戦うことだけが真理で
イカ娘(仮)はぷんすかぴーと怒り出してさっきまで赤かったほっぺが今やマグマ色である。プライドが高そうなのは初見でなんとなく見破ったけれどまさかこんな感じで怒るとは思ってみなかった。苛立つと幼稚になるタイプとみた僕は冷静さを失って腕をぶんぶん振り回しながらこんちくしょうなめんなようとわめいている少女に向かって人指し指をビシっと突き付ける。
「君はバカだ! 何故ならイカではない僕に槍を向けているから! もし刺さったらどうするんだ! それともその槍は人も殺すのかい?」
イカ娘(仮)は目をかっぴらいて僕をメンチビームで焼き殺そうとしているみたいだったけれど正論を言ったのは僕。何しろ僕は早く槍をどけて欲しいからネゴシエイトする。もしイカ娘(仮)が理性を保って僕の言い分をきちんと聞いてくれるのならそれもまたよし。ダメならダメで他の手を考えればよし。
少しよい気持ちになってイカ娘(仮)の出方を待った僕に彼女が一言。
「いや少年の後ろにクラーケンがいるんだからわたしは別に悪いことはしていないんだ」
そんなバカな。
後ろを振り向いたらそこには巨大イカがヌ。ヌ。ヌ。とヌラめいているではないか。
「お前の考えることはいつも詰めが甘いんだこのたわけが!」
じっちゃの亡霊の言うことも一理ある。しかして神ならぬ僕。万事に適宜最適解とはいかぬもの。
クラーケンはどこを見ているんだか不明の割れた目で周囲を睥睨しているようだ。そして太い触手が木々に絡んで幹をへし折ったりしている。そんな。まさか。ふざけるんじゃない。これは夢だ。巨大イカ? 槍を持った少女? ありえないではないか。
「少年。そこをどくんだ」
イカ娘(仮)はもはや怒りを排除。もう双眸はクラーケンに夢中。狩人の目。宿命を抱えたこころとからだ。燃える使命感。キッと槍を握り直す鋭い音。
「あいつはわたしの獲物なのだからな」
静かにうなずく僕。槍を向けられていたのではない。槍の先に僕が居ただけだった。それならイカ娘(仮)に悪意などない。対等な僕ら。初対面同士の赤の他人。しかしなんだか目が離せない。現実離れした状況だからか。逃げようとも思わなかったのはきっと彼女が銅像だったから。あのイカ殺しのポーズ。しかしてあの銅像。タイトルは確か「巨大イカと戦う少女の銅像」だったはずでは。
だとすれば。
勝てるとは限らぬのではないか。
戦うことだけが真理で。
勝つことは未知なのではないか。
「思い込みだけでなんでも自分の思い通りになると思うなこのたわけが!」
じっちゃの亡霊もたまには良いことを言うではないか。今度の命日にはちゃんとあんころもちをセットしてあげたい。
「じっちゃ。僕はどうしたらいいだろう」
「このダボ! お前それでも男かこのたわけが!」
「じっちゃは漁師だもんな」
「うるせえ!」
いつだって会話が成立しないじっちゃと僕。
でもじっちゃが何を言いたいかわかってる僕。
誰よりも女々しいものが嫌いなじっちゃだった。激怒しながら死んだじっちゃだ。
うだうだしてる者が死ぬほど嫌いなんだ。おや。シャレにならない。
「ねえ君! 君の名前はなんというのか教えてくれたら助けてやらないこともない僕!」
イカ娘(仮)はこちらを見もせずに言う。
「私の名前は雑色。雑色カナエという誇り高い名だ」
おや。僕のばっちゃと同じ名前ではないか。