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Prologue

 彼女は、泣くのだろうか。あの頃と変わらず、隣に居ても気付けないような静けさで、泣くのだろうか。


 脈打つように疼く右肩を抑えたまま、僕はそれを眺めていた。止んだ筈の衝撃音が耳元でこだまする。その音のせいか、こんな場所に居る筈のない男を見つけたせいか、彼女のことを想ったせいか。痛みと共に増していく心拍数は、果たして何のせいだろう。

 プラスチック製のゴミ収納庫は上部扉の大きな破片を幾つか散らして、同時に舞い上がった細かな紙片は雪のように緩やかに地面を目指す。這い出てくるかのように投げ出された手足に、埋まるように引っ込められた腹や顔に、紙片は降り注ぐ。

 力強い眼差しは薄い膜に隠れて、しかし押し開いてもかつての光は宿らないのだろう。



 幸せを指に嵌めた三条時宗(さんじょうときむね)は、最もふさわしくない場所で目覚めない眠りに落ちた。



 触れる体温は寧ろ、熱すぎるほどだ。しかし既に止まった脈はすぐにそれも奪ってしまうのだろう。ビルの谷間は重々しい陰を作って、僕の指先の感覚も連れ去っていく。

 事故? 自殺? ……他殺? あり得る可能性はいつだってたった三つのことなのに、上手く頭が働かない。――彼女が泣いてしまう。

 今なら、間に合うだろうか。事故の痕跡は見つけられないとしても、自殺なら遺書の類を、他殺ならその犯人を、今なら見つけられるかもしれない。市民の義務は後回しだ。彼の飛び立った場所へ僕は行かなくては。だって――彼女が、彼女が泣いてしまう。


 これ以上何かを考えている余裕はなく、遺品を握り締めた手をそのままに剥き出しの螺旋階段を上り始めた。



 僕は“探し物探偵”だ。これから幾つかの小さな罪を犯す。それはただひとつ、少しでも彼女の心を軽くするため。

 強大な存在にまた、歯向かうとしても。


 “神咲歩”として、踏み出すからにはもう後ろは振り返らない。


  

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