*小憩* 『秘密』
ご無沙汰しました!
ですが本編ではありません…すみません。
暗い話がつづくので、ちょっと一息のつもりで入れさせてもらいました。
よろしくお願いします。
「お爺しゃま、今日は何をするの?」
五歳の誕生日を迎えたばかりのフィルマールは「お爺様」の「さま」が言えなく、本人としてはちゃんと「さま」と言っているつもりなのだが、周りがその可愛らしさに直させようとせず「しゃま」呼びで定着していた。
隣を歩くゴディアスを見上げるが、小さなフィルマールにとって見上げた先の先にあるゴディアスの顔は角度によっては全くその表情を窺うことができず、何とか見ようとゴディアスの足元をちょこまかとしていた。
大好きなゴディアスの厳つい顔がいつでも見れないことが、この時のフィルマールの大きな悩みだった。
「ウム。今日は少し足を伸ばして【アイラの滴】へ行ってみようか。きっと蛹から孵った〈クゥリミラ〉が沢山舞っておるはず。フィルマールは初めてであろう?」
蹲み込んだゴディアスがフィルマールの両脇に手を差し込み抱き上げる。
ゴディアスの大きな顔に寄せる小さなフィルマールの顔は期待に溢れキラキラとしている。
「それは何?どんなトコ?どんなモノ?」
「儂が言うよりマールがその目で見た方が良いと思うぞ。」
のっしり、のっしりと大きな歩幅で進むゴディアスはフィルマールの大好きな冒険譚に出てくる巨人族のようで、こうして抱き上げられるといつも目にする視界とは比べものにならないほど全方位が見渡せ、フィルマールの気分をワクワクさせる。
「お爺しゃま!お爺しゃまはいつもこーんなにもいっぱいのキレイが見えるのですね!いいなぁ。いいなぁ。」
フィルマールは頬を赤く染め絶賛する。
「お爺しゃまのようにうーーーんと大きくなったら、リンゴも取れるし、帽子も取れるし、鳥の赤ちゃんも見れるわっ!」
フィルマールが言った途端、ゴディアスが豪快に笑い出した。
そのあまりの声の大きさにフィルマールが耳を押さえた。
「可愛いことを。だが儂のようになってはマールが嫁に行けぬよ。まぁ嫁なんぞ行かんでも儂は構わんのだが、貴族はいろいろとしがらみが多くてのぉ。」
「私はお爺しゃまとずぅーーーっと一緒がイイです!だからうーーーんと!大きくなります!」
そう言いながらゴディアスにしがみ付くフィルマールを愛おしそうに目を細め、優しい手つきで頬をひと撫でする。
「マールは爺を誑し込むのが上手いのぉ。」
「お爺しゃま大好き!」
弾ける笑顔に愛らしいそばかす。目の中に入れても痛くないと思うぐらいには溺愛していると自覚しているゴディアスの今の顔を他の者が見たならば、その衝撃は雷が直撃するぐらいの威力はあるだろうか。
歴戦の痕が残るその顔はけっして生優しいものではない。
小さな子供がゴディアスの顔を見れば火が付いたように泣き出すのが普通だった。
大の大人とて姿を見ずともその名を聞くだけで表情は硬く血の色を失うのだ。
生まれたときから見慣れているとはいえ、これほど懐いてくれるフィルマールに、ゴディアスは爺バカ振りを存分に振り撒きまくっていた。
ズンズンと森の中を進めば、前方に草木に覆われた壁が見えてきた。
「お爺しゃま?草がいっぱいですよ?」
所々木の幹が突き出る黒い石を積み上げてできた壁は赤茶色の蔦に分厚く覆われ、この先に進むことを阻んでいるようだった。
「ふむ、じつはここに秘密の入り口が隠れておるんじゃよ。」
ゴディアスは草が盛り上がった壁沿いに歩くと、他の木とは異なったか細い木の生えた所で止まった。
「マール、この木は〈ヒイラギ〉と言ってな、葉がギザギザになっておるんじゃ。」
大きな手で摘み上げた葉をフィルマールに見せる。
「トゲトゲの葉っぱだ〜」
「………このトゲトゲの葉が付いた木が目印でな、」
と、言いながらゴディアスは〈ヒイラギ〉の木の左側の草を掻き分けた。
そこに現れたのは綺麗なアーチ型にくり抜かれた潜り戸。
ゴディアスは身を屈めて潜り、向こう側に垂れ下がった草も掻き分けた。
その途端、溢れ出した眩い光に驚いたフィルマールがゴディアスの首に顔を押し付け硬く目を閉じた。
「マール、目を開けて見てごらん。」
ゴディアスがフィルマールの頭を撫でて促す。
そろそろと目を開けゴディアスを見るフィルマールの表情は不安気で、その顔に思わず小さく笑いを漏らす。
「大丈夫じゃよ、マール。」
腕を首に巻き付けて恐る恐るそちらに顔を向ければ、わかりやすくフィルマールの表情が嬉々としたものへと変化した。
「お爺しゃま!?キラキラしています!」
「綺麗だろう?ちょうど頃合いであったのぉ」
二人が向けた視線の先にあったのは小さな泉だった。
幾つもの水の湧き上がりが透明な水面に波紋を幾重にも描き、泉を取り巻くように自生する薄いピンクの花は、花弁の先を緩くカールしてフルフルと誘うように揺らしている。
その花の周りを真っ青な空の色をした柔らかいフリルを何枚も重ねたような蝶がフワフワと漂ってた。
「お爺しゃま!お爺しゃま!あのチョウチョは何?あのクルクルしたお花は何?」
「あの蝶は〈クゥリミラ〉と言って花は〈ザッガス〉。」
「クゥ……リュラ?シャカス?」
コテンと首を傾げるフィルマール。
「〈ザッカス〉は綺麗な湧水が出る場所でしか自生しない。〈クゥリミラ〉は〈ザッカス〉が生えている場所でなければ生まれない。ここは《虚像のグラシャ》と呼ばれる遺跡の一つなんじゃよ。」
ゴディアスはフィルマールの頭をひと撫でして歩みを止めた。
「この場所を知っているのは、儂とバランとラウラ。それからーーーマールの四人だけじゃ。」
それを聞いた途端フィルマールが目を見開き、両手を頬に当ててゴディアスを見る。
「良いか?ここは四人だけの秘密の場所じゃ。」
そう言いながら人差し指を口に当てるゴディアスに、興奮した勢いで抱き付くフィルマールが黄色い声を上げた。
「お爺しゃま!しゅてき!」
しまりなくニヤけるゴディアスの表情は、フィルマール限定で現れる自然現象。
「マール、あまり近づいては〈クゥリミラ〉が散ってしまう。ここからそっと見よう。」
フィルマールがコクっと頷く。
「わかったわ。じゃぁお爺しゃま、あっち向いて抱っこして。」
「うん?マールを?」
「ちょうちょ見たいの。真っ直ぐ。」
左腕に抱き上げたフィルマールの身体は今、横向き。
「では、こうすればよいか?」
ゴディアスはフィルマールのお腹に左腕を回し、右腕を膝裏に差し入れた。
「うん!あと、小さくしてほしいの。」
「小さく?」
「うん。小さく。」
フィルマールが小さな掌を広げて下へ下げて見せる。
ゴディアスは暫し考えると足の幅を広げ腰を屈める。
「マールこれぐらいか?」
「もう少し小さく。」
更に足の幅を広げ腰を落す。
「………マール、どうじゃ?」
「う〜ん、お爺しゃまもうちょっと小さく。」
何かに堪えるような表情でゴディアスは再度腰を落す。
「お爺しゃま!お水とお花とちょうちょがいっしょにキラキラしてます!」
両手を叩き身体を揺すって無邪気に喜ぶフィルマール。
「………マール、もう…よいかっ?!」
絞り出すような声で言うゴディアスの顔は真っ赤。
玉の汗を掻き、奥歯を噛み締める。
「まだっ!」
「くっっ!」
フィルマールの即答に、食い縛った歯の隙間から苦し気な息が漏れ、眉間にシワを寄せ堪えるように硬く目を閉じるゴディアス。
「ーーーーマール、」
「まだっ!」
「ーーーマール、」
「まだデス!」
「ーーマール、」
「ダメです!」
「………」
次の日の朝。
「ライラ、お爺しゃまは?」
食堂に入って、いつもなら既にそこにいるであろうゴディアスの姿が無いことに、後ろに居たライラを振り返り聞くフィルマール。
「………御前様はお医者様からベッドとお友達になるようにと言われまして、」
「ベッドとお友達?」
「ハイ。ベッドとお友達です。」
「どうして?おいしゃしゃま?」
「さぁ?メイドの私ではわかりませんから。」
ライラはニッコリと笑いフィルマールを椅子に座らせる。
「ベッドと友達になれるの?お爺しゃま、ベッドとお話しするの?」
「お医者様は難しいことを沢山知っていらっしゃいますから、」
「ーーーおいしゃしゃまは知っているの?」
「………フィルマール様、お食事が冷めてしまいますと、美味しさが半減してしまいますわぁ。さっ、先ずはお召し上がりくださいませ。」
鉄壁のメイドスマイルに、それ以上突っ込むことができないフィルマールは眉間にシワを寄せ、納得いかないままフォークを手にした。
その頃ゴディアスはと言うと………。
「御前様は学習と言う言葉をご存知でいらっしゃいますか?」
畳んで厚みを保たせた掛け布団の上に突っ伏し座り込むゴディアスの間抜けな姿がベッド上にあった。
「若い時とはわけが違うのです。いい加減わかってもいいと思いますが?」
女中頭のレーネは小言を言いながら、掌にのせた布に薬草を練った物を塗りつけている。
「リリ、シャツを捲って。」
「はい。」
リリと呼ばれたメイドが、失礼しますと声をかけゴディアスの寝巻きの上着を持ち上げた。
剥き出しになったゴディアスの大きな背中には、大小様々な傷跡が茶色く盛り上がっていた。
「フィルマール様を構い倒すのも致し方ないと思います。あのように御前様に懐かれるのですから。」
大きく息を吐き、塗り終わった布を背中の真ん中に貼り付けた。
「うごぉっっ!!」
と、ゴディアスが短く呻めき身体をふるわす。
「あら、冷たかったですね。」
レーネのおざなりな言葉にゴディアスが抗議するように低い呻き声をあげる。
が、レーネは気にすることもなくスルーする。
「まぁ、三週間は絶対安静とギラン先生も仰ってましたからこの際、我が身を振り返ってよくよくお考え下さいませ。」
二枚目を素早く塗ると一枚目の下にビタンと貼り付けるレーネ。
ゴディアスは二度目は少し耐性ができていたようで、身体をビクッとさせるにとどまる。
「リリ、下ろしていいわ。」
レーネは薬の載ったトレーをリリに下げさせると、腰の痛みで横になることもできずにいるゴディアスの姿に大きく息を吐く。
「よろしいですか?絶対安静でございますよ?もちろんフィルマール様とも会うことはなりません。」
「ーーーーしかし、残り三日間フィルマールが可哀想ではないか。」
一週間の約束でフィルマールを連れて来たのは、ゴディアスの生家である子爵領で、ここを選んだのは王都から馬車で三時間程と近距離であるのと、この辺りは冒険大好きなフィルマールが喜びそうな場所が点在しているためだった。普段無人の屋敷に数日前から使用人を送り込み万端に整えフィルマールを迎えたのである。
全ては可愛いフィルマールの笑顔のために!
口を尖らせるゴディアスにレーネの目がスッと細くなる。
「今朝早く伯爵家に使いを出しましたから、すぐにでもお迎えがみえることでしょう。何も心配ございません。御前様は腰の療養だけを考えて下さいませ。それでなくとも年が年ですから治るのに時間がかかりますでしょう?もともと良くは無かった腰を今回無理をしたためにバキッとやってしまったんですから、当分はベッドから出ることは禁止でございます。よろしいですね。」
勤続五十四年の女中頭レーネの迫力は、戦場の〈破壊王〉と恐れられるゴディアスをも黙らせる威力があった。
「では、昼食後にお薬を取り替えに参ります。」
ニッコリと笑顔で一礼するとレーネは部屋を出て行った。
扉が閉まる音と同時に、ゴディアスのそれはそれは大きな深い溜息が部屋に響いた。
「あの御前様もフィルマール様が絡みますと普通のお爺様になるのですね。」
先に部屋を出ていたリリが抑えて笑う。
レーネは少し大袈裟な溜息を吐いてみせ、リリと並んで歩き出す。
「フィルマール様を喜ばせようとなされるのはね、仕方がないと思うのよ?でもねぇ……小さなフィルマール様と御前様では六十弱のひらきがあるのよ?いくら剣の覚えがあったとしても、年には勝てないことはご自身がよくよくわかっていらっしゃるはずなのに。」
「一緒になってはしゃいでしまわれるのですね。」
微笑ましい姿を思ってリリが言うと、
「木登り、岩登り、川に飛び込む。草を食べる。穴を掘る。」
「…………?」
「手当たり次第木に登れば枝が折れて落ち、高低差関係なく岩の壁があれば登って滑り落ちる。服を着たまま泳ぎを教えるつもりが足が攣って溺れる。薬草だからとそのまま草を食べてお腹をこわす。罠を仕掛けるために掘った穴に落ちて出れなくなってしまう。」
「?????」
「だいたい四、五才の貴族の令嬢にそんなことさせて何になるのか、そもそも御前様ご自身が率先して危険に立ち向かわれる意味とは?」
「………えっとぉ………?」
「そんな無茶苦茶なことをしでかした後は必ず二週間は満身創痍で、用を足しに行くこともできないのよ?」
「………そ、それは……あのぉ、フィルマール様のご両親である伯爵ご夫妻にはーー」
するとレーネは頬に手を当てて首を傾げながらリリを見た。
「なんでしょうねぇ………『秘密』と言う言葉が殊の外お気に入りらしいのよ、フィルマール様。」
「………………なっ?」
「御前様が『秘密』だと言えば、忠実に守られるでしょうねぇ。」
何度目かの大きな溜息を吐きながら首を振るレーネ。
「これがマリアンヌ様のお耳に入ったときには……きっと御前様は出入り禁止の接近禁止ーーーもしくは幽閉なんて事態になるかもしれないわね。」
最早リリの返答など気にすることなく吐き出すレーネ。
リリは廊下の高い天井を睨むように見つめ口を引き結ぶ。
何故ここ( 子爵領)に来た使用人達がお屋敷を整えるとサッサと本宅へ戻って行ったのか。
何故別でお手当が付くというのにみんなの食いつき悪かったのか。
それがこの金属五十四年、女中頭のレーネの蓄積された鬱憤をまともにくらうからだとはーーー
曖昧な返事を返すリリにはことの重大さがまだわかっていなかった。
コレは始まったばかりで、この先三週間はゴディアスが動けないということを。
前回の後書きで、回想を二話と書いておりますが収まらなく……三話つづくことになります。そのあと違う回想を一話入れて曾お爺様のターン後の話をと思っております。
ーー今頭の中での予定です。……ハイ、予定です。
読んでいただきありがとうございます。




