ローズ様は淑女として完璧でございます。
ごめんなさい。毎日の一話投稿ができませんでした。これから、少しペースダウンさせて頂きますので、よろしくお願い致します。
「まぁぁぁぁっ!なんて素敵なんでしょう!こんなにもザネの花が!」
視界いっぱいに広がる真っ白なザネの花。微かに漂う甘い花の香りに、思わず深呼吸してしまいます。
「本当に。これ程密集して咲くザネの花を見るのは初めてですわぁ。圧巻ですわねぇ。」
日傘を差してゆっくり辺りを見渡すローズ様。真っ白な手袋も付けて日焼け対策は完璧でございます。
対して私、つばが少し広い帽子だけを被っております。ーー淑女としては手袋をしていないとダメなのですが、色々触ってしまう私はすぐに汚してしまいます。ですから、今日は許して下さいませ。
「御前様、あの木の下に昼食の準備を致しますので、くれぐれもハメをお外しになりませんよう。マール様も、いつものようにはしゃいで転げ回らないで下さいね。ドレスを破っても責任持てませんから。」
きィ〜〜ッ!その一言で、気持ちが一気に萎えたではないのッ!全く以ってけしからん!( これは、私のクラス担任の口癖ですの。)
「大丈夫ですわぁ、私が御前様とマールを監視致しますから。何かあればここから叫びましてよ、ディルヴァイス。」
今……ローズ様は監視?とおしゃいました?
「いつもありがとうございます。ローズ様。」
深々と頭を下げると、侍従は馬車まで戻って行きました。なぜお礼?私に頭を下げることなどほぼ皆無だと言うのに!
「ふん!ハメとは何じゃ!ハメとは!」
そう言って曾お爺様は侍従と反対方向へ歩いて行かれます。曾お爺様!足元注意ですからっ!
時折吹く風にザネの花弁が同じ方向へ揺れて行きます。こんなに美しいお花畑を転げ回るとかあり得ませんからね!
「あら、一年前でしたら転げ回っていたでしょう?」
「絶対にございません!」
ですから私が心で思った事を、勝手に読まないで下さいませ!ローズ様!
本当に心を読まれているのではと、疑ってしまいそうですわ……。
ローズ様から離れるように、お花の中へ歩き出しましたが、ドレスの裾でお花をなぎ倒してしまうことが判明致しましたッ!
「ダメです!お花がッ!ドレスで倒してしまいます!曾お爺様ぁーーーーッ!」
淑女としてはあるまじき行為なのは分かっております。ドロワーズが見るのも構わず、ペチコートとドレスをたくし上げているため、この場から一歩も動けません!
「マール!」
あああっ!曾お爺様!そのように走ってはお花がっ!私が叫んでしまったのが悪いのですがーーその被害たるや、私の比ではございませんわっ!
「曾お爺様!来ないで下さいませ!折角のお花がっ!」
私が言うと、小さな瞳を最大に見開き、曾お爺様がその場でピタリと動きを止めます。
「マール!そのような姿を殿方の前で!」
と、ローズ様の白い手袋に包まれた手が私へと伸びて来て……
「エッ⁈」
私の腰に回した腕に力が入り、ふんわりと足が地面から離れます。
私、ローズ様に抱え上げられました?
「お花が可哀想なのも分かりますが、淑女たる者いついかなる時もそのような姿を人前で見せるものではございません。マナーで習いましたでしょう?それも最初に。マールも16でございます。マティアス様との婚約が無くなったとしても、早々に次を見つけなければなりません。初々しく思われるのも今だけ。いつまでもそれでは、貰い手がございませんわよ!よろしいのですか?マール。」
……お母様以上に怖いです。荷物のように小脇に抱えられたまま、ローズ様のお小言を聞いております。
「もっと危機感をお持ちくださいませ。いくら幼いとは言え、女性であって淑女なのです。何かがあってからでは遅いのです。そこのところをもう少し自覚して頂きたいですわ。いつも私達が居るとは限らないのですよ。マールに悪意をもって近付く輩だっているかもしれません。お分かり頂けまして?」
「………ハイ。モウシワケ…ゴ…ザイマ…セン。」
地面にゆっくりと降ろされて、捲れあがったペチコートやドレスを丁寧に直して下さるローズ様に、俯いたまま謝罪致します。
自分が悪いのは分かってはいるのですが、何だか癪に障ります。これが幼いと言われるところなのでしょうか?
そんな私を見て、ローズ様がクスッと笑いを漏らします。
「本当に、可愛らしいこと。御前様が心配なさるのも無理からぬことでございますわね。」
ローズ様の口元に寄せる手の、その指先にまで滲み出るしなやかさに、いつも惹きつけられてしまいます。
私の敬愛いたします、シャリュネア様のご息女でございますローズ様の身のこなしは、淑女としては完璧で、さすがとしか言いようがございません。上級生の方々にも一目置かれ、下級生からはお手本にと言われております。
私もその内の一人でございます。
ですが、中々難しく…私のように表面だけ淑女で、中身が伴わない偽物淑女など、果たしてお相手して下さる奇特な方がいらっしゃるのでしょうか…と思ったりも致します。
きっと、曾お爺様以外いらっしゃらないんです。
マティアス様だって、私の事など気に掛けて下さった事などございませんでしたし……でもそれは私も同じですわね。私だってマティアス様に何もしていませんもの。好かれる訳がございません。
マティアス様は、心を動かされたのですね。ヴェンガァ子爵令嬢に。……お相手の方はどうか知りませんが……。
「大丈夫。マールの良さを分かって下さるお方が……きっと、いらっしゃいますわ。」
投げられて、地面に転がる日傘を拾いあげながらローズ様が言います。
その表情が何故か少し寂しそうに見えたのは、私の気のせいでしょうか?
読んで下さって、ありがとうございました。