僕とじっちゃとナワトビ
ポケットにナワを入れてA公園に向かっている僕。
時刻はほぼ夜で空の色はほぼ紫。自動車がつけるヘッドライト。自転車も明かりを灯して対抗する。その他家々の窓からあふれる蛍光灯やアパートマンションの整然としたイルミネイション。街路灯。猫の目もギラリ。アスファルトの上に反射した丸いモノの正体は硬貨ではなくどこかのパチンコ屋のメダルである。このやろう。
ポケットからはみ出しているナワのグリップがどうにも居心地が悪く何度も手で奥まで押し込めるのだが歩くたびに飛び出してくる。しかして歩く僕。住宅群を突き抜け、高架下の怪しげな歩道橋をすすすと音もなくゆく。いずれ見えてくる巨大な壁に見える高層マンションの傲慢さ。まるで豚小屋だなとじっちゃは言った。
「まるで豚小屋だな」
「じっちゃは漁師だもんな」
「うるせえ!」
会話が全く成立しないじっちゃと僕。それも思い出になってしまった。なにしろじっちゃは死んだのだ。じっちゃを殺したのは父だ。じっちゃは父の父なのだが父は時々アホの子のように塞ぎこむことがあってイイ大人の癖に何をいじけておるかこのたわけ! とじっちゃは当然のように激怒する。その結果血圧が上がり過ぎてじっちゃはある日激怒顔のまますすすと音もなく死んだ。不思議なこともあるものだけれどじっちゃのことが嫌いではなかった僕。
「じっちゃのことが嫌いではない僕」
「お前の喋り方はなんだこのバカ息子の馬鹿が遺伝したのかこのたわけが!」
じっちゃの好きなものはあんころもちである。だからじっちゃの命日にはいつもわらびもちを仏壇にセットしてあげるいやらしい僕!
A公園というのは僕の近隣に存在しているまあまあ大きな都会の中のオアシス的スタンスのいわゆる自然公園である。灰色の町並みに緑をってなわけ。僕はそのオアシスでナワを飛び汗を流すのを目下の趣味としている少年だ。
公園をぐるり取り囲む植え込みをすり抜けると長い長いぐるりジョギングロード。その奥にテニス場陸上競技場小さな野球場にバスケットコート。運動器具も各種取り揃えております。でも僕はそのどの場所でもないなんか変な場所でいつもナワトビをすることにしている。その変な場所というのは野球場の三塁側スタンドの近くにあってそこには「巨大イカと戦う少女の銅像」が飾られているだけの謎スポットだ。そもそも巨大イカと戦う少女の銅像って一体何のために作られたのかわけがわからない。
「お前が分からないからと言って人のせいにするなこのたわけが!」
今の声はじっちゃの亡霊だ。亡霊のことは無視するに限る。何故なら亡霊なんてものは現実的にはなんのメリットももたらしてくれないからだ。
ということで僕はうっはうっはと息を切らしながら少女の銅像のところについたんだけれど今日はなんだか変だ。いつもと違う。何が違うんだろうかとその場に立ってじっくり周囲を観察してみると次第に状況が把握されてくる。
銅像がなくなっているのである。
やったぜ広くなったぜ! と喜ぶ僕。