……時計塔は私の聖域でございました。
もう直ぐ、夕方の5時を示す鐘が鳴ります。
本日私は学園内にあります時計塔の一番上におります。
何故かと申しますと、マティアス様以降次々と襲い来る訳のわからない現象に、とうとう我慢の限界を迎えまして、発散させるためにやってまいりましたの。
最後にもう一度耳チェックをいたします。
耳栓良しっ!ですわっ。
イヤーマフ良しっ!ですわ。
マフラー良しっ!ですわ。
マフラーは厚手の物で、三重ぐらい巻ける長さを少しきつめにイヤーマフの上から巻きます。この場合、髪は結い上げないようにしておくことがポイントですわね。頭が物凄いことになりますから、侍女に怒られます。
時計の大きな針がカチッと鳴ったと同時に鐘が鳴り出します。
鐘は大きさの違う物が三個吊るされております。それが交互に動き音を奏でます。
大きく深呼吸を二回程したところで、針がカチッと音を立て鐘が前後に大きく揺れ出し、音が街中に響き渡ります。
私も鐘の音に負けずに叫びますわっ!
『私が何をしたと言うんですかぁぁぁっ!全部周りが騒ぐのが悪いんじゃないんですかぁぁぁっ!ふざけないで下さいぃぃぃぃ!私は懸賞ではないのですぅぅぅ!曾お爺様がいれば、結婚相手などいらないんですぅぅぅ!ですから私を巻き込まないでぇぇぇ!静かに過ごさせてぇぇぇ!私の気持ちもわかってぇぇぇ!』
今日もスッキリいたしました。来て良かったですわ。後で、喉に良いお茶をいただくことにしましょう。
螺旋階段をゆっくりと降りながら、マフラーを取り、イヤーマフを取り、耳栓を取ります。
じつはこの耳栓、特注ですの。私の耳に合わせて作っていただいております。
そして、髪を手で梳き、危ないので途中立ち止まり持って来た手鏡でお顔をチェックいたします。
この街一番の高さの時計塔ですから、登るのも降りるのも大変です。
ですが、一番気をつけなければならないのが、私が時計塔に出入りしていることを他の方々に決して知られてはならないと言うことでございます!
正にトップシークレット!
どなたにも見られてはならないのです!
毎回、5時になる30分前から時計塔に入るタイミングを計ります。
いかにも落し物をしたように振る舞って、ウロウロいたします。……淑女としてはいかがなものかと思いますが……そして人がいなくなったタイミングで時計塔の中に駆け込むのです!
自分で言うのも何ですが、他の令嬢方よりも足は速いと思いますの。何かの時には役立つはずですわ。……何か?があればですけども……。
そうそう、時計塔の入り口の鍵は、学園で雑務統括のデルクさんが持っております。
このお方、実は曾お爺様ともお知り合いらしく、初めて時計塔に無断で入った時に、物凄い剣幕で怒られましたの。その後お話しまして、入りたい時にデルクさんにちゃんと申告すれば良いことになりました。
お約束としては、危ないことは決してしないこと。時計塔に入ることを他の方に知られないことでございます。
『 お嬢様みたいなのが増えるのはカンベン!』
と、前歯の抜けた笑顔でデルクさんが申しておりました。
……私みたい?とはどういうことなのでしょう?
つらつら考えて階段を降りていると、エントランスが眼下に見えてきました。
今日も気持ちよく鐘と同調することができました。お腹も空きましたから、部屋に荷物を置いて食堂に向かうことにいたしましょう。
時計塔でのストレス発散は、いくら重装備いたしましても耳に良いわけではございませんので、頻繁にはできませんけど、ですがその分毎回全力で挑んでおりますの!
階下のエントランスに到着いたしました。
扉の取っ手に手を掛け薄く開けて外を伺います。見られてはいけませんから!
夕方ですもの、時計塔の辺りをウロつく方はそんなにはおりませんわ。
人がいないことを確認して素早く扉を抜けると、近くの大きな木の陰に隠れます!
息を調えて、大きな仕事をやり終えた達成感に鼓動が幾分早く打ちますが、これがまた何とも言い難い気持ちの良さなのです。
ある程度気持ちを落ち着かせて、木の陰から出たところでーー
「ぶーーーーーーっっっ‼︎ 」
吹き出し笑う声がっ⁈
「……見つかってしまったではありませんか。」
「耐えしょうの無い殿方は嫌われますわよ。」
「だいたい、無理矢理連れて来たのはビスデンゼ様ですからね。私やリューはここに来るのは嫌だったんですから。ローズもビスデンゼ様と同罪ですからね。」
なっ……なっ……なっっっ⁈
「あらパティ、酷いですわぁ。」
どっ……どっ……どっっっ⁈
「ぶっ‼︎ ダメだ!腹がよじれる‼︎ 」
「……笑い過ぎです。レダ。」
こっ……こっ……こっっっ⁈
「嫌ですわぁ、そんなに大きくお口を開けていると顎が外れますわよ?マール。」
いっ……いっ……いっっっ ⁈
「マール、驚いたでしょう?私やリューやローズはこのことを知っていたの。デルクさんにも聞いてるし、曾お爺様からも聞いていたの。ごめんね、私やリューはちゃんと断ったのよ。」
「レダがしつこく聞いて来てさぁ、またそれをローズが煽るからーー」
「失礼な。私煽ってなどおりませんわ。ただ、ビスデンゼ様が本当にマールのことを思っていらっしゃるのなら、あるべきマールの姿をちゃんと知っておくべきだと申したまでですわ。」
ーー私の目の前で、お腹を抱えて木にもたれ掛かるビスデンゼ様。そして私の頭を撫でるパティ。それから呆れ顔のリューとニンマリ笑うローズ様。
……全て……知られて……いた?
「マールごめんなさい。知っておりましたわ。」
こんな時なのにローズ様の笑顔は女神様のようです。
「本当にごめんね、マール。」
リューの銀の髪が夕焼色に染まってキラキラ輝いております。
「マール大丈夫?」
パティが優しく抱きしめてくれます。
「たっ!助けてっっ!腹がっ!」
……私、生まれて初めて殺意を覚えましたわ……
ありがとうございました。