そばかすはストレスが原因だと思うのです。
「ビスデンゼ様?まだ正式に婚約したわけではございませんので、毎日私に会いに来ていただかなくとも結構でございますから!」
只今、お昼をいただこうと食堂で注文の順番待ちをしております。
「そうだけどね。でも、お互いのことを知るのは悪く無いだろ?私は君に興味があるからーー」
「君⁈ 私、ビスデンゼ様とはさそど親しくはございませんが?」
と言うよりも、親しくするつもりもございませんがっ!
「これは、手厳しい。それでは名前呼びもーー」
「ダメに決まっておりますわっ!」
どうしてこうグイグイ入って来ようとなさるのでしょうか!図々しいにもほどがございます!
ビスデンゼ様のせいで、眉間のシワ一本とそばかすが増えましたのよ!マティアス様のことが落ち着いたと思っていましたのに!
「では、ガブァレア令嬢。今日こそ私と二人だけで、昼食をご一緒していただけないでしょうか?」
「いっ!やっ!で、ございます。いい加減に諦められたらいかがですの!」
トレーに乗った食事を受け取り、お友達がいるテーブルに向かいます。
宣言通りビスデンゼ様は、毎日何度も私に会いに見えます。……鬱陶しいことこのうえないですわっ!
私、ビスデンゼ様と温室で初めてお会いした日の夜、曾お爺様に御手紙を書きましたの。次の日にハヤブサで出しました。人生二度目のハヤブサでございます!
そうそう、ハヤブサと言えば、曾お爺様からのお手紙が届きましたの!ハヤブサで!昨日のことですわ。
無事に婚約を解消できたことと、その旨をマティアス様にも手紙で知らせたと言うこと。そして、私を労わる暖かな言葉とーーー
「ねぇ!お聞きになりまして?王都での事件!」
「知っておりますわっ!家から手紙で連絡がありましたもの。」
「赤い髪の方ばかりが狙われているんですって!」
「赤は赤でも、燃えるような赤色ですって。」
「偶然にしてはおかしいですはよね。それも立て続けで。」
これなんですの。
なんでも、今月に入って三人が被害に遭っているらしいのです。曾お爺様のお手紙には、学園内の警備は万全ではあるが、完璧では無いので気をつけなさいと言うことが書かれておりました。
「でも、燃えるような赤い髪色の方って、そうそういませんでしょう?」
私の左隣に座っていらっしゃる、美しい黒髪と薄いすみれ色の瞳で、少しふくよかなミュラリアル・ドヴィーグ伯爵令嬢が、スプーンでスープをすくいながら聞いてきます。
「どちらかと言いますと、この国では暗い色味が多いと思いますけど。それに、貴族ではなくて、市井の方が三人被害に遭ったんですよね。それも私達と変わらない歳の男性ーー」
「食事中にする話じゃ無いと思うんだけど?特に淑女である方々が。」
私の前に座っている、茶色の髪にオレンジ色の瞳で、一見キツそうなお顔のネファトゥラ・アレル子爵令嬢が、好奇心をあらわにお話していらっしゃるのをビスデンゼ様が遮ってしまいました。
「まぁ、ビスデンゼ様!今日も昼食をご一緒に?」
私の座っている右側に、ビスデンゼ様が食事の乗ったトレーを置くと、ミュラリアル様がすみれ色の瞳を見開いておっしゃいます。
そうですわよねぇ。私も思いますわ。
「ビスデンゼ様、程々でお願いいたしますわ。それでなくともビスデンゼ様は目立ちますから、私達が節操が無いと噂されてしまいますもの。」
ネファトゥラ様の言う通りですわっ!これからの婚約者探しに支障をきたしますわ!
「う〜ん。こちらにも都合と言うものがあってねぇ……。」
ねぇっ、と私のお顔を覗き込んできますが、プイっとお顔をそらしてやりましたわ!
「ふぅ〜っ、どうしてこんなに嫌われたかなぁ……。」
「ビスデンゼ様は、ご自分がこの学園内でどのような存在か、分かっておられるのですか?」
大袈裟に溜息を吐き、濃紺の髪をかきあげるビスデンゼ様。お食事中はソレ、やめて下さいまし。
ミュラリアル様が呆れた表情で、手に持つスプーンを口元に運びます。
レダグロット・ビスデンゼ様は侯爵家のご嫡男でございます。私よりも二つ学年が上で、元婚約者のマティアス様とは家柄も年齢も同じで跡取りのご嫡男でございます。容姿も、煌びやかな美しさのマティアス様とは反対に、夜の静寂を纏った美しさのビスデンゼ様。当然、このお二方で学園を二分する人気でございます。
そんなビスデンゼ様が私、フィルマール・ガブァレア伯爵令嬢に婚姻の名乗りを挙げたのは、それは一大センセーションでございました。
それもそうでしょう?マティアス様と破断になったと噂が流れて直ぐ今度はビスデンゼ様が名乗りを挙げたとなれば、憶測が憶測を呼びますもの。
「……そこは分かっているつもりだけどね。ガブァレア令嬢には周りの噂に惑わされないで、私のことを知っていただきたいから、今、必死なのですよ。ドヴィーグ令嬢とアレル令嬢には申し訳ないですがね。そもそも、ガブァレア令嬢が私との逢瀬を拒絶されるものですから、これは致し方無いことなのですよ。ですからどうか、ご了承下さい。」
眉を寄せて少し困ったお顔をされるビスデンゼ様。なぜでしょう……そのお顔が、わざとらしいと思えるのは……。
私が胡乱な目で見ていますと、何故か嬉しそうに笑顔を見せるビスデンゼ様。
「でも、以外でしたわぁ、ビスデンゼ様に婚約者様がいないだなんて。浮いたお話は沢山ございますのにねぇ。」
ネファトゥラ様が少々失礼なことをおっしゃいます。
学園内とはいえ、子爵令嬢が侯爵家子息に話しかけることなどあってはならないのですが、初めて昼食にビスデンゼ様がご一緒した時に、私のお友達と言うことでそこは良しと言うことになっております。
「……そうですか?まぁ、そのお陰で色々な方々とお近付きになれましたし、ガブァレア令嬢に申し込むこともできましたから、これはそう言う運命だったのではと思っております。」
「ビスデンゼ様のようなお方でも、運命だなんて思われるのですか?そう言ったものからは一番遠い所にいらっしゃるように見えますのに。」
「以外とロマンチストでいらっしゃる?」
ミュラリアル様とネファトゥラ様がお顔を見合わせて首を傾げております。
「ビスデンゼ様は計算した上で行動していらっしゃるんです!そこは間違ってもロマンチストと一緒にしてはいけませんわっ!」
ブチっと音を立てパンをちぎり、ビスデンゼ様を睨みます。でもまだニコニコしていらっしゃるのはどうしてでしょう?
きっとこのお方も、曾お爺様やイグウェイ公爵家の威光を狙っての婚姻の申し出であって、ただのご機嫌とりにすぎませんわ。
誰が好き好んで、そばかす姫と揶揄される私と、本気でお付き合いして下さる奇特なお方など……いらっしゃると思えませんからっ!
ああっ!またイライラが溜まってしまったではありませんか!
そろそろ発散いたしませんと、またそばかすが増えてしまいそうですわっ!
ありがとうございました。