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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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マール救出への前哨戦 3

詰め込み過ぎました。

長いです。かつて無い程に……。


どうぞよろしくお願いします。






「御前様、あらかた準備ができました。後は御前様の采配のみであります。」


玄関ホールに着くと、焦茶色の真っ直ぐ伸びた肩下の髪を一括りにした痩身の男が、にこやかにこちらに向かって来た。


「そうか。では、行こうか。」


ゴディアスは後ろを歩くディルヴァイスに目配せし歩みを進めた。


「ところで、ウチの小隊長一緒では無かったですか?」


その言葉にゴディアスの踏み出した一歩が止まる。


「ウチの小隊長ってばすっごい勢いで馬をかっ飛ばして行くから追いつけなかったんですよねー。」


「……パティーシャ様が絡むと周りが見えませんからねぇ。」


ディルヴァイスの小さな呟きがゴディアスの耳に入る。


「バルドランならまだ食堂じゃ。」


「あっ、ちゃんと到着はしているんですね。いやぁ、心配してたんですよぉ。ウチの小隊長てばまたあらぬ方に向かって駆けて行ったんじゃないかって。でもそうですかぁ、やぁー良かった。本当に良かった。」


はっはっはっと笑いながら自分の後頭部をポンポンと叩く。


「ーーーそんなに酷かったかのぉ。」


ゴディアスが記憶を喚び起こそうと斜め上を 見上げた。


「やだなぁ。御前様忘れちゃったんですか?ウチの小隊長が最強方向音痴だって。演習の度に行方不明になって別動隊出す羽目になっていたでしょ?あっ!そうそう、狩のとき小隊長大丈夫でした?狩なんて絶対やっちゃダメなことなのに、何だか意地になって行ったから心配してたんですよ。」


そう言うと男は大袈裟に天んを仰いでみせる。


「バルドラン様には狩りの最中二人、お付きの者を付けさせましたので。」


ディルヴァイスが答えると、茶色い瞳を細めた男が笑顔で頭を下げた。


「何時もお気遣いありがとうございます。」


「いえ、バルドラン様には当然の処置ですから。ですから頭など下げないでください、ミューラック副長」


ディルヴァイスがそう言うと、頭を上げた男の表情が拗ねるように唇を尖らせていた。


「ホラまたぁ。何でかなぁ、小隊長のことはバルドラン様って呼んでるのにどうして俺のことはロイって呼んでくれないかなぁ。すっごく距離を感じるんだよねぇ。だってさぁ、小隊長を介して結構親密?な関係じゃない?俺達。」


「それっ!誤解を招くのでやめていただきたいのですが ‼︎ 」


ビシッと指を指してディルヴァイスが強く抗議する。


「あれ?言葉間違えたか?いやぁー思っていることを口にするのは難しいなぁ。」


そしてまた、はっはっはっと笑いながら後頭部をポンポン叩く。


そんな二人のやり取りを無視してゴディアスが歩き出す。


「ところでロイ、ボイスはもう出たか。」


不意にかけられた言葉に慌てた二人がゴディアスに駆け寄り、歩調を合わせる。


「はい。我々がこちらに到着して入れ違うように出て行きました。そうそう、荷車を引いてましたが御前様、今回は攫われた令嬢を救出するんじゃなかったですか?戦を仕掛けに行くわけじゃないですよね?」


「戦かぁ。そうじゃな、戦かもしれんな。わしの可愛い孫に手を出しおったからの。彼方には死んだ方がマシだと思う程度には報復をせぬとな。」


バルドランの背後から立ち上がるドス黒い靄が揺らめく。


「どうも、〈 ドゥール 〉が動いているようじゃ。」


各国を股にかけ暗躍する犯罪組織〈 ドゥール 〉とは、殺しはもちろん、人身売買、臓器売買、違法な薬剤や詐欺、密航密輸など思いつく限りの犯罪を高額な金銭で請け負う組織である。


色々と言われてはいるのだが、その全容は全くと言っていい程明らかになっていない。


何故なら〈ドゥール 〉を暴こうとした者達が戻って来ることがないからである。


「上手く捕らえれば良いが……まぁ、今まで上手く捕らえたとしても生き残った者が無いからな。それにどれ程の 〈ドゥール 〉が加担しているのか、そもそもわし達が着く頃にはおらん可能性もあるからのぉ。」


玄関扉を抜けアプローチに出ると、忙しなく行き交い声を掛け合う者達や、その後方で繋がれた馬が嘶く様に辺りが騒然としていた。


「………確かに戦にでも行くような状況ですね。」


ディルヴァイスが呟くと、


「腕の立つ選りすぐりの者達ばかり十八人もおれば、まさかの謀反を疑われても仕方がないのぉ。」


ゴディアスがニンマリと笑う。


「ロイ。部隊を四つに分けて【 レジュレの館 】を四方から進んでくれ。何人たりとも逃すな。向かって来るものは容赦なく撃て。但し殺すな。」


「死なない程度にですね。了解です。」


ロイは腰の帯剣の柄を握り、鞘から剣を少し引き上げカチャンと音を鳴らし頭を下げると、


「ガージ、ゼキナ、ティード!」


忙しなく行き交う者達に向かって名を呼び、足早くその中へと進んで行った。


「四方からですか。」


ディルヴァイスが呟く。


「四方といっても西側は切り立った山の壁じゃ。馬では登ることはできん。だが〈 ドゥール 〉の動きがわからん。」


「………そうですね。そこにいる者を全て殺すのが 〈ドゥール 〉のやり口ですから。追ってがかかるまでの時間も考慮しているでしょう。わざわざ崖を登って行くのは考え難いと思いますがーーー」


「何処にも抜け道は作れるものよ。念には念をの。」


そう言うゴディアスの横顔をしばしディルヴァイスは見つめた。


「私は…… 〈ドゥール 〉を目の前にして、冷静に対処できるかどうか………自身がありません。」


そう言って空を見上げたディルヴァイスにつられるようにゴディアスも顔を空に向けた。


淡く輝いていた空が陽の光に晒され、冷んやりとしていた空気に暖かみが加わり、群青の空を押し出して行くように浸食する太陽の光が辺り一面に降り注ぐ。


「ディルヴァイスよ、お前はメイローズ嬢を守れ。それだけを考えろ。良いな。」


その言葉にディルヴァイスは、両の手を強く握り硬く目を閉じた。


その姿勢のまま大きく深呼吸する。


数回繰り返しゆっくりと目を開け空を見る。


「そうですね。先ず私のするべきは……メイローズ様を我が身に換えてもお守りすることでした。」


ディルヴァイスの言葉に頷き、ゴディアスは用意された馬車へと歩き出す。


するとその直後後ろから声がかかり、歩みを止め振り返る。


「バラン、早かったな。で、どうであった。」


「御前様、間に合いませんでした。既に亡くなっておりました。」


息が上がった状態で頭を下げた男、バランは背の低い小太りな男だった。


「急ぎ御前様にこちらをお見せしたく、彼方は王直轄の騎士達に任せて来ました。」


上着の内側から取り出した茶色い紙を差し出した。


油紙で包まれたそれをゴディアスは受け取り、


「バランすまんの。後は屋敷でゆっくりしてくれ。」


ベストの内側に入れながら労った。


「御前様、このまま私もフィルマール様の捜索に加えて下さい。」


バランが大きく頭を振りゴディアスを見上げる。


「だがーー」


「いえ。疲れてなどおりません。大丈夫です。ですから私も嬢ちゃまの捜索に連れて行って下さい。お願いします。」


勢いよく頭を下げるバランに、ゴディアスは目を細め頷く。


「ありがとう、バラン。よろしく頼む。」


「御前様、礼など無用です。私にとって嬢ちゃまは……フィルマール様は何と言いますか、おこがましいことではございますが孫のように思っておるのですよ。お屋敷に残されても心配で逆に身体がおかしくなってしまいます。」


そう言ってバランが去って行く後ろ姿をゴディアスは暫く見ていた。


「さすが マール様。お年を召した方々からはモテモテでございますね。」


ディルヴァイスが呟き、それに噛み付こうとゴディアスが口を開けたところで、敷地内に勢いよく馬車が入って来た。


そのけたたましさに辺りが一瞬静まった。


御者が馬車の扉を開けるよりも早く開け放たれ、降り立ったのは、


「一体何事ですか⁈ 戦争でも始めるのですか⁈ 」


「……何ともタイミングの良い奴じゃ。サリューシャ、戦でも謀反でもないぞ。」


一括りにした銀の髪を左右に揺らし妖精王子サリューシャがゴディアスの元に颯爽とやって来る。


「どうしたのですか?曾お爺様。今度は何をやらかそうとーーー」


「我々の歓迎にしては物々しいですね。閣下、本日は御招き頂きまして有り難うございます。ファグロット・ビスデンゼ侯爵の息子、レダグロット・ビスデンゼでございます。」


サリューシャの後ろから人懐っこい笑顔で挨拶するレダグロットに、ゴディアスの右眉がヒクリと跳ね上がる。


「……よう来られた、レダグロット・ビスデンゼ殿。確か此方へは明日ご両親と一緒に到着と聞いておりましたがーー」


「はい。その予定でお伝えしておりましたが領地に戻るのが一日遅れまして、学園を出る所で偶然サリューシャ君と会ったのでご一緒させていただきました。領地へは人を向かわせましたから大丈夫です。」


ゴディアスの表情を気にすることもなくにこやかにこたえるレダグロット。


あまりよろしくない空気を察したサリューシャが二人の間に身体を滑り込ませる。


「でっ!曾お爺様は何を始められるので?」


「マール奪還じゃ。」


「「 ……ハイ ⁈ 」」


「昨日、街でおこなわれておりますお祭りにお嬢様方が行かれまして、その最中にフィルマール様が攫われてしまい、これから救出に出るところであります。」


ディルヴァイスが端的に応えた。


「そう言うことだ。ではな。」


そう言ってゴディアスは二人の脇を通り抜けようとしたが、サリューシャが素早く進路を塞いだ。


「マールが攫われたのですか⁈ 救出に向かうと言うことは居場所がわかっているのですかっ!」


「ガヴァレア令嬢は無事なのですか⁈ 」


前のめりに迫る二人に尻込みするゴディアスが、後ろにいるディルヴァイスに顔を向けたときだった。


「マールは大丈夫よ!大丈夫に決まっているでしょう!」


いつの間にか後ろにいたパティーシャが大きく声を張り上げた。


「こんなところでごちゃごちゃ言ってる場合ではないの! 曾お爺様、早くマールを助けてあげて。それにローズも。」


ゴディアスが頷きパティーシャに腕を伸ばすと、大きな手で青白い頬をひと撫でする。


「ローズもいないのですか⁈ 」


声を上げるサリューシャにディルヴァイスが頷く。


「夜中に抜け出されたようーー」


「御前様、先に出ます。」


黒く大きな馬に跨ったバルドランがディルヴァイスの言葉を遮って声をかけて来た。


見れば他の者達も既に騎乗している。


「ああ、わしも直ぐ出る。【 レジュレの館 】にはボイス達が既に向かっておるから彼方で合流してくれ。頼んだぞ。」


バルドランは頷くと、パティーシャに視線を向け未だ腫れ上がったままの顔面で笑いかけ、


「きっと無事に連れ帰る。」


そう言うと勢いよく駆け出して行った。


「小隊長 ‼︎ 先走るのはやめて下さいっ!」


ロイが慌てて後に続くと他の者達も追随しけたたましく出て行った。


「……閣下、私もお連れ下さい。」


モウモウと土埃がけぶる中、レダグロットが深く頭を下げる。


「いや、ビスデンゼ様に危険なことはさせられません。マールと婚約された訳でもありませんし。曾お爺様、私も参ります。」


レダグロットは関係ないと安易に匂わせるサリューシャ。


「いいえ、どうぞお連れ下さい。私はーーメイローズ嬢と一時ではございますが婚約をしておりました。」


レダグロットはサリューシャの言葉を無視してゴディアスを強く見る。


「病気を理由にキャグッズ侯爵家から婚約解消されました。その元婚約者殿が学園に入って来て、既に関係が無いにも拘らず気にはしておりました。」


ゴディアスを見る瞳がゆれる。口に出して良いものかどうか躊躇うのが見てわかる。


「メイローズ嬢は……私を避けているように感じました。それでと言う訳ではありませんが、何となく違和感を覚えましてーー」


レダグロットの不安げな表情に大きく息を吐き頷くゴディアス。


「ご存知のとおり私は今ガヴァレア伯爵令嬢に婚約を申し込んでおります。正式な婚約者では無いですが、私はガヴァレア令嬢を救う手助けをさせていただきたいのです。そして、かつて婚約者であり、今はガヴァレア令嬢を通してライバルとなったメイローズ嬢もーーー」


「わかった。では一緒に参ろう。危険は自ら払ってもらうことになるがよろしいか?」


「勿論でございます。」


「ディルヴァイス、二人に馬と剣を。」


複雑な表情をしたディルヴァイスが一つ頷き屋敷に向かって走って行く。


「曾お爺様。」


パティーシャの小さく発した言葉にゴディアスが視線を向ける。


「今回の事で、マールの記憶が呼び覚まされてしまったらーーまたあのように苦しむことになるのでしょうか。」


「パティーシャ大丈夫じゃ。あの時とは違う。マールとて小さな時分とは心の持ちようも違う。記憶が戻り苦しむならまたわしらがマールを支えれば良い。」


「ーーーはい。」


くしゃりと顔を歪ませ、それでも微笑み返すパティーシャをサリューシャが抱きしめる。


ゴディアスは屋敷から出てくるディルヴァイスを見て取ると、杖を突いて歩き出した。


「ではサリューシャ、レダグロット殿。用意ができたら直ぐ出発じゃ。」






前哨戦はこれで終わりです。

次は年内最後の回想の話しになります。

話しの内容があまり明るく無いので、できるようなら短編を上げて終わりにしたいなぁと思っております……あくまでも思っているだけですが……。


読んでいただきまして有り難うございました。

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