとも。」
僕はにこやかに微笑みかける。
「だ、誰が犯人なんだ?」
大男が震えた声で呟く。
知ってか知らずか、三人は徐々にジリジリとお互い距離をとり始めていた。
自分達の中に殺人者がいる、この事実が彼等に相当ストレスを与えている事が察せられる。
ならその不安を解く為にもさっさと終わらせるべきだろう。
「では、ご説明しましょう。」
「まず皆さんは、この部屋の様子を見て何か思う事はありますか?」
最初に、この問いには女が答えた。
「部屋が随分と散らかっているわ。犯人とカイウスさんが揉み合った証拠よね。」
続けてインテリ男が首を傾げながら呟く。
「という事は犯人はカイウス兄さんと互角に渡り合える人……となると僕やユリウス兄さんはともかく、エマさんは女性ですから無理そうでは?」
インテリ男が至極当然といった感じの顔をする。
「それは何故そう思うのですか?」
僕は聞き返す。
「傷口は背面にあります……女であるエマさんがカイウス兄さんと争っていたとしたらまず負けてしまうのでは?刺せるにしても出来て腹や腕ぐらいがやっとでしょう。」
インテリ男は瞳を光らせながら答えた。
「ええ、確かにそうですね……しかし残念な事に背中の傷は、エマさんが殺していないという証明にはなりません。」
「何故です?」
インテリ男が少し食い気味の質問を飛ばしてくる。
インテリ男の疑問はもっともだ。もし犯人と被害者が揉み合った場合、犯人が女だとしたら犯人に勝ち目はないだろう。
だが、
「仮の話ですが……もし犯人と被害者が揉み合ってないとしたら?」
インテリ男は目をキョトンとさせた。
「ですが、この部屋の様子から揉み合ったのは明らかでは……。」
辺りを見渡せば分かるが、確かに部屋は様々な場所がちらかっている。とてもじゃないが穏便に事が運んだとは思えない。女とインテリ男が犯人と被害者が争ったと推理するのも頷ける。
けれども、それはあくまでも見かけだけの話。
「良く観察してみてください。矛盾点が見つかる筈ですよ。」
僕の言葉を皮切りに、全員が部屋を見回し始める。
暫くの間、沈黙が流れた。
数分後、一人の驚きの声がそれを破った。
その声の主は意外にも、あの大男だった。
「……服だ。」
「その通りです。」
僕はニヤリと笑う、大男も薄っすら笑いを浮かべてる風に見える。
「ユリウス兄さん、一体何に気付いたんです?」
弟の質問を受け、彼は興奮冷めやらぬといった様子で喋り始めた。
「犯人は短剣を一刺しするだけで殺せるんだろ?ならそもそも何故背中なんかに刺したんだ?」
「だからさっきも言いましたけど……具体的に言うなら短刀を持った犯人に襲われそうになり、暫く取っ組みあった後に犯人がカイウス兄さんをうつ伏せに押し倒して刺した……といった感じでしょうか。」
「そうなるよな、てことはカイウスは犯人と争った時に相当激しく動いた筈だろ?」
「それが一体……あ!」
「お見事です、ユリウスさん。」
どうやらインテリ男も気付いたようだ。僕は軽く拍手をする。
「相当激しく動いた……それなら服装に少しでも乱れがある筈だろ?それなのにカイウスの服は全く乱れていないんだ。」
大正解。
僕はそのまま話を引き継ぐ。
「以上の事から考えられる可能性は一つ。犯人は被害者と部屋の中で争わずして彼を殺害した。そうなるとこの部屋が荒らされたのは被害者を殺し終わった後となります。殺害後に部屋を荒らす……つまりはこの散らかり様は犯人の妨害工作ってところですかね。」
妨害工作。この単語を聞いた時、僅かにだが場の空気が凍るのを感じた。
それはその場にいる全員が察してしまったからだろう、この工作を行う事で、捜査線上からはずれる存在のことを。しかし自分のすぐ近くに犯人がいる事を口に出したくない恐怖故か、結局誰もそれを口にすることは無かった。
その空気感を一度リセットするように僕は続ける。
「では続いて、被害者の着衣についてです。」
僕が被害者を手で示すと促される様に3人の視線は被害者の方を向く。
「被害者の着衣はこの様に、貴方方と同じタイプの服を着ていますね?」
「それがどうしたのよ。」
女が少し語気を強めて言う。
僕は彼女の言葉に見え隠れする僕への敵意を無視して、一つ質問をした。
「この服……もしや余所行きの服装なのでは?」
この問いには大男が答えた。
「あ、ああ。確かにこの服はアイツが外に出る時よく来ていた服だ。最近は引きこもりがちであまり見なかったが……。」
大男が答える。
彼らはここに住んでいる様子ではなかった。普通は誰かが一緒に住んでいたら間違いなくその人が先に疑われるであろうが、そういった様子も情報もなかった。
ということは彼らはここから離れた自分たちの家からここへ来たのだろう。
そうなると、彼らの着ている服は外に出ても恥ずかしくないような余所行きの服ということになる。
そしてそれは彼らの服と同タイプの被害者の服も同じ事。つまりは被害者は引きこもりがちで、尚且つ夜遅い時間帯であったのにも関わらず、部屋着の様な軽装でなく余所行きのしっかりとした服を着ていた事になる。
……最もこれに関しては異世界に来たばかりでこちらの服飾事情を何も知らなかったから推理の要素には含めれない、殆どオマケのようなものではあったので期待はしていなかったのだが。
しかし推測が合っていたのなら存分に使わせてもらおう、僕はそう思い話を続ける事にした。
「では何故、被害者はこの服を着ていたのでしょうか?」
「……どういう意味だ?」
大男が疑問を口にする。
少し遠回しな言い方過ぎたか。
「では質問を変えましょう。被害者がわざわざ部屋着から余所行きの服に着替えて会うような人とは?」
再びこの場の空気が凍る。
疑惑が徐々に現実味を帯び始める。
僕はニヤリ、と心の中でほくそ笑んだ。
「そうですね。兄弟同士で会う場合、部屋着からわざわざ余所行きに着替えるのは不自然と言えるでしょう。」
これから寝るだけといった時間帯に兄弟と会うからといってわざわざ余所行きの服装に着替えるだろうか?
余りに不自然だ。
「ですが被害者の妻……しかも別居中である貴女はどうですか、エマさん。」
僕は女の方を向き、鋭い短刀を喉元に当てるが如く疑問を突きつける。
別居中の夫と妻、もし夫が妻との復縁を望み、訪ねてきた妻にそれを打ち明けるつもりだったとしたら……。
「そんなの……言いがかりだわ!!」
女が陳腐な台詞を叫ぶ。
しかし彼女の言葉は寧ろ逆効果、その焦りは周囲の彼女への疑惑を益々確信へと変えようとしていた。
彼女の叫びへの返答はせず、僕は推理を続ける。
「これが最後です。凶器の刺さっていた場所について。」
再び全員の視線が被害者に向く。
凶器の短剣は被害者の首の少し下に、被害者の正面から見て左側に刺さっている。
僕は凶器を指差し、最後の問いを投げかける。
「この凶器は、一体どのような刺され方をしたのでしょうか。」
初めに答えたのはインテリ男だった。
「やはり背後からでは?」
確かに、そう思うのが一般的である。
だが、
「恐らく違うでしょうね。」
この殺人事件は一般的じゃない。
「何故なんだ?」
大男が言う。
「背後から刺したのであれば、もう一つ疑問が生まれます。それは『何故こんな場所に刺したか?』です。」
背後という相手の完全な死角に入り込み、尚且つ一刺しするだけで相手を殺す事の出来る凶器を持っているならば何故わざわざ首元を狙ったのか。
何故手元に近い胴体部分を狙わなかったのか。小さい、けれども確実にそこに存在する疑問。
そしてこの疑問こそが、この事件の息の根を止める事となる。
「じゃあ、犯人は一体どういった刺し方を……。」
インテリ男の不思議そうな呟きに、僕は歓喜と快感が心の底より湧き上がるのを感じた。来るべき絶頂への予感が自然と僕の口元を綻ばせる。
さあ、これが最期。犯人の首元に突き付けた推理の短刀の刃を引き、この殺人事件を“殺す”時が来た。
この事件現場に突如現れた“もう一人の殺人鬼”は己の突き付けた凶器を握りしめる。
それは様はまるで、オペラの終局を告げる演奏の指揮者の様で。
「答えは一つ、最も隙ができ、最も相手の油断する刺し方……」
“彼”は無慈悲にその刃を、引いた。
「抱きついて、ですよ。そうですよね、エマ・ラインハルトさん?」
氷が割れる、音がした。
『疑惑が遂に確信へと姿を変え、躊躇と信頼が恐怖と憤怒に変わった音だ。』
女は頭を抱えて震え、そのまま地面に倒れ込んだ。
『推理の刃が引かれ、事件がその身体から溢れんばかりの鮮血を流し苦しみ悶える音だ。』
インテリ男は信じられない様子で呆然としながら、何かを呟いている。
『直ぐに訪れるその絶命までの道を、華々しく彩る末期の音だ。』
大男は何処と無く察していたようで、悲しげな目で彼らを見つめている。
そして僕は、
『嗚呼、』
笑みの止まらぬこの口元を手で抑え
『やはりこの音は、』
震える声で、呟いた。
『何度聞いても、』
『「堪らない……!!」』
【注意】後書きは解答編のネタバレを含みますので、先に本文を読み終わる事を推奨します。
今回の推理のポイントは二つ。
乱れてない服と、刺された場所です。
最初という事でかなり簡単な内容にしたつもりなので解けた人も多いのでは?