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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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忘却のレジュレ

大変間が開きました。お待たせしてすみません。


やはりこの回想は3話になりました……。



 




 夕食後。


 いつものようにサロンで聞くピアノの調べ。


 瞳を閉じて音の波に身お任せ演奏する女性。


 赤い髪を結い上げ光沢のあるシンプルなデザインの緑色のドレスを身に纏い優しく微笑み演奏するのはエルヴィーダの母、ミュリネア。


 鍵盤の上を滑る優雅な指の動きで紡がれる旋律がウットリするほど心地良く、奏でる人の内面をあらわしているようだった。


 最後の小節を奏で終えるとサロンを音の余韻が包み込む。


「………ミュリネア様素敵。」


 ソファーの肘掛に両手をついてその上に顎をのせるような姿勢でうっとりと聞き入っていたメイローズが大きく息を吐く。


「母上のピアノは優しいから大好きだって、父上といつも言ってるんだよ。」


 ピアノの横にイスを置き、最も近くで堪能していたエルヴィーダがオレンジ色のドレス姿でミュリネアに満面の笑顔で言う。


「ローズ様もエルもありがとう。」


 一見して子供がいるようには見えない可愛らしさで微笑むミュリネアがはたと一点に目を止める。


「あら?マール様はおねむ(・・・)ね。」


 メイローズの座るソファーの反対側の肘掛に頭をのせて目を閉じ何故か嬉しそうな表情を浮かべ目を閉じるフィルマール。


「ミュリネア様のピアノが眠りを誘ったんだわ。とっても気持ち良さそうですもの。」


 フィルマールに近寄り柔らかな頬を突くメイローズ。


「ふふ、可愛い。」


 サロンにいたミュリネア、エルヴィーダ、メイローズ、壁際に控える侍女二人と護衛の騎士一人が寝入るフィルマールを優しく微笑み見る。


「では今日はここまでにいたしましょう。」


 立ち上がったミュリネアが静かに鍵盤の蓋を閉じる。


「ぺージル、フィルマール様をお部屋まで運んで下さいな。ケートも一緒にね。ナユル、メイローズ様のお支度をお願い。」


「ミュリネア様、私一人でできますから大丈夫ですよ。」


 フィルマールの寝顔を堪能していたメイローズがニッコリと微笑み振り返る。


 対して、やはりニッコリ微笑みながらゆっくりと首を横に振るミュリネア。


「いけませんわ。ローズ様はほっておくと湯浴みもせずにその格好のまま寝てしまわれるんですもの。お姉様からしっかりと目を光らせていて欲しいと言われておりますから、ここにいる間は抜かりなくお世話させていただきますわ。」


 ミュリネアの満面の微笑みは、背後の壁に掛けられた家族の肖像画に描かれているそれと同じだった。


 メイローズは「あ〜〜〜っ」と頭を掻き視線を彷徨わせる。母のことを出されては抵抗できないのだ。


「ローズってここにいるときはいつも男の子の格好してるけど、()()じゃなくて()なんだね。」


 今もシャツにズボン姿のメイローズに感心するエルヴィーダ。


「………人のこと言えないでしょ。エルだっていつもドレスじゃないの。」


 口を尖らせ、すがめた目で見るメイローズ。


「こっ!これは、ローズがっ!」


「シーーーーーーッ!」


 オタオタとするエルヴィーダに向かって口に人差し指をあてて静かにと訴えるメイローズ。


 そしてニンマリと笑み、声を抑えて続ける。


「そうよねぇ。だって、勝った方の言うことを聞くってことになっているのだから、エルが私に勝てないのがダメなのよ。でも、エルのドレス姿良く似合ってるわ。とっても可愛いわよ。」


 ドレスを握りしめ睨むエルヴィーダに更に言い募るメイローズ。


「私よりもご令嬢らしいなんて、剣の稽古なんてやめてマナーのお勉強をした方が似合うんじゃない?ふふっ、崇拝者が殺到するんじゃないかしら?」


「そうねぇ、エル?可愛さは罪だわ。」


「母上は僕の味方じゃないのですかっ⁈ 」


 顔を真っ赤にして俯いていたエルヴィーダが涙目でミュリネアを見る。


「だって、エルってばとっても似合うんですもの。私はどちらのエルも大好きよ?」


 両手を頬に当てふふふっと笑う我が母に、自分に救いがやって来ないことを悟って項垂れるエルヴィーダ。


 そんなエルヴィーダをよそに割り当てられた部屋に戻るべくそれぞれが動き出した時だった。


 扉を叩く音が聞こえたと同時に部屋に入ってきたのは騎士のディルヴァイス・ゲラン。


「 皆様、暫しお待ち下さい。ページル、カーテンをきっちりと閉めてくれ。ケート、フィルマール様を起こして下さい。」


 シルバーブルーの髪を後ろで括り優しげな顔とは裏腹に鳶色の瞳を険しくさせ指示するディルヴァイスに、それまでの優しい雰囲気がいっきに霧散する。


「ディル?」


 そんなディルヴァイスに困惑した表情を向けるミュリネア。


「ミュリネア様、敷地内に何者かが侵入したようです。」


 ディルヴァイスの言葉にその場に緊張が走る。


「館にいる護衛は私を入れて七人。使用人は十二人おりますが全員が剣を使うことはできません。殿下と閣下が戻られるにはまだ時間を有します。」


「………では、どうするのですか?」


 ミュリネアの瞳が不安気に揺れる。


「この館は王家所有です。非常時のための秘密の仕掛けがございます。それを使って外に出ようと思います。」


「ですが、纏まって行くのは危険ではないでしょうか?」


 ページルが声を潜めディルヴァイスに問う。


 ディルヴァイスは頷き自分に向けられる不安げな視線を見渡す。


「全員一緒に移動は悪手なので、二手に分かれます。」


 一拍置くと厳しい表情でもう一度見渡すディルヴァイス。


「移動する場所は湖の近くにある番小屋。もう一つが街道近くの【ルギの洞】です。殿下と閣下が戻られるまで身の安全を優先させていただきます。」


 一旦言葉を切ると、ゆっくりハッキリと言った。


「………ここ(屋敷)がどうなろうと、ここに居る誰かに何事かが起ころうとも、ご自分の身を第一に行動して下さい。よろしいですね。」







 ディルヴァイスに連れられて来たのは二階の執務室。



 部屋に入ると正面に置かれた重厚な造りの机が現れた。その後ろには大きな窓ガラスが設けられ、右側に石で組まれた立派な暖炉、その反対側の壁一面は天井に届くほどの高さの書棚があり高価な本がびっしりと並べられていた。


 部屋の左隅、書棚の陰になった場所に次の間の書庫への扉があった。


  ディルヴァイスがその扉を開けると古臭い紙とインクの匂いが溢れ出してきた。


「わぁ、いい匂い。」


 まだちゃんと目覚めていないフィルマールが目を閉じたまま緊張感の無い声で言う。


 ディルヴァイスは部屋の隅に立て掛けられていた普通の人が持つには大きい真っ黒な杖を持つと、小窓の前に置いてある小さな机に近づいた。


 その机は箱型のライティング机だった。


 ディルヴァイスは卓上部分になる扉を開け中にある小物を収納する引き出しを取り出すと、持っていた杖の先端の金具を外し、外した杖の先端をそこへ押し入れた。


 すると、杖が立て掛けられていた辺りの床板がゆっくりと横へ開き真っ黒な石の床が現れた。


 ディルヴァイスは石の床の傍に膝をつき、金具を外した杖の先端を鈍く黒光りした表面に押し付けた。


「 ………パァーシュ・ハ・ジィル。」


 そう呟けば、今度は石の床が音も無く横へスライドし石でできた階段が下へと伸びているのを両側から照らす青白い発光が浮かび上がらせた。


「………すごい。」


 誰かの呟きはここに居る者達が思った心の声。


「すまぬ。遅くなった。」


 と、背後からかけられた声に全員が身体を震わせた。


 現れたのは昼間好々爺然とした姿で子供達のお守りをしていたカダル。


 額の汗を拭い息も少し洗い。それもそのはず、姿を目立たなくするためか黒色のマントを纏っているのだ。これでは暑いし重い。


「外の様子は?」


 後方を向くことなくディルヴァイスが聞く。


「静かだ、不自然なほどに。相当手慣れた者達と思われる。ニーガルを走らせたが上手くいくかどうか………正直分が悪過ぎる。」


 そう言うとフィルマールのもとに行き膝を着いてしゃがんだ。


「フィルマール嬢、私が抱いてお連れいたしましょう。」


 いつものように微笑み大きな手を差し出すガダルに、フィルマールがコクリと頷き侍女と繋いでいた手を解くと、小さなその手をカダルの掌にのせた。


 カダルは右腕に抱え上げるとフィルマールの頭をひと撫でした。


「………急ぎましょう。足元に気を付けて下さい。」


 ディルヴァイスが先陣を切って階段を降りていく。


 全員息を詰め慎重に一段一段降りていく。


 青白い光が淡く階段と壁を照らすが、先は暗く視界を阻んでいた。





 暫く無言で降りていると、



「ーーー臭い。」


 と、鼻と口を手で塞ぎメイローズが呟き足を止めた。


 ディルヴァイスが顔を上げ石壁を見上げる。


「ーーーまさかっ!」


 唸るように言うと、向こう側から何人もの篭った声と幾つもの足音が重なって聞こえた。





【 火事だーーーっ!】


【火の回りが早いぞ!早く外に出るんだ!】


【 正面ではなく、裏口からーーー】


【 ミュリネア様は⁈ 】


【 ディルヴァイス殿やガレス殿が着いていらっしゃるはずだ!】





 慌ただしく行き来する声と足音に緊張し、恐怖する。


「ーーー行きましょう。」


 ディルヴァイスが杖を強く握りしめ低く言うと階段を降りて行く。

 

 躊躇いがちに後につづくが、重い空気が枷となり足の運びを鈍くさせる。


 他の者達はどうなるのか。自分達だけここから逃れようとしている何とも言えない後ろめたさ。


 しかし、この底の見えない闇に向かって降りて行くことが本当に逃れるための歩みなのか。


 まるで地の底へと誘われているようではないか。


 それぞれが複雑な胸中でディルヴァイスの背中を追って階段を降りて行った。






 どれほど下った頃だろう。


 目の前の暗闇が少しずつ薄れてきたと思えば、仄かに青白く光る開けた空間へ降り立った。


 そこは床と低い天井一面が青白く光るタイル張りの開けた場所だった。


 円形に造られた場所は今ここに居る人数だけで圧迫感を覚えるほどの狭さだ。


 身長のある男性にはこの天井の低さは辛い。ましてや身体の大きなカダルにとって最悪の場所と言える。


 頭を下げ腰を屈めた状態で右腕にフィルマールを抱いたまま左手をフィルマールの頭にのせ天井に頭を打たないようにガードしていた。


 他の者達が辺りを見渡しているなか、ディルヴァイスが数歩進み出るとその場にしゃがみ込み、持っていた杖の先をタイル張りの床に押し付けた。


 すると様々な大きさの円を幾重にも重ねた幾何学模様がけっして広くは無い空間一杯に仄かな赤色を発して現れた。


「カダル、メイローズ様とフィルマール様をお願いいたします。ナユルとケートもお二方に着いて下さい。」


「……了解だ。」


 フィルマールを抱えて腰を屈めながらディルヴァイスの元にカダルが来る。


「移動する場所は池の畔の番小屋です。」


 ディルヴァイスは不安な様子で立っているメイローズとナユルとケートを呼び、厳しい体勢で居るカダルに杖を渡した。


「この杖を持って『ヨジュグ』と唱えて下さい。そうすれば一気に番小屋に飛びます。カダル、後は頼みます。ナユルもケートもお二人をお願いします。」


「ナユル、ケート、気をつけて。」


 駆け寄ったミュリネアがナユルとケートの手を取る。


「メイローズ様、フィルマール様もご無事で。メイローズ様はカダルの言うことをしっかり聞いて下さいましね。危ないことはけっしてなさらないで下さいませ。」


「………ミュリネア様。」


 メイローズの華奢な身体を抱きしめたミュリネアが硬く目を瞑り祈るように言った。


「無事に………シャリュネアお姉様の元にお戻り下さいましね。」


 メイローズは小さく頷きミュリネアに抱きつく腕に力を込めた。


「フィル、カダルは強いから大丈夫だ。でも、気をつけて。」


 カダルに抱き上げられたままのフィルマールに縋るように手を伸ばすエルヴィーダ。


「………ヴィ。」


 エルヴィーダは目を擦るフィルマールのドレスの裾に顔を寄せると口付けた。


「直ぐに会えるよ。また一緒に探検しよう。約束だ。」


「ーーーエルヴィーダ様。」


 ディルヴァイスに肩を掴まれ、後ろに下がるように促される。


「フィルに会いに行くからーーーー」


「ヴィ、またね。」


 意識が夢現を彷徨うフィルマールが力無く手を上げへにゃりと笑う。


「………どうかご無事で。」


 そう言ったミュリネアの握る手が血の気を失い白くなっていた。


「ディルヴァイス、ページル、ミュリネア様とエルヴィーダ様を頼みます。」


 カダルは屈んだ体勢で右腕にフィルマールを抱え左手には渡された杖を握り小さく頭を下げるとナユル、ケートに目を向け無言の合図を送る。


 そして大きく息を吸い小さく吐き出す。


「…………ヨジュグ」 


 カダルの発した言葉が空気を震わせ爆発した赤色の光に辺り一面覆われたがそれは一瞬で、気づけばカダル達の姿はそこに無かった。


 カダルが握っていたはずの杖だけがその場に円を描き転がっていた。


「これはいったいーーー」


 唖然と見つめるミュリネア達に杖を拾い上げながらディルヴァイスが言う。


「【忌まわしき遺産】と………呼ばれるものです。」


 息を呑む音がタイル張りの狭い空間に響く。


 緊張と恐怖と不安を綯い交ぜた表情をする者達の視線が坦々と答えるディルヴァイスに集まる。


 が、その表情からは何も読み取らせない。


「では、私達も参りましょう。」


 そう言ったディルヴァイスの顔が蒼白い光に映し出され、白い肌が際立ち、鳶色の瞳が異常にギラついていた。









この回想、後1話続きます。


色々思うとム〜ッとなってしまって中々難しく……。


お付き合いくださる皆様には大変ご迷惑をおかけします。ごめんなさい。


今回も読んでくださり、本当にありがとうございました。



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