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突然の訪問客

 


 遡ることーーー


 フィルマール達がビラに到着した翌日、リアンソリデ城に予定にない訪問客があった。


 ゴディアスを訪ねて来たのは、カビレン・スヴァニア前公爵。軍に所属していた時の部下であった人物である。



「突然の訪問にもかかわらず、このような厚遇有難く存じます、閣下。」


「なに、そのように改まらんでも良いよカビレン。元気そうで何よりじゃ。」


 家族が使う食堂のテーブルには二人分の食器がセッティングされ、直ぐにも食事がはじめられるような状態だった。


 その脇に立つ老齢な男が左手に杖を持ち、慇懃に頭を下げながら言うのをゴディアスが手で制した。


「さぁ、食事を始めよう。……ディルヴァイス。」


「畏まりました。」


 ディルヴァイスが軽く会釈し、後ろに控えた給仕達に視線を送る。


 それを合図に食事が運び込まれて来た。





 食事を終えて場所を広間に移すと、二人はワインを飲み交わした。


 夜は気温が下がるため暖炉には火が入っている。


 パチパチと弾く音とオレンジ色の炎が揺らめくのを見ながらグラスを傾ける。


 ゆっくりと交わされる会話にどちらも穏やかな表情で、時に頷き合いながら過ごした。


「時に、閣下の曾孫であるパティーシャ嬢は妖精姫と呼ばれているとか。社交の場においてもイグウェイ公爵家の双子の妖精は評判でございますが、二人共既に婚約が決まっていることにどれだけの若者が失意しておることか。」


頭を振り、大げさに息を吐きながらカビレンが言う。


「妖精と呼ばれるのは、この家に生まれたがためじゃ。パティーシャもそれを嫌がって普段は男の成りなんぞしておるからのう。それにあの子は外見のわりに気性が激しい。嫁に貰いたいと申し出てくれたバルドランには本当に感謝しておるよ。」


 ゴディアスがワイングラスに口をつけ一気に煽ると、すかさずディルヴァイスがワインを注ぎ入れた。


 その様子をワイングラスを回しながらなんの感情も映さない瞳で見ていたカビレン。


「……カビレンの方はどうじゃ?家族はみな息災か?」


 グラスを回すのをやめ、ふっと失笑するカビレンにディルヴァイスの眉が僅かに動いた。


「ありがとうございます。元気にやっております。三年前に家督を息子に譲りまして、今は呑気にも日がな一日空を見ておりますよ。」


「……マーニルネ嬢は?」


 笑みを深くしてカビレンが目を閉じる。


「亡くなりました……三ヶ月前です。」


「それは……知らなんだ。すまぬ、カビレン。」


 ゴディアスは持っていたグラスをサイドテーブルに置くと、カビレンに頭を下げた。


「いえ、亡くなったことは身内以外には誰にも……。閣下、頭を上げてくだされ。」


「なれどーーー」


「これも運命だったと……そう思うことで、なんとか自分に折り合いを付けました。」


 首を振るカビレンをゴディアスは痛々しく見る。


「……あの日から四年でございます。何故、娘は生かされていたのか……仕出かしたことの罪の償いと言えば良いように聞こえますが、そんな生易しいことではないのですよ。娘だけではございません。スヴァニアの血筋の者すべてが地獄の日々でございましたから。」


 悲痛な言葉にもかかわらず、始終にこやかに話すカビレンだったが、瞳の奥深くに揺らめく物をゴディアスは見逃さなかった。


 未だそのわだかまりが拭えてないと……ゴディアスは嘆息する。


 ディルヴァイスがゴディアスの座るソファ横に近づき、声音を落として言った。


「明日も早いですから、今夜はこれでお開きと致しませんと。」


「……そうじゃな。カビレン、久方ぶりの狩じゃ。今日はここ迄と致そうか。」


 グラスをディルヴァイスに渡しゴディアスが席を立った。


「……そうですな。明日の為に今夜はお開きと致しましょうか。狩場は少し遠いのでしたな。」


 カビレンも近くに来たディルヴァイスにグラスを渡し席を立つ。


「そうじゃ、ここよりも奥に入るため六時間ほどかかるからのう、明日はあちらのコテージに一泊じゃ。朝早く発つから寝坊するなよ、カビレン。」


 扉に向かいかけたカビレンが乾いた笑い声を発した。


「その言葉、そっくりそのまま閣下にお返し致しましょう。では、失礼いたします。」


 カビレンが杖をつきながら歩き出し、ディルヴァイスが扉を開けて待った。


「そうそう、閣下には双子の曾孫以外にもうお一人おりましたな。」


 丁度扉手前で足を止めたカビレンがゴディアスに問う。


「……嫁に出した孫の子が一人おる。」


 少し間を置いてにこやかに応えるゴディアス。


「間違ってはおりませんでしたか。私もまだボケてはいないようですな。ではまた明日。お休みなさいませ、閣下。」


 恭しく頭を下げると、カビレンがゆっくりと扉を潜って行った。


 ディルヴァイスが廊下に出てしばしカビレンを見送る。


 ゴディアスは暖炉に近づき手をつくと、燃え盛る炎を見つめる。


「御前?」


 扉を閉めディルヴァイスが声をかける。


「……よう顔に出さなんだな。ディルヴァイス。」


「……御前に叩き込まれましたから。」


 炎から視線を外さないゴディアスにディルヴァイスはにこやかに答えた。


「無理……なのかもしれぬなぁ。」


「……そうでございますね。四年は長いようで短いですから、そう簡単には無理だと思います。」


「お前もか?」


 顔を上げゴディアスがディルヴァイスを見る。


「どうでしょう……よくわかりません。ですが、今もなおミュリネア様の声が耳から離れないのは、多分そう言うことなんでしょう。」


 眉間にしわを寄せ苦笑いするディルヴァイスを揺らめく瞳で見るゴディアス。


「人の気持ちとはそう簡単に割り切れるものでは無いと……そう言うことだな。」


「……はい。」


 ゴディアスは暖炉を数回叩くと、手を離し扉へと歩き出す。


「ディルヴァイス、ビラに人を向かわせろ。」


「……御前は何か起こると?」


 急ぎ扉に向かい開けるとディルヴァイスが言う。


「わからん。だが、ここ最近の赤髪事件が偶然では無いように思えてな。」


 ディルヴァイスの横まで来ると歩みを止め、ゴディアスが大きく息を吐く。


「マーニルネ嬢はカビレンに良く似ていたからのう……頼むぞ、ディルヴァイス。」


「畏まりました……。」


 深々と頭を下げるディルヴァイスの肩をポンポンと叩くとゴディアスは部屋を後にした。





 翌日、朝も早い時間から狩場へと向かったゴディアス達の元にフィルマール失踪の知らせが届いたのは、狩場のコテージで就寝中の深夜のことであった。




ありがとうございました。

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