私は無視ですか⁈
ーーーー恋?
ーーーどなたが?
ーー恋をしている?
ーどなたを?
「何を言っていらっしゃるのですか⁈ 冗談も休み休みになさいませっ!」
侍女の背中にくっついたままで叫んでしまったではありませんか!
淑女らしくあろうと日々努力してまいりましたのに、ビスデンゼ様と一緒だと淑女を維持できなくなってしまいますわっ!このお方をなんとかして下さいませっ!
「……冗談とは酷いなぁ。私は至って真剣ですよ?」
「でしたらお医者様にかかられた方がいいと思いますわ!私、良いお医者様を知っておりましてよ!曾お爺様のーーー」
「おかしなことをおっしゃる。ガブァレア令嬢は恥ずかしさを隠すためにそのようなことを言っているのでしょう?でも私は冗談で事を終わらせるつもりは無いのです。確かに、ガブァレア伯爵家のその向こう側に在るモノに惹かれて、婚姻の申し込みをしたことは本当です。ですがガブァレア令嬢とお会いして、言葉を交わす内に人となりが分かり、少しでもいいからお会いしたいと思ってしまったのはしかたがないことでは?」
ヘンです!ヘンですわ!なんだかビスデンゼ様のお声に真剣味があるように聞こえるのですが⁈幻聴では無いようなのです。私は一体どうすればよろしいのでしょうか!ビスデンゼ様の言葉にお答えしなくてはいけないのでしょうか?
ふと、自分の手を見ます。私の所為で、侍女の服に握りシワがキツく付いてしまいました。後でちゃんと謝らなくてはいけませんね………。
などと現実逃避しかけた私の後ろから、救いの女神のお声がっ!
「おはよう、マール。今日は早いのね。」
振り向けば、純白のレースをあしらった日傘に白い手袋をはめたローズ様が私の方へゆっくりと近付いてきます。
「マール?いかがしました?……あら、ビスデンゼ様。おはようございます。朝早くからわざわざこちらの庭園までお越しとは、ダイエットでもしていらっしゃるのかしら?」
いつもの対人用スマイルで可愛らしく首を傾げられるローズ様。
「おはようございます、キャグッズ令嬢。貴女も早くから散策で?」
ビスデンゼ様も笑顔で、ローズ様の嫌味を華麗に無視されました。
「ええ、お休みの時はだいたい。でも、マールは珍しく早起きなのですね。どうかなさって?」
「あの……たまには早朝の新鮮な空気など身体に取り込んでみようかと思いまして。」
にこやかに微笑んで、この場をかわそうとしましたが、きっとローズ様には全てお見通しだと思われます。
「まぁ、でしたら私を誘って下さればよろしいのに。ビスデンゼ様と一緒にいらっしゃるから、私少し妬けましてよ。」
侍女の服を握りしめていた私の両手を取り、キュと握りしめてくるローズ様の金色の瞳がなぜでしょう、危険な光彩を放っているように感じるのですが……うっっ!寒気が!
「ガブァレア令嬢には、婚姻の申し込みをしておりますが、まだ返事はいただけて無いのです。ですから、偶然でもチャンスは活かさないと。キャグッズ令嬢のように親しく名前呼びも許されておりませんから、貴女を羨ましく思っているのが本音です。」
大げさに肩をすぼめてみせるビスデンゼ様。
当たり前でしょう?申し込まれただけで、決まったことではございませんもの。
それに、なさるポーズがいちいち鼻につきますわっ!見目がよろしいと、何をやってもキラキラしくて、少し羨ましいと思ってしまう私が嫌ですわっ!
するとローズ様が私を引き寄せ、額にかかった髪の毛をすくい上げそのまま頬を撫でていきます。
……ローズ様、恥ずかしいのでやめて下さいまし。
「だって、マールがあまりに可愛らしくって。恥ずかしがることは無いのよ。私とマールの仲ですもの。」
「誤解されるような言い回しはおやめ下さいませ!」
握られていた両手を振りほどいて、慌ててローズ様から一歩離れます。
「ーーもしや、キャグッズ令嬢は、ガブァレア令嬢が好きなのですか?」
その質問はおかしいですわっ!ビスデンゼ様!
「このように可愛らしい方を私、他に知りませんのよ。」
「⁈ ローズ様 ‼︎ 」
「と、言うことは私とキャグッズ令嬢はライバル……になるのですか?」
ビスデンゼ様!それこそあり得ませんから!
「あら、あり得なくは無いでしょう?私がマールを可愛がっていることは、パティもリューも知っていることだわ。」
「ローズ様!私の思っていることを言わないで下さいませと何度もお願いしておりますでしょう!」
真面目なお顔でおっしゃらないで下さい!
「……キャグッズ令嬢は、ガブァレア令嬢の機微までも読めるのですか?」
ビスデンゼ様も真面目なお顔でおっしゃらないで下さいませ!
「嫌ですわ、私とマールは昨日今日親しくなった仲ではございませんのよ。それは濃密な日々を積み重ねてきたのです。ビスデンゼ様とは違いましてよ。」
口元に手を添えて、上から目線のその言いよう!
ローズ様!ビスデンゼ様を敵認定されてしまったのですか ⁉︎
「これは強力なライバルですね。ですが私、売られた喧嘩はなるべく買うようにしております。ですから勝負といきましょう。キャグッズ令嬢。」
「受けて立ちますは、ビスデンゼ様。私、負ける気がいたしませんが?」
「お二人共!分かっておっしゃっておられるのですか?大丈夫ですか?」
何を持っての勝負なのですか⁈ お話がおかしな方向へ向かっておりますよね!
「私も負けませんよ。キャグッズ令嬢。」
ビスデンゼ様!嬉しそうに瞳を輝かせないで下さいまし!
「分かっていらっしゃると思いますが!ビスデンゼ様は殿方で、ローズ様は令嬢でございます!そして私はただの伯爵令嬢で、勝負の対価にはなり得ない者でございます!」
恥ずかしいやら、情けないやら、もうグチャグチャでございます!
ですのに!今、目の前でビスデンゼ様とローズ様が力強く握手を交わされました!
「どちらが先にガブァレア令嬢の心を射止めるか!面白いことになりました。」
「ええ、正々堂々と参りましょう。」
お二人共、私は無視ですか⁈ ムクムクムクムクと湧き上がるイライラがっ!我慢の限界ですわっ!
「わっ!私を射止めたいのでしたらっ!先ずは曾お爺様に勝ってからにして下さいませ!」
叫んだ後、人が思いの外、周りにいたことで私、気を失いかけました……。
ありがとうございました。