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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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疑念

お待たせしました。


よろしくお願いします。

 





 カビレンは足元に転がったまま動かない真っ赤な髪を散らすエルヴィーダを見ていた。



 ともすればーーーマーニルネが産んでいたかも、しれない。



 ともすればーーー真っ赤な髪色では無く、ルーベンス殿下のような金色の髪とバイオレットの瞳を伴った容姿であったかも、しれない。




 よくよく見れば、口の端に血が流れた後が付いている。


 相当抵抗したのだろう痕跡が所々痛々しく残っていた。


 これ程乱暴な扱いを受けても意識を戻さないということは、余程きつい薬を嗅がされたに違いない。


 血の気を失ったエルヴィーダの横顔にはまだ幼さが残っているように見える。



 ………ラヴィルが言っていることは理解できる。




 これがもし当事者ではなく、第三者目線であれば同じことを言っただろう。


 相手に対して上位に立ち、さもわかったような言葉を羅列しそんな自分に酔いしれ雄弁となる。


 正論なのだと。世間一般の考えなのだと。




 ………だが、納得できない。




 頭ではわかっているが気持ちがこれを拒絶する。


「………貴方が世に出なければ、あるいは違っていたのかもしれませんね。」


 カビレンが腕をゆっくりと上げる。


「ルーベンス殿下がいらっしゃらない。ではやはりーーー」


 上げた腕を緩慢に下げれば、意識の無いまま横たわったエルヴィーダの首に括り付けられていた縄がピンと張った。


 そのまま後方へ強く引っ張られる縄にエルヴィーダの頭が持ち上がり身体も起き上がって反転すると、ズルズル引き上げられていく。


「ーーーーぐぅぅっ」


 首を締め付ける縄に手をもっていき苦悶の表情をするエルヴィーダだが、この状態であっても意識がはっきりと覚醒していないようで、その抵抗は弱い。


「カビレン!!」


「エルヴィーダ様っ!!」


 瞬時に走り出したディルヴァイスが剣を抜く。


 引き摺られるエルヴィーダの首に括られたロープに向かって剣を振り下ろした。


 ガキィーーーーン!!



「くっ!!」



 既の所を剣によって阻まれ、弾かれた勢いのまま後方へ飛び退くディルヴァイス。


 目の前に立ちはだかる黒尽くめの人物。先ほどまでカビレンの隣に立っていた者が低くした体勢でディルヴァイスの剣を弾いた。


 その間にもロープは引っ張られ、酸素を求めようとエルヴィーダは魚のように口を開閉させていた。


「どけっ!!」


 苛立ちをあらわに恫喝するディルヴァイスに、黒尽くめの人物が剣を構え直す。


「サッサと此奴を倒さねば、吊り上げられて息の根が止まるぞ。」


 口元を歪め嘲るカビレンにゴディアスは腰の剣に手をやり、ラヴィルは手紙を持つ手を震わせた。


 剣を振り被るディルヴァイスが黒尽くめ目掛け踏み込む。


 上段で撃ち重なった剣の音がギリギリと嫌な音を響かせる。


「カビレン!お主はーーー」


 ゴディアスが剣を抜き大股でカビレンに近付いて行く。


「殿下もいらっしゃらないなら、一人残すのは可哀想ではありませんか。そうでしょう?」


「ふざけるなっ!!」


 ゴディアスの咆哮が空気を震わせる。


 横で剣を交えるディルヴァイスと黒尽くめの人物が同時に後方へと飛び退き、お互い視線を外すことなく次の一手を模索する。


「どう言った了見でことを荒立ておるのかはまったく儂にはわからん!理解もできん。だがな、人の生き死にを決めるのはお主では無い!天の采配以外あってはならん!」


 剣をピタリとカビレンに突き付け、通常よりも二割増しの強面のゴディアスが捲し立てる。


「お主は民を守る騎士であったはず。そんなことも忘れるほどもうろくしたかっ!」


 眼前に突きつけられた剣先に、皮肉な笑いを浮かべたカビレンがフンと鼻を鳴らした。


「崇高な物言いですな。ですが閣下、我々騎士の手は血塗られております。自国のためと銘打ってどれ程の人間を殺めたでしょう。騎士と〈ドゥール〉のちがいは国に守られているかどうかだけでそもそも大きな違いなど無いのでは?今ここでご子息を殺めても、ルーベンス殿下のご子息とわかる者は限られております。ならば何も問題はございませんでしょう。国王の布いた箝口令のおかげで表沙汰になることは無いのですからーーーーっっ!!」


 言葉が終わる前に、突き付けていた剣が素早く薙ぎ払われ、カビレンの左頬に細く赤い線が走り同時に切り裂かれた髪が舞い散った。


「………騎士だからこそ、最前線に立ち、民のために身を挺す。それは騎士を志したときから当然のように念頭にあったことではないのか。」


 剣をゆっくりと下ろしたゴディアスの目に浮かぶのは、怒りと哀しみ。


「確かに多くの者達をこの剣で討ち、わしは()()におる。綺麗ごとを言ったところでお主の言う通りじゃ。」


 ゴディアスは首を振り息を吐いた。


「ーーーだからと言って騎士を〈ドゥール〉と同じなどと、それは騎士である者達に対しての冒涜意外なにものでもないと………わかって言っておるのか!」


 ゴディアスは下ろしていた剣を振り上げ、二階フロアーでロープを引っ張る黒尽くめの人物目がけて投げつけた。


 回転させながら飛んでいく剣はしかし黒尽くめの人物の目前で叩き落とされてしまった。


「………お互い、年はとりたくないものですね。」


 カビレンの失笑に苛立ちながらも、咄嗟の行動で上がった息にゴディアスは胸を押さえた。


「剣を振うこと、すなわち殺戮。天の采配と言われる閣下はロマンチストですなぁ。」


 ゴディアスは大きな背を丸め、苦し気に薄く開けた口から荒く息を漏らした。


 無理をして振り上げた腕は小刻みに震え力が入らない。カビレンが言うとおりだった。年を追うごとに日々の鍛錬さえままならぬのが現状であった。


 ゴディアスは緩慢な動作で首を巡らせた。


 ディルヴァイスが黒尽くめに苦戦する向こう側。


 血の気を失って白目を剥くエルヴィーダが、先程まで弱々しくも抵抗していた両腕をダラリと下ろし瓦礫の上を引き摺られて行くのが見える。


「動かないで下さい、ラヴィル殿。矢が狙っておりますから閣下も迂闊に手を出さないでもらいましょうか。」


 隠し持っていたナイフを手にしたラヴィルが小さく舌打ちする。


「ここで一緒に殿下のご子息様を看取りーーー」


 と、カビレンが苦い笑いを浮かべ言葉を発したときだった。



 鋭い音を伴って(くう)を切り裂く一本の矢がエルヴィーダの首から伸びたロープを一瞬で断った。



 その瞬間、糸を切られた操り人形のようにエルヴィーダの身体が瓦礫の上に倒れ込んだ。



「間に合いましたかな?」



 場の空気を読まない軽い口調で話すのは、


「バルドラン!」


 思わず叫んだゴディアスにニヤリと笑うバルドランが次々と矢を繰り出す。



「閣下!ちゃんと動いて下さい!」


「まだ気を抜かないで下さい!」


「大丈夫ですか!足腰動きますか⁈ 」



 雪崩れ込む騎士達がゴディアスに次々と声をかけていく。


 辺りは瞬く間に喧騒に包まれ、バルドランの放った矢は闇雲のようで実は隠れていた〈ドゥール〉達をあぶり出していった。




「カビレン、幕引きじゃ。」


 ゴディアスが大きく息を吐き出し身体を起こして向き直った。


「ーーーーこれも想定内でございますよ、閣下。」


 何故か安堵するような表情のカビレンが、ついていた杖の持ち手の部分を持ち上げた。


「元から上手くやろうなどとーーー」


 黒い陶器でできた逆台形の形をした持ち手の上部を親指でなぞる。


「ーーー思ってもおりません。」


 するとその部分が横へとスライドした。


「私は自分が愚か者だとわかっておりますから。」


 それを傾ければ真っ赤な丸い粒が三つ、添えた掌の上に転がる。


「カビレン!」


 ゴディアスは咄嗟に腕を伸ばしカビレンの腕を掴もうとした。


 が 、腰から背中にかけて鋭い痛みが走り抜け、呻き声を発してその場にへたり込んでしまった。


「ーーーーーーーー!!」


「先程も言いましたが、もう無理の効く年ではないのですよ、閣下。」


「ぐっっーーカビレン、お主とはーーーまだっ、」


 痛みの所為で上手く呼吸ができず、真っ赤な顔面に脂汗がうかんでいた。


「殿下に直接恨み言を言うことにいたします………まぁ、会えるかどうかわかりませんが。」


 丸い粒がのった手をゆっくりと口元に運ぶカビレンの動作を、射殺すような形相で睨むゴディアスの口からは痛みとは別の悔しげな低い呻き声が漏れた。


 後一歩でその手の内にある赤い丸薬を叩き落とすことができたはずなのに、なんと不甲斐無いことか。無様にもしゃがみ込む自分に苛立ち、ゴディアスは地面を掻いで土塊を握りしめた。


「止めっーーろっ!カビレン!」


 必死に乞うゴディアスの声が目の前のカビレンに届かない。


 赤い丸薬を飲み込むカビレンの喉仏が上下するのを、ただ痛みを堪えて見上げているしかなかった。


「カビレン!!」


「時は虚い易く……人の心も脆く儚い。ですが、執着や情念というものは、最後の時まで醜く足掻くのですよ。」


 柔らかなカビレンの表情が、何故か在りし日の姿に重なりゴディアスの表情が一瞬、泣き出しそうに歪んだ。


「ーーーアズール、引き際だ。」


 カビレンの言葉にそれまでディルヴァイスと剣を交えていた黒尽くめの人物が大きく飛び退き、それは他の〈ドゥール〉達も同じで一斉に身を引いていく。



「ーーーーーエン。」



 その声は張り上げるような大きな声ではなかった。


 だが周りに居た〈ドゥール〉達が口々に同じ言葉を発し、建物の向こう側からも幾重にも重なった声が辺りを覆っていく。


 〈ドゥール〉達の異様な行動に何事が起こったのかわからず辺りを見渡すゴディアス達。


 と、その瞬間耳をつん裂く轟音が轟き渡り、それと同時に白煙に包まれた。


「何!!」


 視界を遮る白煙が一面を覆い尽くすのはあっと言う間だった。


 煙に臭いは無い。身体に痺れも感じない。目に痛みも無い。


 目を眇め、鼻と口元に腕をあててゴディアスは何が起きたのか僅かな情報を拾おうと気を集中させた。


 いつ、何処から襲撃されるかわからない緊張感が伝播したのか、全く音が聞こえてこない。



 そして静寂に耳が痛みを感じ出した頃だった。



 徐々に視界を阻む白煙が薄れていくと、異変は直ぐにわかった。


 先程まで対峙していたはずの〈ドゥール〉の姿が消えていたのだ。


「嘘だろう?」


「音も気配も無いなんてーーー」


 その場に居た者達が唖然と立ち尽くす中、バルドランは地面にしゃがみ込んだゴディアスに駆け寄って来た。


「閣下?!」


「たいしたことわない。大丈夫じゃ、バルドラン。儂よりもエルヴィーダ様を見てくれ。今のディルヴァイスでは真っ当な判断ができぬだろう。」


 ゴディアスの視線の先を見たバルドランが頷き立ち上がる。


 横たわるエルヴィーダの傍に跪き身動きできないディルヴァイスのもとへ足早に向かうバルドランの背を見つめた。


「結局ーーーなりきれなかった。」


 呟くような声が頭上から聞こえ、キツイ体勢で何とか見上げたゴディアス。


「わかっているのです。わかって………」


「ーーーカビレン!!」


 その場に崩れるように倒れるカビレンへなんとか腕に力を入れて這い蹲り近寄ったゴディアス。


「カビレン!」


「………なんとも……お粗末な幕引きで、ございます。」


「自ら命を断つなどもってのほかだっ!」


 目を閉じたカビレンの口元がわずかに上がりフッと短く息を漏らす。


「閣下、ありがとぉ……ご、ざぁぃーーーーー」


 投げ出されたカビレンの手を掴み弱々しく振って見るがすでに反応は無い。


 微笑みをたたえた口元からは、赤黒い血が一筋流れ地面に滴り落ちていく。


 ゴディアスは掴んだカビレンの手を自分の額に押し付け、きつく目を閉じた。








お爺ちゃんターン終了です。


なんとか頂上に辿り着いた感です。


次は回想が二話続きます。「忘却の〜」の続きです。


……明るい展開はまだまだ先になります。ハイ。


今回も読んでいただきまして、ありがとうございました。

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