密室はご遠慮下さい。
よろしくお願いいたします。
「あの………ビスデンゼ様?」
馬車の振動で揺れる大きな身体は未だ項垂れております。
「………お身体は大丈夫ですか?その態勢では気分が悪くなると思うのですが?」
動きません。いえ、振動で動いてはいるのですが、ビスデンゼ様の動きがありません。
「ビスデンゼーーー」
「…………。」
はて?ゴモゴモ何やら言っておりますがさっぱり聞き取れません。
確認しようと少し身体を前に倒してみますと、のそのそとやっとお顔が上がったと思えば、こちらをじとりと見上げてきます。
「ーーーレダです。そう呼んで頂きたいと………望んではダメでしょうか?」
えっっ?!先程までの焦燥感溢れる姿は何処へ??
いきなりお人柄が代わっておりますけど?それにその子犬がキューンと甘えた声を出して遊びを要求するようなその視線!その小狡い姿は何ですの?!
「学園では悪意を増長させる危険があるので無理だとしても、二人だけのときにはレダとーーー呼んではもらえませんか?」
………私のような小娘にも抜かりなくその手腕を発揮されるなんてなんとあざとい方でしょう!
ですが私、少々耐性が付きましたの。人間、学習する生き物なんですの。
ええ、こんなことでは動揺致しません!ですからズカッと言わせて頂きますわ。
「ーーーお名前を呼び合うほど、私とビスデンゼ様とはそこまで親しくも無いと思いますわ。」
そもそも二人だけになるなんて想像しただけで背中がぞわぞわしておりますもの、それは無理な相談ですわ。
「それなりに親交は深めていたと思うのですが、フィルマール様はまだその域では無いと?」
ーーー何ですって?
「そもそもどこが親交なのですか?そんな平和的なモノではないと思いますが?」
私の言葉に驚きの表情で固まったビスデンゼ様に少しイラッとしてしまったのは仕方がないと思いますわ。
「いつも私の有無など関係無く、わりと強引にお話を進められることが親交だと仰います?今もそう。一方的に謝罪されてその勢いだけでご自分のなさりたい方へ進められていくんですもの。」
初めからビスデンゼ様は興味本位で私に近寄って来ましたから。
『ゴディアス・イグウェイの曾孫』『妖精姫の従妹』としての私がどう言った人間か見てみたかった。
それだけですわ。
恋愛云々では無いんですの。きっと錯覚ですわ。
「私だって憧れておりますわ。最初は手探りでお互いのことを知っていって、少しずつ距離を縮めて理解し合い掛け替えの無いパートナーとなるそんな方が現れることを。」
冒険譚は大好きですが、恋愛物はムズムズして読めませんの。
でも、冒険譚は冒険だけでは無くて、尊敬と思い遣りとで自然に惹き寄せられる恋愛が織り込まれた物もございます。
「ビスデンゼ様は私の言葉や思いをご自分の行動と気持ちで押し切ってしまわれます。私をビスデンゼ様の良いように流そうとされます。それが親交なのですか?」
瞳を見開いたままビスデンゼ様がぎごちない動きで前髪に手を差し込んでぎゅっと握り締めると、また身体を折り畳んでしまわれました。
「私は何をしているんだーーー」
そう言うとガシガシと頭を掻きむしり出したんですの!
「ビスデンゼ様?!」
あああっ!綺麗な髪がっ!頭皮に傷ができてしまいます!
「態々場を設けて頂いたのに、まったく意味が無いではないか。」
と、のそのそと上体を上げて困ったお顔で私を見てきます。
いえ、困っているのは私の方なんですけど?
「重ね重ね本当に申し訳ない!」
そう仰るとまたまた上体を折り畳んで頭を下げます。
凄いですわぁ、身体が柔らかいのは騎士の訓練の賜物?
「もうどう言い訳しても自分の情け無さが露天してしまって、フィルマール様に良く魅せようとすればするほど周りが見えなくなってオレに対しての苦手意識が増すばかりなんて、こんなこと初めてで、情け無さ過ぎて繕う余裕も無いなんて………」
大きな溜息を吐くビスデンゼ様が身体をガクガクさせて起き上がります。
油の切れたゼンマイのような動きですわね。
………うん?いまオレって言いませんでした?
「ーーー貴女を守りたいと、あの時思った気持ちは真実です。婚約を願い出たのも気持ちを揺さぶられたから………そう、胸の内側が熱く熱をもったからなんです。」
何だかげっそりしていらっしゃるのに、吐いて出る言葉はさすがご婦人からの人気が高いビスデンゼ様と、納得ですわ。
「焦っているつもりは無かったのですがーーーいや、焦っていたんでしょう。フィルマール様が仰ったように、自分に良いように言葉を使って強引にもっていこうとしていたんでしょう。」
故意では無く無意識だったと?ご婦人方との駆け引きをそつなくこなすビスデンゼ様が?
「………何故疑わしそうな目をされるんでしょう?フィルマール様?」
あら、出てましたか?
「スミマセン、素直なものでーーー。」
「そう言う反応が他のご令嬢方と違うから、強引にも振り向かせたくなってしまうんですよ。」
苦笑いでビスデンゼ様が仰いますけど仕方が無いと思いますの。今までが今までですもの。
反対に他のご令嬢方だったらどう言う反応なのか聞きたいところですわ。
ーーーいえ、やめておきましょう。何だか悟ってしまいましたわ。
「ああ、もうじきです。閣下との待ち合わせ場所わ。」
窓の外を見ればキラキラと光を放つ大きな湖の湖面が木々の間から見えます。
「【ガリューベイラ】はじめてですか?」
「知ってはいましたが来るのは初めてです。」
妖精の国の入り口だと。
「ロマンティックな話ですから女性には人気なんですよ。フィルマール様も気を付けて下さい。もしかすると妖精に見染められて妖精の国へ連れて行かれるかもしれませんから。」
「ビスデンゼ様は私が幾つだと思われますの?そのようなお伽噺はとっくに卒業しておりましてよ。」
そもそも【ガリューベイラ】はロマンスで、私はもっぱら冒険譚なんですわ。
「そうですね、フィルマール様ならきっと上手く交わしてしまうでしょう。助けを待つこと無く考えて行動できる方ですから、物語のように流されてはくれないでしょうね。」
クスッと上品に笑いを漏らすビスデンゼ様が乱れた前髪をかき上げます。
………その仕草は世の一般女性達にとっては致命的だと、少し、ほんのちょっと実感した私のお顔に熱が集まってとても恥ずかしいのですがっ!
「随分と広いのですね。ビスデンゼ様は来たことがありますの?あっ、愚問ですわね。物語の舞台ですもの、お誘いするには打って付けの場所ですわよね。」
動揺を悟られてはいけないと捲し立てれば更に恥ずかしさで身悶えてしまうことに。
「フィルマール様とは初めてですから、初めてにして下さい。お誘いする許しを頂けるのであればーーー」
「いえ、間に合ってますから。」
馬車の中と言う密室に決して短くは無い時間を再び共有するなど絶対に無理です!断固拒否です!
先程の羞恥など一瞬で天高く吹き飛んで行きましたわ。
「これは手厳しい。閣下の曾孫であるフィルマール様を攻略するにはどう策を練れば良いのか………皆目見当もつきません。」
ビスデンゼ様が大袈裟に両手を掲げて口元を歪ませます。
「それなりに自信があったんですよ。どう接すれば気持ちが動くのか、どんなに小さな機微も見落とすことなく入り込めたんですけど………フィルマール様は私の概念を容易く打ち壊してしまわれるから難解です。会うたびにこれ程自信が無くなるなんて生まれて初めてですよ。全く敵わない。」
大きな身体をしゅんと萎んだように縮こまるビスデンゼ様がそう言って重い息を吐き出します。
「何度も同じことを言う情け無い男だと思っていただいてかまいません。ですがフィルマール様へのアプローチは諦めたくありません。」
社交の場において、星の数程?浮名を流してきたであろう貴公子の身も世もない姿を目の前にして湧き上がる再びの罪悪感。
いえいえ、私が迷惑を被っている側ですわよね?
なのにどうして居た堪れなさ再び?
「………ビスデンゼ様がご婦人方から秋波を送られる意味が何となくわかりましたわ。」
きっと、最初はこの見た目からなんでしょう。でもその内に庇護欲と言いますか、母性?に近い女性ならではの感性を刺激されてそのままうやむやとなってしまうのでしょう。
乱れた頭髪のまま項垂れるビスデンゼ様の姿を見つめてそう言えばと思います。
婚約の申込みからずっとビスデンゼ様が私に言っていたこと。
『私自身を見て欲しいーーー』
いつもキラキラしたビスデンゼ様と違って目の前のビスデンゼ様は何だか情け無さ満載で。
「どうにも………参りました。ここまで引き込まれると自分を取り繕うことが難しくて。」
気まずさいっぱいの微笑みは頼りなくて。
「………周りから持て囃されるほどできた男じゃ無いんですよ、私は。どちらかと言えば女々しいぐらいです。フィルマール様に苦手意識を植え付けてしまったのがそもそもの間違いだとわかっています。わかっていたはずなのに反応が新鮮で調子に乗っていたんです。」
固く組んだ両手を握りしめ、でもお顔は頼りなげに形良い眉を下げております。
「ですが、フィルマール様には信じて欲しいのです。私が真剣であると言うことを。そこは疑ってもらいたくは無いーーー」
言い終わる前に馬車が停車いたしました。
「時間切れーーーですね。」
小さく吐き出した息は絞り出したように深く、落胆………と言うよりも諦め?でしょうか。少し複雑な表情をなされます。
扉が開くとビスデンゼ様が先に降りられます。
続いて馬車から降りようとすれば目の前に差し出された手に、少し身体が跳ねてしまいました。
「お手をどうぞ。」
やっぱりビスデンゼ様はキラキラしい方なのです。
先程のグダグダした姿など嘘のよう。
「ーーービスデンゼ様。」
手を取って馬車から降りて背の高いビスデンゼ様の瞳を見つめます。
「私は………自分が未熟者であることはわかっております。ビスデンゼ様がこう言った駆け引きに慣れていらっしゃることもわかっているのです。」
驚くビスデンゼ様ににっこりと微笑んで見せます。
「侯爵家嫡男であるビスデンゼ様からこれ程までに請われるとは、伯爵家の娘としては身に余る光栄。」
そんなビスデンゼ様のその向こうに見えたのは、大きな身体を揺らして此方に来る曾お爺様。
久しぶりの曾お爺様の姿に自然と笑みが深まります。
使い方が間違っておりますが、嬉しさの余りほっぺが落ちそうです。
「ですがハッキリ申しまして体力の限界ですの。ですから婚約の申し出をビスデンゼ様から取り消して下さいませんか?」
「ーーーそう、きましたか。案外ストレートでしたね。」
何故か楽しそうに応えられたビスデンゼ様。
「やはり普通では無理ですね。ここは一旦引きましょう。」
そう言いながら私の手を持ち上げ視線を外さず指先へくちづけられれば、手袋越しにも伝わる熱に驚いて咄嗟に手を引いてしまった私は悪く無いと思いますわっ!
えぇ、わかっております!やってはいけません、淑女として!
ですがこれは条件反射と言いますか、無意識での拒否反応と言いますか………
「ーーーそれだからやめられないのですよ?フィルマール様。」
苦笑するビスデンゼ様から私が後退ったのは、条件反射であって無意識なんですから!
読んでいただき有難うございました。
明日も投稿させてもらいます。




