無意識って怖いですわぁ……。
遅くなりました!よろしくお願いします。
「だからマール、一緒に行きましょう?」
ふと気がつけば、ここは生徒方で賑わう【 カトレア寮 】内にある食堂で、目の前にはニッコリ微笑みかける妖精姫。
「……起用ですわねぇ。思考が何処かに飛んでしまっているのに、お食事は無心であってもできるんですから。」
ローズ様が口元をナプキンでおさえます。
「えっ?どうやってここまで?」
お昼は学園内にあります大食堂でいただくのですが、夕食はそれぞれの寮にあります食堂でいただくことになっております。
フォークとナイフを持った手を見て、ほぼ食事の終わった目の前のお皿に唖然としてしまいました。本日のお食事は何だったのでしょう。
「……今までの私の話は無駄だったということね。」
大きく溜息を吐くパティ。ゔっっ……ごめんなさい。
いつの間に移動していたのでしょう?全く気が付かず、ましてやお食事まで済ませているなんて私、大丈夫なのでしょうか?自分が不安です。
「私がしっかりとお守りいたしますから大丈夫ですわ。マールは何も心配しなくとも良いの。ねっ。」
ねっ。ではございません!また私の思っていることを読みましたね!首を傾げて可愛く言ってもダメです!
「……そんなことはどうでもいいの。それよりも【 アティラ祭 】のことですわ。マールったら聞いていないんですもの。」
「意識を飛ばしたマールってわかりやすいのよ?でもいつもパティって気が付かないんですもの、見ていて楽しいわ。」
パティにそのように言えるのは、リューとローズ様ぐらいだと思います。さすがですわ。
「じゃぁ、ローズはどうしてわかりますの?」
「……愛?」
パティの美しいお顔が固まってしまいました!大変ですわっ!ここに気つけ役のリューはいないのです!
「ローズ様!私冗談は嫌いです!パティ、【 アティラ祭 】がどうしたの?来週からよね?何処かに行くの?」
「……私いつも真剣ですわ。」
呟くローズ様はこの際無視させていただきます!
「パティ、ごめなさい。ちゃんとお話聞きますわ。【 アティラ祭 】がどうしたんですの?」
テーブルの上に置かれたパティの手に触れると、ゆっくりと瞬きを繰り返し首を傾げます。
「あら?ごめんなさい。なんのお話だったかしら?」
「大丈夫。そもそも私がパティのお話を聞いていなかったのがいけないのですもの。それで、【 アティラ祭 】がどうしたんですの?」
パティが思い出したように手を一つ打ちます。
「そうそう!来週からでしょ?【 アティラ祭 】お母様から手紙が届いて、マールと一緒に戻って来るようにって書いてあったの。」
「私も一緒にノガルダ領へ?」
ノガルダ領はイグウェイ公爵家が治める領で、この学園から馬車で、一日半かかります。隣国と接する山々が連なる平地の少ない所ではございますが、国にとっては大事な土地でございます。
「曾お爺様もいらっしゃるそうよ。」
パティのこの一言で、先ほどおこった悪夢が全て飛んで行きましたわ!
「私もお誘いを受けましたの。ご一緒いたしましょう、マール。」
「……まぁ。そうでございますか……。」
ローズ様もご一緒なんですのね。
「そのあからさまに嫌そうな表情。覚悟なさいませ、マール。」
口元は笑っていらっしゃるのに、金色の瞳が危ない感じでビシビシいたします!
「ガブァレアの叔父様と叔母様もいらっしゃるそうよ。楽しみね。」
明るく言うパティをチラリと見て、ローズ様が鼻で笑われました⁈ 鼻で?ローズ様が笑われた⁈ 衝撃でございます!
「何言ってらっしゃるの?先程まではあんなにも嫌がっておいででしたのに。」
「そっ‼︎ それはっっ!」
ローズ様の一言で、お顔が真っ赤になったパティが天井を見上げます。
珍しいパティの姿に驚いていると、横からローズ様が不敵な笑いを浮かべておっしゃいます。
「今回、パティの婚約者様もご一緒なのですって。」
「デェガァード様が?それは珍しいですわぁ。私、デェガァード様とはまだ三回程お会いしただけですの。お仕事が忙しいお方でしょう?」
バルドラン・デェガァード公爵は軍部の方でございます。詳しいことは存じ上げないのですが、パティに会うために忙しいお仕事をやり繰りして、会いにいらっしゃるとか。愛されておりますねぇ、パティは。
「………曾お爺様がお呼びしてしまって、お仕事が忙しいはずなのに御前のお呼びとあらばとかなんとか言っちゃって、来なくても良いのに来るんですって。バカでしょう?」
真っ赤なお顔を両手で押さえ、ミントグリーンのひとみを潤ませるパティが少女のようです……身なりはシャツにベストを羽織ったズボン姿の麗人なのですが……
パティを見ていたらお顔がにやけてしまいますわ。なんだかんだ言って、パティもデェガァード様をお慕いしているのです。
デェガァード様はとて大きくて、金色の髪を短く刈り上げ厳ついお顔だちなのですが、曾お爺様と同じでとても優しいパティを心から愛するお方なのです。
パティはそんなデェガァード様に照れてしまってあのような毒を吐いてしまっているだけなんですわ。
ーーーー ? 最近、私もどなたかに似たようなことを言われたようなーーーー?
「マール、あなたにも悲報ですわ。ビスデンゼ様もご一緒なのですって。」
「なっ⁈ 」
バン!とテーブルを手で叩いて思わず立ち上がってしまいました!
ダメですわっ!私最近、淑女として全くなっておりませんわ!それもこれも全てビスデンゼ様のセイでございます!
「マールったら余程ビスデンゼ様がイヤなのね。良いことよ。あの男はマールには合わないもの。」
なぜ満面の笑顔でおっしゃるのですか?ローズ様!ここは笑うところではございませんですわよねっ!
「いいえ、嬉しくもなりますわ。マールが変わらずマールでいてくださるんですもの。ふふふっ。」
全然わかりませんが?ローズ様は何を仰りたいのですか?
「私がマールを心から思っていると言うことですわ。」
「ローズ、その辺りでやめてあげて。マールが暴れ出しそうよ。マールも、淑女ならその手に持ったフォークをテーブルに置きなさい。」
いつの間にか平常に戻ったパティに言われて、左手に握っていたフォークをテーブルに置いて、席に座り直しました。無意識って怖いですわ……。
「あら、そのフォークで突かれても良かったのよ?」
……今日はもう疲れました。
ありがとうございました。