曾お爺様‼︎
あれから強制的に、学園にございますサロンに連れて来られました。
マティアス様達はその場に放置でございます。
放心状態のマティアス様をヴェンガァ子爵令嬢がユサユサと揺さぶっておりましたが……後遺症が心配です。それでなくともアレですのにーーあら、失礼。
「曾お爺様がいらっしゃるなんて、嫌な予感しかしないのだけどーーー」
荒々しくソフアに座り足を組むパティの額を、ぺチッと叩き眉間にシワを寄せたリュー。
「パティ、その姿でも君は一応レディなのだから、足を組むのはダメ!何時も言ってるだろう。それじゃ、お嫁に貰ってもらえないよ。」
「あら!リューが私を娶ってくれるのでは無くて?」
妖精スマイルで返すパティは、リューを溺愛しております。それは恐ろしい程に…。
この学園に入って先ず行ったのが、全女子生徒への牽制でございます。
ご自分の優れた容姿、学力、そして公爵令嬢と言う立場と最終的には曾お爺様まで出して、圧力を掛けたようでございます。
私、その一年後にここへ入学致しましたから、パティの敷いたボーダーラインがどう言った物なのか、分かっておりませんの。でも、確かにそれは存在しているようで、ある一定の範囲以内、許された者以外は不可侵の領域には入れないようなのです。
さすがは曾お爺様のひ孫ですは!
いくらリューを守る為とは言え、圧制を強いるなど、何処の令嬢だろうと成し得ません!
「またそんな事を言って……パティ、君はいくつなの?マールが言うならまだしも、君には立派な婚約者がいるんだよ?」
ムゥ!今、聞き捨てならない事を言われた気が致します!
「アレはダメ!美しく無い!」
頬を膨らましてソッポを向くパティが、とても可愛らしく思うのは、私だけ?
「あら、私も可愛らしく思えてよ。」
隣でニッコリ微笑むローズ様。
……何故?私、声に出しておりました⁈
「いえ、出てませんけどーー分かりやすいですよ?マールは。ふふふっ。」
口元を手で抑える姿は正しく淑女なのですが、相変わらず底が知れません。
パティ様は清々しくサッパリした方で、ローズ様は女神様の様に、いつも優しく微笑みをたたえておりますけど、それは本当のローズ様を隠す為のフェイクだと…私、分かっておりますの。
本当のローズ様はーーーーー‼︎
あああああっ!隣から何故か氷点下の吹雪がっ!
考えが読まれております!コレはいけませんわっ!今すぐ別の事を考えましょう!そうです!曾お爺様ですわっ!
「そっっっ!それで!曾お爺様はまだですの?」
お嫁がどうとか!婿がどうとか!家がどうとか!どうでもよろしくてよ!今!今正に私、凍死するかどうかの瀬戸際なんですのよっ!
するとさすがは双子。同じタイミングでこちらを向きました。双子だから成せるシンメトリーですわっ!
「さぁ?でも知らせが来てから少し経つからーー」
と、その時、扉を叩く音がリューの言葉を遮りました。
リューが、足早に扉に近づいて内側に開けると、外で控えるメイドがリューに対して礼を取り、
「イグウェイ閣下がご到着でございます。」
腰を低くしたままスッと横に移動すると、そこに現れたのは、私の大好きな曾お爺様でございます!
「曾お爺様‼︎ 」
反射的にソフアから立ち上がると、ドレスの裾を持ち上げて駆け出しました!
ええっ!今は淑女はお休みですわっ!
「おおおおっ!マール!息災か!」
腰を少し落として、両手を広げ待つ、大好きな曾お爺様の腕の中に飛び込みます!
「お久しぶりですわっ!曾お爺様!お加減はいかがですの?」
曾お爺様に抱き上げられたので、頬にご挨拶のキッスを致します。お髭がちょっと痛いですが。
「なに!まだまだ、このとおりよ。ここまで馬車では無く、馬を駆けて参ったのだぞ!どうだっ!凄いであろう!」
ガッハッハッと盛大に笑う曾お爺様がとても可愛らしく見えるのは私だけ?
パティもリューもご挨拶を忘れ、何故か残念そうに見て来ます。ゔ〜ん、シンメトリー。
ローズ様は相変わらず対人用の笑顔でいらっしゃいます。……読めませんわね。
「何が馬で駆けて参ったですか。御前のお陰で、どれ程の人間と馬の屍が道なりにできたことかーー倒れていった者たちが浮ばれませんね。」
「黙れッ!ディルヴァイス・ゲラン!」
私を抱きかかえたまま、グルンと勢いよく後ろに向き直ると、目の前に居たのは曾お爺様の侍従。
ディルヴァイスは、私達の横をスタスタと通り過ぎると、ソフアの横でピタッと止まりました。
「お久しぶりでございます。サリューシャ様。パティーシャ様。メイローズ様。皆様お代わりございませんか?」
シルバーブルーの髪を後ろで束ねて、革の眼帯で塞いだ右目と、鳶色の左目。優雅に挨拶をする姿や立ち姿が、憎らしい程に美しい侍従でございます。
「マール様は相変わらずでございますね。少しはまともになったのではと思っておりましたが、やはり元々がアレですから無理でございますね。勝手に期待して申し訳ございません。」
思わず頬を膨らましてしまったではないのッ!
何時も、何時も!失礼な侍従だこと!全く、どうしたらここまで失礼な侍従に成り果てるのでしょう!
「マールはマールだから良いのじゃ!」
あああっ!曾お爺様大好き!曾お爺様をギュッと抱き締めると、曾お爺様もギュッと抱き締め返してくれました。なんて幸せ。
「その馬鹿っぷり、久々でございますね。ですが、マール様も16歳でございます。いい加減その猫っ可愛がりお辞め下さりませんと、嫁ぎ先がございませんよ。」
「嫁ぎ先なら決まっておるであろう?確かーー」
曾お爺様が私とお顔を合わせ首を傾げます。まぁ、可愛らしい!
「……はい。マティアス・ボンゴードル侯爵子息でございますーーーしかし、最近は子爵令嬢と堂々と逢瀬を重ねられているとか……。」
ディルヴァイスが、顎に手をやり小首を傾げる素ぶりは全く可愛くございませんがっ!
ですが、再会の嬉しさで忘れておりましたわっ!
「そうですわっ!曾お爺様ッ!」
曾お爺様のお顔を両手で挟んで私から目を逸らさないように固定します。
「私!マティアス様との婚約破棄を希望致します!それも、早急に!」
その瞬間、曾お爺様の小さな瞳がキラリと鈍く光ったように見えたのは、私だけでしょうね……。
ありがとうございました。