槍で殺されるんじゃないかな
何しろ銅像の大きさはイカだけで十メートルもあるんだから邪魔臭いことこの上なかった。少女の銅像は普通の少女の大きさで僕よりやや大きかったかもしれない。じっくり眺めたことなどないので記憶も定かでない。少女はイヌイットみたいな毛皮がぼわぼわした服を着てバカでかい槍を両手で掲げてイカを串刺しにしようとしているというポーズだったのはなんとなく覚えてはいる。世界観がよくわからなかったけれどアートというのはそういうものなんだろうか。
無くなってみればそこそこ寂しい気もしないではないがやっぱりすっきり感があっていい感じである。周辺住民も僕と同じように邪魔っけだなこいつと思っていたのに相違ない。
街灯もろくに無い暗闇の中でナワを振り回し始める僕。
ザ・ストイック。
暗闇でナワトビをする少年。
いやはやこれでは僕がアートではないかと思うこともしばしば。
しかして大衆の耳目に晒されるようなスキルを有しているわけでもなく注目されたいわけでもない僕。
こうして影でこっそり飛びまくるのがいいんじゃないかと夜気を胸に吸い込みながら様々なトリックを開始。二重跳びもはやぶさもチャイナステップもあや飛びも自由自在なのである。
そうして20秒くらい飛んだところで誰かがずぞぞぞと近寄ってくるのが聞こえてそちらを見てみれば少女である。
バカでかい槍を持っている。それは銀色の豪壮な槍であった。それでもって毛皮がぼわぼわの服を着ていてほっぺが赤く目がまんまるだ。それからやっぱり身長は僕よりややデカいかもしれない。
いや待てこれではまるで銅像の少女ではないかと思いナワトビを中断せざるをえない僕。
少女は荒々しい足取りでこちらに向かってぐんぐんやってきて最終的には槍の穂先を僕に向けてビタリと停止した。
「おい少年! ここは一体なんだ?」
少女の口調は妙な訛りがあって聞き取りづらいが一応日本語を喋れるらしかった。
「ここはA公園だ。そういう君は一体何者? 昨日までここにあった銅像とそっくりな格好してるみたいだけど」
「宿命!」
少女は急にしかつめ面になって睨まれる僕。恐ろしい。槍で殺されてしまうかもしれない。この変な場所にはほとんど人が来ないし助けてくれーと叫んだところで誰にも聞こえないかもしれない。こんなことなら恥ずかしがらずに明るいところでナワトビをするべきだったのだと後悔も遅い。
「宿命ってなに?」
聞くと少女はふんと鼻息を漏らして誇り高い感じでしゃくる顎。
「わたしの家は代々クラーケンを退治する宿命がある。父も父の父もクラーケンを倒してきた。だが私の代になって男が生まれなかった。だからわたしが後を継ぐのは道理だ。男でなくとも戦えることをわたしは証明しつづけなければならない」
「つまり君はバカなんだな」
うっかり本音をもらしてしまう僕!
「なんでそうなるんだー! わたしはバカじゃないんだー!」