知らぬ間に仕組まれておりました。
よろしくお願いいたします。
校舎三階にある庭園。
中天に差し掛かる太陽の光が草木を艶めかせ、そよ吹く風が優しく木々を撫で上げる光景は、ゆったりと微睡むのには丁度良い時候だった。
併設されたカフェテリアにはランチを摂る生徒達で賑わっていた。
楽しげな声と食欲を掻き立てる料理の匂い、カトラリーの音が辺りを包み込んでいる。
そんな穏やかな中、テラス席の端の席に一際異彩を放つ人物達が気怠さを醸し出して座っていた。
「だいたいさぁ、我慢するって言葉知らないの?」
「ホント!障害が無くなった途端ガッついて、バカじゃないの?」
「バカみたいに突っ走って方向を見誤っていることも分かってないんだから。厄介だよねぇ。この年で純情か?って。」
丸いテーブル席に座っているのは、パティーシャ・イグウェイとサリューシャ・イグウェイ、レダグロット・ビスデンゼの三人。
高位貴族であると言うことと、その顔面偏差値の高さで何かと注目を集める三人なのだが、実は一緒にいるのはとてもレアだった。
「ヤダわっ!拗らせヤローが増殖だなんて!」
「いやぁ〜、ヤローって言ったらダメでしょ。仮にも【妖精姫】って呼ばれているんだから。」
面倒くさそうな顔を晴天に向けて言うレダグロットにピシッと人差し指を突き指したパティーシャが目を吊り上げて言う。
「それ!今度私の前で言ったら命は無いから!」
「レダ、そのワードは禁止されてるって言ってるよね?何で同じ轍を踏むかなぁ。それとパティ、淑女が指を指しちゃダメだって何度も言ってるよね?2人とも忘れてないよね?ここ、テラスだからね。」
「パティは興奮すると冥府の番犬のように狂暴化するよね。」
「あぁッ?!」
「ーーーだ、か、らっ!同じ!ことを!何度も!言わせ!ないでねっ!」
笑顔なのに顰めた声に怒気を孕ませるサリューシャにパティーシャとレダグロットの表情が固まる。
「そもそも何でこの場所選んだんだよ。」
と、サリューシャがぼやけば、
「リューがここって言ったんじゃない。」
「リューがここに来いって言ったんだろ。」
はぁ?とほぼ同時に呆れられサリューシャの頬が引き攣る。
ーーー暫し無言の三人の間を生温かな風が吹き抜けて行く。
「………レダは何ぜマールにアプローチしてるの?」
コホンとわざとらしい咳を漏らしたサリューシャの問いにレダグロットは、ううん?と唸り顎に手をやる。
「何ぜ?とは?」
問いに対して問いを返すレダグロットの眉間に皺が寄る。
「レダが見境なくマールを口説きまくっているって。学園内では今一番の関心ごとになってるのよ?知らないの?」
「レダがところ構わずマールにアプローチかけるから、レダの裏・親衛隊が暴走してマールに嫌がらせしてるんだ。コレ、知ってるよね?こうなることわかってたでしょ?どうしておおぴらにやらかすかなぁ。そこはちゃんと配慮してくれないと、コッチ側抑えるの物凄く大変だってわかる?」
「………それは本当に申し訳ないと、自分の行動や言動に猛省する毎日だ。どれ程影響力が有るのか、嫌というほどわかっているのにフィルマール嬢を目の前にすると、ストッパーが簡単に吹き飛んでしまって。」
「やっぱり今更の純情?!」
サリューシャは、額を押さえて項垂れるパティーシャをチラリと見て、そのまま情けない表情を片手で覆うレダグロットに視線を戻すと少々大袈裟な溜息を吐き出した。
「まぁ、普通に拗らせた男だってわかって良かったよ。でも、マールへの攻撃は直ぐに対処してもらわないと、パティが暴れるから。それは悲惨なことになると思うから、ね?付き合いの長いレダならそれが想像できるでしょ?」
「ーーー即行で対処してる。悪質なヤツは書面にして学園と親に送り付けた。中でもタチの悪い模擬犯、コイツらに司法に届け出ると脅し文句を付けて書状を送った。だから直ぐにカタが付くよ。」
「嫌がらせが続くならウチが出張るから。すれ違いざま階段から突き落とすなんて事故じゃなくて故意であって殺人だ。そんな輩が平然と学園内に居るなんて絶対に許さない。徹底排除だから。」
「そぉーよ!誰に対して喧嘩売ってるのかきっちり分からせてあげないと。売った相手が誰なのかノミの頭でもちゃんと理解できるように懇切丁寧に説明させていただくわっ!」
鼻息荒く捲し立てるパティーシャを宥めるように肩を摩るサリューシャがはたと気が付き、そう言えばとレダグロットを見る。
「ゲッダード皇国のグルジャ侯爵令嬢との縁談があったよね?君、結構乗り気じゃなかった?」
「何それ?!初耳なんだけど?ゲッダード皇国って南の島でしょう?えっ?そこのグルジャ侯爵令嬢ってクメリア様のこと?あの金色の瞳とラピズラズリの瞳の………」
「あ〜〜〜〜〜〜」
「明後日の方を見たって意味無いから。」
「ねぇ!それホントなの?」
テーブルを間に身を乗り出してくるパティーシャに思わず椅子を傾け仰反るレダグロット。
「………まぁ、そんなこともあったような、無いような?」
「どっちなの!」
「へぇ、そうなんだ。」
「何がそうなの!わかるように説明!」
パティーシャがバンバンとテーブルを叩けばカップとグラスが飛び跳ねる。
「パティ、そろそろ真面目に話そう。時間も無いしね。」
「ーーーわかった。でも後でちゃんと教えて頂戴。」
浮き上がった腰を椅子にかけ直したパティーシャが口元を尖らせ、不服そうに言う。
その仕草が既に『妖精姫』から逸脱していると思ったサリューシャだったが一先ずこの場では笑顔で飲み込んだ。
「レダ。マールに対する君の行動は裏目に出るばかりで全く実を結ぶことは無いと思うんだ。実際マールはレダを避けてる。わかっているよね?いつもならこんな攻め方しないのに、今のままじゃ撃沈だよ。ちょっと見てられないんだよねぇ。」
「ホント暴走しているレダなんてらしく無いわ。」
「ーーーみなまで言わなくても自分が一番良くわかってるさ。」
苦笑いでこたえるレダグロッドが両手を挙げる。
「面白い子だよね、フィルマール嬢は。稀に見ない純粋培養育ちだよ。リューやパティがガッチリガードするのもわかる。だから余計に構いたくなる。反応がさぁ、違うんだなぁ、そこいらの令嬢とは。」
「当たり前でしょう?マールは規格外に可愛いンだから!」
再び身体を乗り出し、頬を膨らませるパティーシャを強引に引き戻すサリューシャ。
「マールの可愛さはイグウェイの者なら周知の事実ーーー」
「オレさぁ、初めてかもしれない。」
ぼんやりと、何処とは無く見つめたまま呟くレダグロットに、言葉をかぶせられ強制終了させられたサリューシャが舌打ちして目の前のカップに手を伸ばした。
「物に執着するなんて………」
「いや、物じゃ無いから。」
「マールは玩具じゃぁないのよ!物ってなんなの?!物って!言葉のチョイス間違ってるでしょ!」
「それに、フィルマール嬢の周りは呼吸が楽なんだ。腹の探り合いなんてものは無いから身体と心に優しい。」
サリューシャやパティーシャの言葉を無視して続けるレダグロットの視線の先は晴れ渡る空。
しかしその瞳が見ているのは青い空では無いモノ。
「………美人は飽きるんだ。」
「なかなか失礼だよね、レダ。」
「マールは可愛いから愛でるんですわっ!」
再びテーブルを叩き出したパティーシャを落ち着かせたサリューシャが、空を見上げたままのレダグロットの耳元で囁いた。
「では友人として君にチャンスの場を提供しよう。」
「チャンス?」
反応を見せたレダグロットにサリューシャが満足気に微笑む。
「そうチャンスだ。まぁチャンスであって試練でもある………かな?」
「受けよう!どんなことでもそれが彼女へと繋がるのであれば。」
身を乗り出すレダグロットに一つ頷き、サリューシャが半分に折り畳んだ小さな紙を差し出した。
「鍵となる人物がここに書かれた場所に居る。君がこの人物を上手く口説く事ができたならば、マールへと道が繋がる。」
指の間に挟んだ紙切れを目線の高さでチラつかせるサリューシャがニヤリと笑う。
「誰のこと?」
パティーシャが紙を取ろをと手を伸ばすが、その前に素早くレダグロットが抜き取る。
「根回しはしておかないとね。それでなくともレダには分が悪過ぎるからさ。でも、だからと言ってレダの味方では無いからね。僕はあくまでも中立だよ。マールの気持ちを一番に尊重する者だから。」
「それは当然。フィルマール嬢の気持ちが最優先であって、オレはフィルマール嬢に“乞い願う”立場で信望者であるのだから。」
「………言い方がひん曲がってない?」
「パティ、言い方気を付けて。」
サリューシャがジロリとパティーシャを見遣れば、即座に顔を背け、
「私がここに呼ばれた意味あるの?話の内容がまったくわからないなんて、イライラしちゃう!」
小声で文句を言うが、近い距離のため2人にはすっかり聞かれているとは思っていないようだ。
同じくカフェで昼食を摂る生徒達が断片的に聞こえて来る話に全神経を研ぎ澄まして聞いていたことなど知る由もない三人だったのである。
そして後日。
「その様子だと結果はいつもと同じだったみたいだね。もしかして本番に弱いタイプだった?」
「まさかっ!いつもならスマートに相手の懐へ滑り込んでるさっ!」
「相手がマールだから仕方なし、と言うことかな。」
「ーーーダメなんだ。フィルマール嬢を前にすると。情け無い男っぷりを全面に曝け出して自分が制御できなさ過ぎて………あぁっ!折角もらったチャンスを活かせないオレは純情に不向きなのかっ!?」
「レダ、それでも君は頑張ったよ。方向性としてはちょっとアレだけど。」
「オレに残された時間は少ないのに!今がその時だというのにっ!」
「………レダ、残念な知らせだ。来週転入して来ると連絡がきた。」
「ーーーっ!!」
「親戚になり損ねたな。残念だよ。」
前回と同じカフェテリアの同じ席で、残念そうには全く見えないサリューシャの満面の笑顔と、この世の終わりを体現したかのような衝撃の表情で思考停止させたレダグロットの相反する姿が今回も注目されてるとは全く知る由も無い2人だった。
読んでいただき有難うございました。
明日も投稿させていただきます。




