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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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淑女ですから、恥じらいますわ!

お待たせいたしました。



 




「へーぇ。案外しぶといじゃないかぁ。…お前、やっぱりキゾク様のお嬢様って嘘だろ。」





 唐突に聞こえたこの声!


 忘れもしません!私のことを小馬鹿にした女性 ? です!


 このふざけたもの言い!怒りが一気に頭を突き抜けました!


 ええっ!オオカミのことなんて何処かにすっ飛びましたわ!


 辺りを見渡しますが、目だけ出した真っ黒外套のあの姿が見つけられません!


「見た目からお嬢様っぽくなかったからな。平民ならしぶといのもわかるけどさぁ。」


「何処にいるんですの!姿を見せなさい!失礼ではなくって!」


 本当〜〜にっ!失礼にも程がありましてよ!


 しぶといとはなんですのっ!しぶといとはっ!


 ただ、他の令嬢よりほんの少し行動力と持久力があるだけなんですのっ!


「お前に構ってる暇ないんだよねぇ。まぁ、オオカミを予定通り連れて来たから、チャッチャとられちゃってよ。」


「はぁ〜っ⁈ 」


 思わず出てしまった声に、慌てて両手で口を塞ぎます。淑女有るまじきでございます。


 そんな私にはお構い無く話し続ける姿無き者に血が沸き立ちます!


「コイツら、この辺一帯を縄張りにしてるオオカミだからさぁーーー 」


 もうっ!話し方が一々癪に触るんですけどっ!


「先にお前の匂いが付いた美味い肉を少しだけ喰わせてやったんだ。スッゲー勢いで喰ってたよ。そいつら。」


 ーーーハイ?


「でも、まだ喰いたりねぇはずだからさぁ。ほら、見てみな。半端ないヨダレ垂らしてお前を見てるだろ?」


 肉に私の匂いを付ける?


「お前の髪、切られてるの気付いて無い?腰のリボン無くなってるのも? あはははっ!スッゲーなぁ!」


 ーーーーー髪?リボン?


 ドレスのフリルで一つに括った髪に咄嗟に手をやります。髪を切られたなんて……気が付かなかった。


「あはははっ!スッゲェ笑える。緊張感無さ過ぎ。ゆるゆるな毎日は人間ダメにしちまうって本当だな。その日生きぬくのに必死な俺達とは違う。俺とお嬢様の違いはこう言うことなんだなぁ。」


 蔑むような笑い声に身体がカッと熱くなります。


「まぁいいや。どぉせ食い散らかされるんだから。」


「おっ……オオカミ、がっ、そんなことーーー」


「それが喰い付くんだなぁ。そこはほらこっちの…ええっとぉ、ヒギ?オウギ?ヒデン?ビヤク?………何て言ったっけ?まっ、そぉ言うことだから。」


 そぉ言うこと?何がそう言うことなんですの!何が!


「いつのまにか、犬と鳥が仲間になってるみたいだけど、そいつらじゃ無理だからな。しぶとく足掻くんじゃねーよ。」


「 ザールとモスダーグが居ると言うことは、連れて来た人達が居ると言うことですわ!私を探しに来た人達がーーー」


「だから、そいつらの足止めで忙しいから言ってんだよ。まったく、最初っからってればこんなまどろっこしいことなかったのにサァ。じじぃの拘りがわっかんねーのなぁ。……まっ、いいや。じゃぁなっ。サッサとられろよ。」


 ザザーーッと枝葉を揺さ振る音が響いたのと、オオカミ達が岩から飛び出したのがほぼ同時でした!


 躍り出た一頭が私の真正面!


 異常にギラつく目と唾液を撒き散らすオオカミに、恐怖のあまり只立ち尽くす私は、やはり普通のか弱い淑女なんだと、何故かこのとき端然と思ってしまいました。



 このあと起こるだろう瞬間を想像したく無いがために。



 声を上げることも、泣き叫ぶこともできず。




 狂気するオオカミが大きく口を開け私に襲い来るその瞬間ーーーー


 横から飛び込んできたモスダーグが私の目の前まで来ていたオオカミの首元に噛みつき地面に叩きつけます!


「 ‼︎ ‼︎ モスダーグ ‼︎ 」


 と、同時に大きく羽音を立て、ザールが鋭い爪で他のオオカミに襲いかかっています!


「ザール ‼︎ 」


 ああっ、私ったらっ!どうして!


 私を助けに来てくれたザールとモスダーグに対して、酷い裏切りではなくって ⁈


 一瞬でも自分を諦めてしまいそうになるなんて!


 曾お爺様の孫 ( 実際は曾孫 ) である誇りを忘れるなんて!


 そう!今、私がすべきことは!



「木に登ることですわっ!」



 グルンと辺りを見渡せば、丁度良い木が右手奥にあります。


 木を見つけた途端走り出した私に、気づいた一頭が追いかけて来ましたけど怯んでなんていられません!


 私の今までの人生で最大で最速の走りです!


 足の痛みなんてこの際忘れますわっ!


 目当ての木まで来ると幹に飛び付いて、オオカミが飛び跳ねても届かない位置まで登りーーー


「なっっ⁉︎」


 登っている途中で、追いかけて来たオオカミにドレスの裾を捕らえられてしまいましたぁーーーっ ‼︎


 振り見た途端、驚きのあまり自分の頬が引き攣るのがわかります。


 オオカミの大きな右前足から出た鋭く尖った爪が、私のドレスの生地ごと木の幹を突き刺しております!


 こっ!これ……わっ ‼︎


  全身の毛が総毛立つと言うのはこう言うことなんですのね!衝撃的ですわっ!


 ゴクッと喉が鳴ります。喉も音が出るのですね。私の好きな冒険譚にも息を詰めた場面でよくでてきますが、まさか自分が本当に体験するだなんて、三日前の私にはまったく想像できなかったことですわっ!


「なんて呑気なことを考えている場合ではなくってよ!今更ですもの。破れてしまっても構いませんわ!」


 腕と足に力を入れて更に上へと登ろうとした直後、更なる衝撃がドレス伝いに伝わります!


 オオカミが幹に沿って左前足をも伸ばし、両前足を突き出して私のドレスに爪を立てております!


「くぅ〜〜っ ‼︎ 凄い力!」


 ドレスごと引っ掻くように下へ引っ張られます!


 ドレスが裂けるよりも腰の切り替え辺りで破れそうです。プチプチ糸が切れる音がいたします!


 動けません!ドレスが破れます!


「破れるとドロワーズが丸見えになってしまいますわっ!淑女として受け入れがたい姿を晒すなんて無理ですぅーーーっ!」


 ですが無情にも爪を研ぐような仕草でオオカミがドレスを更に強く引っ張ります!


 ぶちぃんと音がしてハッと見てみれば、小さかったほつれが大きく拡がっております ⁈


 どのような姿になったとしても、生きて戻れるのであれば喜ばしいことだと思います!思いますがっ ‼︎


「私!婚約もまだの嫁入り予定前ですのよ!予定前って言うのは予定すら微塵も無いと言うことなんですの!あああっ!でも、微塵は語弊がございましたわっ。もしかすると?なんてお方がいない訳ではございません!いない訳では無いのですから私を助けに来てくれた方々に向かって「来ないでっ!」とは叫びたくないのですぅーーーっ ‼︎ 」


 グイグイ引っ張られるドレスに、木にしがみつく私の両腕と両足が限界を訴えます。



 諦めたく無いのです‼︎



 私はこんなところで諦めたく無いのです‼︎


 ーーーーでも!


「うううううっ ‼︎ ごめぇっーーー」


 ふっと力が抜けて、地面に背中から落ちた私をオオカミの大きな足が無情にも押さえつけます!


 犬歯から滴る唾液がゆっくりと私の身体にかかって、押さえつける足に力が加わると、私の喉からぐぐもった声が出ます。それでなくとも地面に落ちたときのダメージで息が上手くできませんのに。


 目の前でオオカミの口が大きく左右に開かれて、生臭い息と真っ赤な口内が徐々に迫って来ます。


 それは刹那的な状況なのでしょう。このときの私にはとてもゆっくりと、ハッキリと見えておりました。




 ーーー周りの喧騒も私の耳には入って来ません。聞こえるのは激しく打ち鳴る私自身の心臓の音だけ。




 どうせならーーー苦しく無くて、痛く無くて、意識を飛ばした後でしたら良かったのに。









 と、



 ヒュュゥーーーーーーン



「ひぃっっ ⁈ 」


 オオカミの頭上を掠めるように乱れ飛ぶ数本の矢!


 私を押さえつけていたオオカミが素早く後ろへ飛び退きます。


「マール嬢!」


 そのとき馬の蹄と私の名を呼ぶ太い声が辺りに響きました。


 オオカミが低く唸り声を上げてそちらへ威嚇します。


「もう大丈夫だ!オオカミは私に任せなさい!」


「バルドラン様 ‼︎ 」


 身体を動かした途端、激痛が走って一瞬意識が薄れましたが、目の前を幾筋も飛んで行く矢の恐ろしさに引き戻されました!


「モスダーグ!マール嬢とここからはなれろ!」


 何とか立ち上がって声の方を見れば、不敵に笑い馬上で弓を射るバルドラン様が。




 ………何故か楽しそうなんですが?







今回も読んでいただきましてありがとうございます。


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