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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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私の心の安寧は……

お待たせしました。


よろしくお願いします。

 





「ガヴァレア令嬢、まさか君がこんな卑劣なことをする人間だとは思わなかったーーー」



 ………デジャヴュでしょうか?以前にも同じシチュエーションがあったように思われますがーーー




 私の目の前には嘗て婚約者であったマティアス・ボンゴードル様と、その背後からプルプルと小鹿のように震えるアイラ・ヴェンガァ様がいつもと同じようにピッタリとくっついております。


 ピンクブロンドの柔らかそうなウェーブは、同じ同性として羨んでしまうことに少々モヤッとしてしまいますが、だからと言ってマティアス様に好かれたいなどとは全く思っておりませんわ。



「人を使ってアイラ嬢をかどわかそうとするなど、令嬢としてイヤ、人として有るまじき所業ではないかっ!」



 可笑しな話ですわ。そもそも、曾お爺様にお願いして侯爵家との婚約は無くなったはず。なのに何故私はここで咎められているのでしょう?それも全く身に覚えの無いことで。



「幸い、腕の立つ護衛が一緒だったため最悪の事態は避けられたが、清らかな乙女の心に一生分の深い傷を負わせたこと、今ここでその罪の重さを思い知るがいい!」



 いえ、ピシッと指差されましても、私、学園へ来たのも二ヶ月振りなんですのよ?


 目が覚めてからのお母様、お父様、屋敷の者達の厳重な監視の下、ほぼ監禁状態であった私がどうやって子爵令嬢を拐かす算段ができると言うのでしょう。


 ………久しぶりに会った元婚約者様のおつむが、安泰のお花畑だったことは、少々残念ではありましたけど。



「如何に愚か者であるか、今日こそハッキリさせようではないかっ!」


「マティアス様っ!」



 感極まった表情でマティアス様にしがみつくピンク頭………子爵令嬢にズンと頭が重くなります。


 もう少し、何とかなりませんの?


 二人のやり取りの余りの下手さに、臭いがキツイですわ。


 二人の世界を繰り広げるのは勝手にどうぞなんですが、ここは校舎入り口のエントランスですのよ?


 それも、登校する生徒達が大勢行き交っております中での意味不明な寸劇。


 米神を揉み解して吹き抜けになった天井を見上げます。


 さて、どうしましょう?と思っていたときでしたわ。



「失礼、ボンゴードル殿。」



 私の背後から聞こえた声に、私の身体が大袈裟なほど飛び上がってしまいました。



「むぅ、何用かな。今大事なことをーーー」



「早朝からこのような場所で大事なこと?大事な話であればちゃんとした場を設けるのが当たり前だと思われますが、何故全校生徒が行き交うエントランスの真ん中で、令嬢一人に声を荒げるとは、侯爵家の品位を疑われますよ?」



 そう言いながら私の目の前に現れた大きな背中。


 フワリと香った男の方にしては少し甘めなフレグランス。


 ご自分が周りからどう見られているか、充分わかった立ち居振る舞い。


 この艶めいてキラキラした濃紺の髪には見覚えがございます。



「今、私が話しているのはガヴァレア伯爵令嬢であって貴殿ではない。そもそも話の内容を解って介入しているのか?ビスデンゼ殿。」


「おおまかには。この場で話すような内容では無いとね。ーーーおはようございます。朝から災難ですね、ガヴァレア令嬢。」



 振り返ってニッコリと微笑めば、周りの御令嬢方が甲高い声を発して騒めきます。


 ………余計に悪目立ちしておりますわ。



「アレ?窮地に陥った姫を助け出す英雄になりきれてない?」



 悪臭を撒き散らすなら退いていただきたいのですけど?いえ、実際にはとても良い匂いなのですよ。ただ芝居じみてると言いますか、嘘臭いと言いますか、そちらの悪臭ですの。


 ジトッと見上げれば何故か更に笑みが輝きます。


 何故無駄に笑顔なんですの!ここは嬉しそうなお顔をする場面ではありませんでしょ!



「兎に角です。既に白紙撤回されたはずだと言うのに、何故そんな陳腐な嘘を捏造してガヴァレア令嬢に絡むのです?貴方方は知らないのですか?ガヴァレア令嬢が二ヶ月ぶりの登校だと言うことを。」



「ーーーまさか?!」


「うそーーーー」



 大きく仰反るお二人の目が大きく見開いております。







 本当に私の婚約者であったのか、思えばなんと薄い関係だったことでしょう。


 そう、クレープの生地よりも薄い関係でしたのね。


 だからこのように浅はかな発言を恥ずかしげも無く宣言されるのでしょうけど。


 ご自分達だけではなく、ご家族への影響も考えていただきたかったですわ。



「確認ならば、担任のゾマーリ先生にするといい。それともガヴァレア令嬢のクラスメイトに聞いた方が早いかな?」



 そう言って嬉しそうに辺を見渡すビステンゼ様が、大きく息を吸い込み観劇の俳優のように声を張り上げたのです。



「おはよう諸君!朝から騒がせて申し訳ないが、今ここにガヴァレア令嬢と同じクラスの者はいるだとうか。いるのならば足を止め、ガヴァレア令嬢の無実を証明してはもらえないだろうか?」



 背筋を伸ばして右腕を振り上げて周りをグルリと見渡すビスデンゼ様。



「二ヶ月ぶりの登校で、早々謂れなき嫌疑を大勢の前で声高に捲し立てられ、窮地に立つガヴァレア令嬢に救いの手を差し出してはくれまいかっ!」



 熱演されてるビスデンゼ様の頭上から日の光が絶妙なタイミングで降り注いでおります。それはまるで舞台のスポットを受けているような、キラキラと煌めいて無駄に周りの生徒を魅了しております。


 ………視線が一気に集まって非常に居た堪れないのですが!?



「ビスデンゼ様!よろしいでしょうか。」


「勇気ある君の名を聞いても?」


「はい!ザイル・ラングレーと申します。ガヴァレア様とは同じクラスです。」


「そう。ではガヴァレア令嬢が今まで休んでいたことは?」


「本当です。担任のキューグ・ゾマーリ先生からクラス全員が聞いています。病気でしばらく休学されると。」


「あの二人は知らないようだが?」


「ボンゴードル様とヴェンガァ様はクラスが違いますから、知らなかった可能性はあるかと。お二人とも第二棟ですから。」



 そう言うと、何故か私に満面の笑みを返されるラングレー様。


 ラングレー様は子爵家の三男で、文官志望だと以前どなたかから聞いたように思います。落ち着いた柔らかい方と認識しております。あまり言葉を交わした覚えはございませんが。



「私も発言よろしいでしょうか。ガヴァレア様と同じクラスのゼクル・シューレクと申します。私もガヴァレア様が体調不良で当分休まれると聞いております。同じ学年であれば知っていて当然と思われますが、お二方共都合の良い話し以外は耳に入らないと言うことで、概ね周りの人達の見解が一致しております。」


 シューレク様は確か伯爵家のご子息で、とてもダンスがお上手な方で、ダンスレッスンのときには毎回希望者が殺到するものですから、事前に投票でパートナー選びをすることが決まりとなっております。背が高く、身体もガッチリとしておりますからとても安定感がありますし、流れる様な足運びで蝶のように舞うことができますから、令嬢方がダンスの上達を錯覚されるほどの腕前ですの。


 ーーー私も御多分に洩れず、その美技にあやかった者の一人ですの。



「それに、こう申しては何ですが、先程のような場面はガヴァレア様が休まれる前にもよく見かけております。婚約が解消されていたことは知りませんでしたが、それなら何故同じことを繰り返しておられるのか、何が目的なのか、とても理解し難い振る舞いだと思います。」



 ええ、毎回人の多い場所で絡んで来てましたから皆様よくご存知だと思われますわ。


 ………毎回同じような内容で言いがかりをふっかけて来るお二人は、ある意味この学園の有名人ですから。



「ではガヴァレア令嬢、ここは私にお任せ下さい。ナイトとしての役目を果たしましょう。」



 周りがガヤガヤとする中、ビスデンゼ様が腰を折って私の目線に甘いご尊顔を近づけて来ます。



「………ですが、ボンゴードル様は私の()婚約者ですし、もしかすると婚約解消の話がご本人に伝わっていないのかもしれませんわ。ならば私がご説明させてーーー」



 すると更にご尊顔を近付けていらっしゃるビスデンゼ様に、思わず一歩後ずさってしまいましたわ!


 常識的な男女の距離ではありませんわっ!


 驚きのあまり、瞳孔も毛穴も一気に開いてしまいましたわっっ!



「ガヴァレア様は律儀な方なのですね。ですが話が通じる方々ではないでしょう?聞く耳が無い方々を相手にあなたを煩わせるなんてナイトの名折れ。大丈夫。お二人にはしっかり納得させますから。」



 私の有無など関係ないと、キラキラエフェクトスマイルと、静かな湖面を思わせる瞳にじっとりと見つめられたらば、おぞぞぞぞっと、背中を走った寒気に全身隈なく鳥肌が立ちましたわっ!


 ここは大人しくビスデンゼ様の言う通りにしたほうが賢明なのだと悟ります。


 いつのときも、長い物に巻かれなさいと言うことですのね!



「でっ、ではお言葉に甘えさせていただきます・・わ。」



 これで良いとは思いませんが、私が言ったところであの方達は右から左でしょうし、ここは第三、第四の人間を挟むのが最善なのだと自分に言い聞かせましょう。


 ぎこちなく笑顔を作って頭を下げれば、綺麗に回れ右で、その場を後にいたします。


 えぇ、走るなどはしたないことはできませんから、最大限の()()で、わき目も振らず教室を目指しましたわ。



「後ほど報告に伺いますね。」



 ビスデンゼ様の声を背に受けましたが、怖くて振り返ることは致しませんでした。






 教室にたどり着いた私は大きく音を立てて座席に座り、机に突っ伏しました。


 ………わかっております。淑女らしからぬことだとわかっておりますわ。


 でも、来てそうそう訳のわからい言いがかりに振り回される私っていったい何ですの?


 ビスデンゼ様が間に入っていなければ、間違いなく私の右手が飛んでおりましたわよ!



「曾お爺様、ちゃんと手続きして下さったのよねぇ。」



 実は、私がお屋敷(伯爵家)に戻ってから、曾お爺様には会っておりませんの。


 お母様のお怒りが今回は限界突破致しまして………いぇ、何度目かの限界突破なんですけど。


 曾お爺様は只今、お屋敷への出入り禁止になっております。


 もちろん私への接触も禁止です。


 ですからお手紙が届いたとしても、封も開けることなく焼却処分でしょう。


 それも、期限は無期限。


 解除されるには、お母様のお気持ち次第ですの。


 大きく息を吐き出しても、胸にのしかかった重い塊が取れません。



「これは早々に時計塔に行かなければいけませんわねぇ。」



 雲ひとつ無い真っ青な空と、心地良い風がそよぐとても穏やかな一日の始まりだと言うのに。



「あの二人がちゃんと理解してくれることを願うしかありませんわ………」



 幸せが逃げてしまうと聞いたことがありますが、何度も溜息が漏れてしまいます。



「後ほどって………まさか今日ですの?」



 それでなくとも、ビスデンゼ様の押しの強さは苦手ですのに。



「どなたか代わって下さらないかしら………」



 ーーー無理よねぇ。




年が明けました。

今年も遅々と頑張ります。(ー ー;)


今回も読んでいただきましてありがとうございました。

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