早朝からおかしいですわっ!
冒頭、気分を害するような表現があります。苦手な方は、ご遠慮下さい。もしくは、※ ※ ※ ※ のあるところまで、とばして下さい。
「なぁ〜、こんな無駄なことしてどうすんだ?こいつら、カンケー無いんだろう?殺され損ジャン。」
「仕方ないだろ。上からのお達しだ。俺たちは言われたようにやりゃぁいいだけだ。余計なことは考えるな。」
多彩な糸を使った綾織りの布で頭や顔を包み込み、目だけを出した男と思われる二人が、真っ暗な夜の街の片隅に立っていた。
足元には既に生き絶え横たわる少年が、鮮やかな赤髪を散らばせ、口の端から血を垂らし、恨むように半目で空を見上げていた。
胸に刺さったままの短剣を伝って流れ出る血が、地面に溜まりを大きく拡げて行く。
「でもさぁ、この国で、ましてや王都で鮮やかな赤髪って、そうはいないぜ。こいつで四人目だけど、もう目ぼしいモンはこいつで最後だ。いくら人が多いと言っても無理だよ。それに、警備も厳しくなってるし。」
「そりゃあそうだろ。殺られてンのがおんなじ赤毛じゃぁなぁ。狙い所は明確だぁ。それも街中で狙われたのが庶民ばかり。警備隊だってばかじゃ無いからその辺りは押さえるだろう。だがなーーこれが貴族だったらどうだ?」
そう言葉を発した方が身体を反転させて歩き出す。
もう一人もつられるように歩き出し、横に並ぶ。
「ヘェ〜ばか言ってらぁ!貴族なんてそれこそ無理だっ!警備が厳重だし、警護の奴らも腕がたつ。こっちの身がやばいよ。囮でそこまでする意味がわっかんねぇ。それも上からのお達しってか?」
「まぁな。だがな、貴族は貴族でも、身分の低い奴らならいけそうだろ?金がある奴は腕の立つのを雇ってるかもしれんがな。そうじゃなきゃ、まぁ何とかなんだろう?」
「じゃぁ、今度は貴族で探せって?」
歩みを進める前方が俄かにざわめき出す。
繁華街なのだろう、灯りが夜の街を浮き出し、店の中の喧騒が漏れ聞こえてくる。
「そうだ。だが今まで以上に気をつけろ。」
「ーーーー分かった。」
明るく賑わう通りに出ると、二人が左右に別れて歩き出す。
通りの人混みに紛れるように。
※ ※ ※ ※ ※
「おはよう。ガブァレア令嬢。今日も良い天気ですね。」
「ーーーーおはようございます。ビスデンゼ様。……そうでございますね。」
令嬢方が住まう【 カトレア寮 】は校舎に対して南側に位置した場所にございます。
対して、校舎を挟んだ北側にあるのが【 ベロニカ寮 】で子息方が住まう所でございます。
現在私がおりますのは、【 カトレア寮 】から更に南側にあります庭園。別名、【 ノトスの園 】と申しまして、お散歩するには丁度良い広さの庭園でございます。
そんな場所で、それも早朝からビスデンゼ様と会うなどと、誰が思うでしょう。信じられません!
「一日の始まりの、それも最初にガブァレア令嬢とお会いできるとは、これはもはや運めーーー」
「いいえっっ‼︎ 偶然でございます!おかしな言い回しはやめて下さいませ!ビスデンゼ様!他の方が聞いていたら、どうなさるのでございます!」
朝の清々しい空気を身体いっぱいに取り込んで、少しでも心を癒そうといたしておりましたのに、何故?何故、このように離れた庭園に、狙い定めていらっしゃるのですか!【 ベロニカ寮 】の方にもお庭はございましたわよねっ!
「早朝の庭園で、そのように声を荒げられるのは、淑女として如何なものかと。」
「ビスデンゼ様がいらっしゃらなければ、私もこのように騒ぎ立てることもございませんのよ!」
濃紺の髪をかきあげ、ニッコリ微笑むビスデンゼ様がわかりません。私、イライラしておりますのに、何故微笑むのですか?
「私、疑問ですの。いつもいつも、酷い言葉をビスデンゼ様に言っておりますのに、何故嫌なお顔をされないで、ニコニコしていらっしゃるのでしょう。取り入りたいのはわかりますが、私にではなく、イグウェイ家のーー曾お爺様に取り入った方が、ビスデンゼ様のお家の為になるのではないでしょうか?」
そこまで言って、ハタと気がつきました!
私ってばぁぁぁっっっ‼︎
やってしまいました!思っていたことを全部言葉にしてしまいましたっ!淑女としてはあり得ません!
「う〜ん、他の人は知らないけど、少なくとも私はガブァレア令嬢とのやり取りを、とても気に入っているんだ。閣下もとても魅力的だけど、私はガブァレア令嬢の方に魅力を感じるのだけど?」
おっっっ!臆面も無くサラッと何言ってらっしゃるんですの⁉︎嫌ですわっ!お顔が熱くなってしまったではありませんかっ!
「クスッ、顔が真っ赤ですよ、ガブァレア令嬢。」
笑われました!笑われました!とっても恥ずかしいのですが!更にお顔が熱いです!
私の後ろで、空気のように立っていた侍女の背に回り込み、ビスデンゼ様の視界から逃げました!
侍女がオロオロするのがわかりましたが、それに構っていられるだけの余裕が、今の私にはございません!
「ガブァレア令嬢は、本当に可愛らしいですね。他のご令嬢方とは、纏う雰囲気も違う。とても潔癖で、ご自分の気持ちに素直でいらっしゃる。私は……これまでも多くの、ご令嬢と言われる方々と、親しくさせていただいてきましたが、こうーーなんと言えばいいんでしょう。」
侍女の背中からほんの少しお顔を出して見て見ます。
すると、ビスデンゼ様が困ったお顔でこちらを見ておりました!
慌てて、お顔を引っ込めました!まだ、お顔が熱いですわっ!
「私はただ、楽しいのです。毎日ガブァレア令嬢にお会いして、どんな言葉であろうと、睨まれようと、話しかけられれば、気持ちが高揚して…………ああっ!そう言うことかっ!」
いきなり声を上げるビスデンゼ様に、私の身体が跳ね上がりました!びっくりしましたわっ!
「私はいつの間にか、ガブァレア令嬢に恋をしていたようです。」
「ふぇぇぇぇっ⁈ 」
咄嗟に侍女のお洋服を握る手に力が入って、侍女の体が仰け反りましたが不可抗力でございますし、おかしな声が出てしまったのは、淑女といたしましては云々かんぬんありましょうが、今!それではないのです!
私、ビスデンゼ様に告白されませんでしたか?
ありがとうございました。