シルヴァの森へ
ごめんなさい。いろいろ模索中で投稿が遅くなります。でも、完結までもっていきます。
【アティラ祭】とは農作物の種を撒く時期に執り行われるお祭りで、大地の女神アティラに豊穣を願うお祭りでございます。
お祭りの期間は三日間で、ご実家が遠方の方もいらっしゃると言うことで、学園では三週間のまとまったお休みとなります。
行きの馬車ではローズ様が私と隣合わせで座りたいと可愛らしくお口を尖らせておっしゃいましたが、完璧に無視をいたしまして、パティと一緒に座っていただきました。相手はローズ様です。一日半のほとんどを隣と言うのはさすがに無理でございます。私の神経が持ちません。着く頃には魂が抜けていることでしょう。ですからここはパティに頑張っていただきました。……ごめんなさい。
リューはご友人のユーラルク様とお約束があるということで二日程遅れてこちらに来るそうです。
ビスデンゼ様はご両親がいらっしゃるモレニア領に寄ってからこちらにいらっしゃるそうです……じつは時計塔以来、お会いしておりませんの。
ビスデンゼ様とは。
ローズ様やリューやパティが私に近寄らせないようにいろいろとしてくれたようで……。
私、ビスデンゼ様を目の前にして何かを仕出かす自信しかございませんから、私のためと言うよりはビスデンゼ様の名誉のためと言った方がよろしいでしょうか?
無意識ほど怖いものは無いと最近つくづく思いましたから……。
それに、ビスデンゼ様は私の婚約者ではございません。あくまでも申し込まれただけでこちらからは返事をしておりません。家族でも縁戚の者でも無く婚約者でも無いビスデンゼ様と、学園内とは言え一緒にいる姿を衆目にさらすのはよろしくは無いと思いますの。
マティアス様との婚約が白紙となってそれほど日が経ってはおりませんし、それで無くともいろいろ言われておりますもの。私のそばかすが減ることはございませんわ。……お嫁様が遠のいて行くようです。
などと現実逃避しかけた頭で窓を見ます。
と、その途端大きく胸が高鳴り、声を上げてしまいました!
「あっ!ほら見えて来ましたわ!【 リアンソリデ城 】ですわっ!」
窓の外に広がるのは、樹々に覆われた山の中腹、その存在感を強調するように厳然と建つ城砦。
【リアルソリデ城 】
幾歴戦にも耐えた城砦は、物語に出てくるような優美な姿ではございませんが、この国の成り立ちから他国の侵攻を塞き止めてきた鉄壁であり威厳に満ちたお城でございます。
「いつ見ても素敵ですわぁ。」
私がこう言うと決まってパティが反論いたします。
「ゴツゴツした厳つい城砦なんて何処がいいの?外見もそうだけど、内側も暗いし狭いし迷路みたいに複雑で、行方不明者が続出よ?私は断然王都のお屋敷が好きですわ。」
行方不明者は言い過ぎですわ。迷子ぐらいでおさえて下さいませ。
「私初めてお招きいただきましたけど、堅牢なお城ですのね。雪に閉ざされていたらさぞ荘厳でしょうに。」
「……ローズ様、ここは雪は降りませんの。」
残念ですが。お山の頂上まで行けば雪もございますが、それも今は時期ではございません。
「今回はあそこでは無くて【 ビラ 】に行くの。」
「ビラ?」
ローズ様が首を傾げ私を見ます。キョトンとしたお顔が可愛らしいです。
「妖精が住むと言われる湖が近くにありますの。お話の中に出てくるような可愛らしいお屋敷で、私も小さい頃よく連れて来ていただきましたのよ。」
湖と言ってもそれほど大きくはないのですが、底はとても深いと言われております。
……ええ。何度か私も落ちております。その度曾お爺様が助けて下さいましたけれど。
「シルヴァの森……。」
ぼぉっとした表情でローズ様が小さく呟きます。
「そう。美しい所よ。」
パティがそう言うと、隣に座るローズ様の頬を優しく撫でました。
……イケナイ世界を見てしまった感がございますが、珍しいローズ様の表情に少し得した気分です。
「では、曾お爺様は?」
ふと思って口にしてしまいました。
いつもでしたらーー
「……城砦に決まっておりますわ。」
ですわよねぇ。
なぜかパティの美しいお顔が歪みます。
「曾お爺様大好きな我が婚約者殿も、あちらでしてよ。」
えっと……拗ねていらっしゃるのでしょうか?
もしや、触れてはイケナイことに触れてしまいました?私?
※ ※ ※ ※ ※
街道を見下ろす丘の上に、一台の黒い馬車が止まっていた。
馬車の傍らに立つ紳士然とした老齢の小柄な男性が、望遠鏡をゆっくりとおろしながら、走り去って行く馬車の列を見つめていた。
「……シルヴァの森に向かうようだな。」
「はい。城砦に向かわずようございました。少しは時間稼ぎとなりましょう。」
傍に跪き身を低くした男が、紳士の下ろした手から望遠鏡を受け取り頭を更に低く垂れた。
「娘は間違いなくあの中に?」
「確認しております。」
そう言いながら、黒く艶やめく杖を差し出した。
「ふむ。……では、手筈通りにな。」
踵を返し馬車に乗り込む紳士に、男が再度杖を差し出す。
「仰せのままに。」
恭しく一礼すると扉を閉め、その音を合図に御者が手綱を打ち鳴らしゆっくりと馬車が動き出す。
軽快な蹄の音が遠ざかるのを頭を下げたまま男は待った。
辺りが静けさを取り戻した時、やっと男が顔をあげ誰とはなく小さく呟く。
「……では、狩と行きますか。」
下卑た笑いを浮かべ、眼下に伸びる街道を見つめた。
風邪にはご注意下さい。
ありがとうございました。