ヤンデレからの逃亡 ~近未来版 安珍清姫伝説~
なあ、『安珍清姫伝説』って知ってるか?
・・・・・・ああ、分からないのも無理はない。俺の国に伝わる昔話さ、もう1000年以上前の古い話。
ある所に安珍っていう坊さん、ここらの言葉で言うと聖職者がいたんだ。
そいつは有名な神殿や霊場を巡る旅をしていたんだが、途中で泊まった宿の娘に気に入られてしまった。
安珍という男はなかなかの男前で、しかも聖職者という肩書きがある。そこらの少女がコロッといくのも変な話じゃない。
が、その娘である清姫ってのは、まあ一言で表すなら地雷女だった。
いきなり安珍に夜這いをかけてきたんだ。性欲旺盛だったんだろうな。
たまらず安珍は、旅の身だからそう迫られても困る、またここに立ち寄る予定だからその時は気持ちに応える・・・・・・と、問題を先延ばしにした。
えっ、結局安珍は清姫に再び会いに行ったかって?
はははっ! なわけない。嘘ついてトンズラだよ。
誰があんな情念の固まりのような女と一緒になろうと思う? ありえないだろ。
しかしな、清姫は痛い女特有の猜疑心を持っていて、すぐ安珍に騙されたと気づいた。
そして、怒りのまま裸足で安珍を追跡し始めたんだ。
安珍は必死に逃げながら、時に問いつめてくる清姫に嘘を重ねてはぐらかしたり、時に偉い神様の力を使って拘束しようとしたり頑張るんだが、どれもこれも火に油よ。
最終的に清姫の怒りは頂点に達して、奴は蛇の化け物になっちまった。しかも火を吐くオプション付きだ。
安珍は神殿の鐘の中に隠れたんだが、清姫はその鐘に巻き付き安珍を焼き殺しちまったんだ。
いや、正確には蒸し殺しか・・・・・・ひでぇもんさ。
なんでこんな話をしたかって?
そりゃあ――俺がその『安珍』だからさ。
おいおい、別にクスリをやっているわけじゃない。酔っぱらいの戯言だと思って聞いてくれよ。
高熱の鐘の中で俺は死を覚悟した。
願わくば、死した魂に安寧が訪れますように・・・・・・って最後の言葉を呟いていたら清姫の声が聞こえてきたんだ。
「安珍様、あなたの魂は私のもの。ふふぃひぃ、二人で永遠を生きましょう」
冗談じゃない。
自分を殺した女と死んでもずっと添い遂げるなんて、地獄行きの方がマシだ。
だからよ、俺は最後の力を振り絞って飛んだんだ。
奴の手が届かない遙か遠くへ行くイメージで飛んだんだ。
魂となった俺は、鐘をすり抜け、大口で喰らおうとする蛇の清姫をかわし、空を目指した。
すぐ後ろから奴が追ってきているかもしれない。スピードを緩めず、ひたすら遠くへ・・・・・・そうやって飛んでいると、ふっと目映い光に包まれた。
温かい光でな、その中にどれくらいの時間いたかは分からないが、光が収まった時、俺は赤ん坊になっていた。
俺は生まれ変わったんだ。
しかも死んでから1000年以上経っている。さすがの清姫も1000年の時間の流れの中を追ってくるのは難しいだろう。
俺は前世のことを忘れ、2度目の生を楽しむことにした。
もう聖職者になろうとは思わない。地雷女を止めることが出来ない神なんぞ祈るだけ無駄だ。
やり直しの人生はいいものだったぜ、前世の記憶があるからな。小さい頃は神童扱いさ。俺は周囲にもてはやされながらスクスクと育っていった。
ここで終わるならハッピーエンドなんだが、だったら今ここにいる俺は何だ? って話だろ。
そうさ、清姫はいたんだよ。
10歳を過ぎた頃だったかな。毎晩悪夢を見るようになった。
夢の内容は決まって、奴に追われるものだ。
「安珍様、安珍様」と俺の前世の名を呼んで人間と蛇の姿を交互に変えながら追ってくる。
おかげで心労が溜まり何度も倒れた。けど、意識を失えばまた奴が現れる。心が安まらない、酷い悪循環だ。
俺は悪夢をただの夢と片づけなかった。
これはきっと俺の魂が警告を発しているんだ。
「清姫が現世に存在すると覚悟して行動せよ」そういう言っているのだと思った。
この頃からいつ奴が襲ってきてもいいように、俺は様々な予防策や対応策を張り巡らせるようになった。
そして、月日は流れ・・・・・・俺が高校生の時だった。
夏が来る少し前の中途半端な時期に転校生がやって来たんだ。
長い黒髪が腰まで伸び、品の良さそうな目鼻が好印象を誘う、おしとやかそうな女子・・・・・・俺以外のクラスメートはそう感じたんじゃないかな。
俺?
俺は蛇に睨まれて丸呑み3秒前の蛙だったよ。
なにしろ転校生の姿は俺の因縁の相手に瓜二つ、間違いなく清姫だ。
あいつめ、俺を追ってとうとう現世まで来やがった。
壇上の奴が自己紹介しながらこっちへ微笑む。偶然転校してきたわけじゃない、確実にこちらをロックオンしている。
そう察した瞬間、俺は動いた。
清姫予防策を考えるにあたり、奴が転校生として接触してくる、というシチュエーションは想定していた。
だから俺は酔いやすい体質だと嘘をついて、常に教室の席を窓側にしてもらっていたんだ。
教室は2階だったが、悠長に廊下に出て逃げていては清姫に捕まってしまう。
俺は躊躇わず窓からダイブした。
着地の衝撃は涙目ものだが、背に腹は代えられない。そのままダッシュで学校をおさらばだ。
自転車、車、電車、飛行機。逃亡手段は数あれど、基本は己の足だ。
俺は中学時代から陸上部に所属し、ガムシャラに走るという行為を極めてきた。部内では誰もが認めるトップランナーだったんだぜ。
まあ、公式大会には仮病を使って一度も出場しなかったがな。
下手に優秀な成績を残して自分の名前を広めるのは危ない。
どこに清姫の目があるか分からないからな。
そういうわけで、俺の足は人生の見せ場は今! と言わんばかりにフル稼働。駿足で学校を脱出した。
結局あれ以降、俺があの高校に戻ることはなかった。思い出はたくさんあったんだが、慌ただしく寂しい別れだったよ。
学校を出た俺はすぐに近所の山へ向かった。
清姫が学校に現れた時点で、俺の身辺は洗われていると思っていいだろう。自宅に帰るなんて愚かな選択だ。
向かった山の中腹にこじんまりとした祠がある。そこの裏手の地面を掘って、逃亡に必要な資金や衣類を回収した。もちろんこんな事態を予期して隠しておいたのさ。
学制服を脱ぎ捨て、目立たない格好に着替えて、俺は山を下った。
一刻も早く故郷を離れた方がいい。ならば向かうのは最寄り駅・・・・・・といきたいが、交通の要所である駅は見張られている恐れがアリアリだ。
俺は足を伸ばして3つ先の駅から電車に飛び乗った、友人や家族にさよならを言わずに。今でも心残りさ・・・・・・
電車の行き先は人間の坩堝、東京。
懐深いあの大都会ならワケありな未成年でも受けて入れてくれるからな。
もちろん、あらかじめ何度も東京へ行ってツテを作っておいた。
親戚や友人はダメだ、交友関係からバレる可能性がある。
だからまったく俺と接点がない所に接点を作ったんだ。
場末の大衆食堂。
そこのオヤジは頑固者だが、世間からあぶれた者を放っておけない損な性格をしていた。
俺はオヤジ好みの、人生に翻弄される哀れな少年を演じて、住み込みで働かせてもらうことになった・・・・・・そこで数年は世話になったな。
今考えると、清姫に見つからないかビクビクしながら暮らしていたもんさ。せっかくの東京なのにロクに遊ぶこともなく、ひたすら対清姫策を練りながら慎ましやかな生活を送っていた。
成人して、さすがに住み込みで働き続けるのも悪いと思いアパートを借りた。
奴との2度目の接触はそのアパートへ帰る道すがらだった。
深夜。薄暗い路地を歩いていると、ふと前方に人の影が現れた。髪の長い女のシルエットだ。顔は暗くて見えないが、俺の本能が最大級のアラームで鳴った。
「見ツケマシタ」
奴の言葉なんか悠長に聞いてられるか。俺は全力で逃亡を図ったよ、けどダメだった。足に何かが巻き付いていて動けなかったんだ。
なんだこりゃ・・・・・・と足下を見ると何があったと思う?
蛇の尻尾だよ。
清姫の下半身だけが人間を止めて、俺を殺した蛇の形態になっていたのさ。
現代にもなってファンタジー止めろよ! この蛇女!
そう毒を吐いたさ、内心な。本当に口にしたら焼き殺されそうだから分別はしっかりしておいたぜ。
捕まってしまったら諦めるしかない。
俺は無抵抗で近付いてくる清姫を迎えた。
「ああぁ、ようやくこの時が来ました。1000年以上求め続けた安珍様が私の手に。もう逃がしません、地が割れ天が落ちようともあなた様は永久まで私と共に」
狂気と驚喜の笑みを浮かべる清姫を、俺は嫌がらずむしろ抱きしめた。
こうなれば懐柔して隙を作るしかない。
「悪かった。君の気持ちに応えず、ただ逃げ回っていた俺は救いようのない愚か者だ」
「安珍様・・・・・・」
「だからこそ、今ここから変わろうと思う。君が好意を寄せてくれる価値のある男になろうと思う」
俺は清姫が好きそうな甘い言葉を口にして、奴の警戒心を削ぐ・・・・・・でも、この手段は前世でも行い最終的に失敗した策だ。
なので、もう一歩先を目指す。
「この気持ちは言葉では伝えきれない。君さえよければこれからその・・・・・・ホテルに行かないか?」
「ほ、ホテル!?」
「あっ、ごめん。性急過ぎた。そうだね、ゆっくりとお付き合いをした方が」
「いえ! 行きましょうホテル! さあ、いざいざ!」
前世では会ったその日に夜這いをかけてきた女だ。チョロいもんよ。
俺は清姫を連れ立って近場のラブホテルに行った。
おっと、チェックインの仕方に戸惑いを見せつつ、ここを利用するのは初めてだよアピールは忘れない。
これが手慣れた態度だったら、清姫を嫉妬させて蛇を召還しちまうからな。一挙手一投足が命がけだよ。
ホテルの部屋に入ると、清姫の顔は上気して今にも襲いかかって来そうだった。
はっ! お前のような地雷に売るほど俺の身体は安くないぜ。
――そう、このラブホテルにも俺の仕込みはあったのさ。
こんな事もあろうかとラブホテルの従業員をあらかじめ買収しておいた。
そして、ラブホテルへの道中で「君と長くいたいから、明日の仕事を休むよ。ちょっと店長に連絡するね」と嘘をついてラブホテルの協力者にメールを送信。
清姫がその内容を横から覗き込んでくるが甘いぜ。見られてもいいよう暗号を使ったメールだからな、実際文面と内容はまったく違っているのさ。
「喉が乾いたし、コーヒーでも飲もうか」
俺は冷蔵庫を開けて、缶コーヒーを2つ取り出した。んで、片方を渡す。
「・・・・・・」
奴はなかなか飲もうとしない。
「どうしたんだい?」
「・・・・・・安珍様。もう私を騙したりしませんよね?」
疑り深い奴だ。俺の持ち込み品じゃなくてホテルの物なんだから脳天気に飲めばいいのにさ。
「当たり前だ。もう俺は心を入れ替えたんだから」
更なる一手が必要だと判断した俺は、まず自分のコーヒーを少し飲んで何も怪しい物は入ってないとアピールした。
そして、次に清姫が持っているコーヒーを取って、そっちも飲んでみせたんだよ。
「ほら、どっちも平気だろ」
「すみません、安珍様を疑う真似をしまして・・・・・・」
安心した清姫がコーヒーを受け取り「ふふ、安珍様と間接キス」と、呟きながら飲んだ。まったくどこの乙女だよ、歳を考えろ。危うくそう言いそうになったぜ。
ともかくようやくコーヒーを飲ませたわけだ。
タネを開かすとだな、コーヒーにはやっぱりと言うべきか、睡眠薬を混ぜておいた。しかも蛇女にも効くよう強力な奴を。
それも2本の缶両方にだ。
先にシャワーを浴びた俺がベッドに戻ってくると、清姫は毛布に包まれて寝ていた。計算通り!
どうしてコーヒーを飲んだ俺が平気だったのか不思議に思うだろ?
これもたゆまぬ努力の成果ってもんさ。
俺は高校時代から睡眠薬を常用するようにしていた。始めの頃はすぐ夢の中だったけど、ずっと続けていれば身体に耐性がついてくる。
健康に悪いやり方だったが、睡眠耐性は清姫対策の最終防衛を担う重要な要素だ。俺は身体にムチ打ちながら己を鍛え続けた。
その成果が、ラブホテルから清姫を置いて逃亡、という最良の結果を呼び起こしたんだ。
あの時の達成感は今でも忘れられないな。
あっ、ちなみにホテルはそれから半日して火事で全焼したらしい。事故原因は不明。
幸い死者は出なかったそうだが、いやはや怖いもんだね。
東京でさえも清姫の追跡を撒くことが出来なかった。
だから俺は日本を捨てることにしたのさ。
親代わりをしてくれた食堂のオヤジに礼を述べる書き置きをして、ボストンバックに荷物を詰め込み・・・・・・ラブホテルを出た2時間後には空港に到着した。
行く国は人間が多く、さらに日本人が目立たない所がいい。
と、なれば分かるだろ。世界人口1位のあの国さ。もちろんすでにあの国にもツテは作っている。
俺は国際線の飛行機の中で、長い長い鬼ごっこがやっと終わるのだと安心しながら眠った。
はあ、結構喋ったな。悪いけど、もう一杯同じ物を。
・・・・・・ふう、振り返ってみると俺の人生って逃げてばっかりだよなぁ。
追いかけてくる方もいい加減諦めればいいものを。
結局さ、海外に逃げても無駄だった。
清姫はどこに身を潜めても嗅ぎつけて追ってくる。
上海の裏通りだろうと、ロサンジェルスのスラム街だろうと、アルプスの麓の村だろうと。
特にビビったのはアンデスの奥地まで来たことかな。爆笑もんだ、笑うしかない意味でな。
人里離れて自然の中にいても無駄だった。
もうどうしろってんだよ・・・・・・
諦めて清姫と沿い遂げるか、それとも焼き殺されるか、暗雲たる未来に俺は絶望していた。
だが、あるニュースが俺に新しい発想をくれたんだ。
俺が逃げるんじゃない、奴を俺から遠ざければいいのだとね。
どういう意味かって・・・・・・まあまあ、それよりテレビを観てくれよ。それに関係した面白いニュースをやっている。
ほら、ちょうど報道しているな。
『第5回人類火星移住プロジェクト 打ち上げ成功』
すげえ時代になったもんだ、俺が坊さんやっていた頃じゃあ考えもしなかったぜ。
毎回50人の男女が母なる地球を離れて遙か彼方の火星へ・・・・・・しかも片道切符で二度と帰れない、いやはや参加者の皆さんの覚悟には脱帽だ。
・・・・・・このニュースがどうしたって?
実はな、俺も火星移住プロジェクトの候補者だったんだ。それも最終選考を潜り抜け、実際に宇宙飛行士と同じ訓練をしていた。
火星と地球。あの超絶ストーカー女の時を越える執念を持ってしてもだ、惑星間を越えることは出来ないだろう。
神童と呼ばれた頭脳と、世界中を逃亡して養った語学力とコミュニケーション力で俺は超難関の試験を突破した。
あとは3年に及ぶ訓練をクリアすれば火星に行ける。
普通に考えれば、そのまま火星へ逃げてしまえばいい、となる。
でもな、もし移住者の中に清姫が紛れ込んでいたらどうなると思う。宇宙船は密室空間だし、火星とてコロニー以外では生きていけない。逃げ場がまったくないんだ。
最終選考を突破した者たちの中に清姫の姿はなかった。けれど相手は蛇に化ける奴だ。素知らぬ顔の面々の中に変化した清姫がいるかもしれない。
だから俺は、ここからさらに捻りを加えた計画を立てた。
ニュースの画像をよく見てくれよ。
移住者たちがシャトルに乗り込む前に手を振っているだろ・・・・・・おっ、気付いたか。
・・・・・・俺がいるよな。正確には俺のソックリさんが。
スケープゴートだよ。
3年間の訓練期間中は外部へ出るのも一苦労だ。
しかし、訓練の最後に1週間の休暇がもらえる。家族や友人と会って地球への未練を残さないようにするためさ。
俺はその期間に彼と入れ替わった。
実を言うと訓練前の、最終選考に合格した時点であいつに接触し、口八丁で俺の協力者になってもらっていたんだ。
顔や声は最新の整形技術で揃えたので、パッと見では別人だと気付かれることはないだろう。
なかなかの出費になったが、清姫から逃げるための金なら惜しくないさ。
・・・・・・ん? いくら姿形が同じでも、それだけではすぐにバレるんじゃないかって?
そうだな、特に3年かけて培った火星移住に関する技能は真似しようとも簡単にはいかない。
しかし、あの協力者も訓練を経験していたらどうだ?
俺は無闇に協力者を探したんじゃない。
選定基準として過去の移住計画プロジェクトで試験はクリアしたものの、訓練中の怪我や病気でリタイアした者たちの中から選んだんだ。
特に彼はシャトル発射2週間前に盲腸になってしまって、出発者リストから外されてしまった。悔やんでも悔やみきれなかったんだろうな、俺の誘いにすぐ飛びついてきたよ。
過去と今回とでは訓練内容に微妙な差異があるし、メンバーの人間関係は外部の人間では分からない。
そういったものを秘密裏に彼へ流し、俺たちは入れ替わるに必要な情報をすべて共有化した。
そうして、誰にもバレず彼は悲願の火星行きを掴み取ったのさ。
この先、清姫が入れ替わりに気付いたとしても最早地球に戻ることは出来ない。
ロケットが飛び立った時点で俺の計画は成功した。
だから、こうやって酒場で祝杯を上げているわけだよ。
今まではいつ清姫の襲撃があるか分からないから、深酒は避けてきたけど今夜はとことん飲むぞ。
あ~、勝利の美酒ってやつはこうも旨いんだな。
あん? 本当に出発メンバーの中に清姫がいるのかって?
そうだな、もし始めっから清姫がいないのなら俺の数年の苦労はただの一人相撲だったってことになる。どうしようもない間抜けだ。
けれど、この数年清姫からの襲撃がなかったことが、すでに清姫が俺の身近に潜んでいる証左とも言える。
奴の立場になって考えてみようぜ。
下手を打って俺を襲い、逃がしてしまったとする。きっと俺は訓練施設を抜け出し世界のどこかへ隠れるだろう。それよりは、このまま火星移住メンバーとして地球を発った方が、俺を袋のネズミにすることが出来る。
よって、清姫が出発メンバーの中にいる可能性は高い・・・・・・が、それだけでは清姫がいる決めつけには弱い。
だから、俺は清姫がいないか密かに調査をしたんだ。
訓練メンバーの中にやたら俺に話し掛けてくる女がいた。
後に入れ替わる予定の俺は、なるべく仲間たちと深い間柄になるのを避けるようにしていたんだが、その女は俺を見かけては走り寄ってきて、毒にも薬にもならない話を振ってくる。とにかくしつこい。
俺はその女が怖かった。
俺を見る目が肉食獣のソレと同じ、清姫がいつもしていた目だった。
まあ、目だけじゃあ女が清姫だという根拠にはならない。
そこで、ある実験を試みた。
清姫は火を吐く蛇になれる特性上、火傷を負わない。
一度、アマゾンの密林でたき火をしていて襲われた時、燃える木の枝を奴に投げつけたことがある。
普通なら大火傷なのに清姫はピンピンとしていた。
この体質が女にもあるのか・・・・・・
食堂で滑ったフリをしてな、熱々のスープをわざと女にかけてみた。これで俺の勘違いだったら本当に申し訳ない話になるんだが、結果は予想通りさ。
女はケロッとした顔で「大したことないですよ」って笑ってみせやがった。
確信したね、こいつは清姫だって。
が、そいつも今や地球の外。
俺は完全に勝利したんだ。
奴は間違いなくシャトルに乗った。
さっきのニュースの中で奴が手を振っている映像があった、こうやって手を挙げて・・・・・・手を・・・・・・あれっ?
マスター、他のチャンネルにしてくれないか。
お、それだそれ。人類火星移住プロジェクトのニュース、他の局でもやっていたか。
んで、乗り込む前のメンバーの映像が・・・・・・あった。奴は、み、右手を挙げている・・・・・・だとっ。
ま、待ってくれよ。
以前、座学の時、奴はペンを左手で持っていなかったか。3年も一緒でよく隣の席になっていたから覚えている。
いや、手を振るくらい利き手でなくても・・・・・・やるか?
いかん、酔いが回って考えられない。
くそっ、祝杯だとしても羽目を外し過ぎたか。
マスター、会計を・・・・・・ってなんだこの酒?
こんなの頼んでないぞ。
えっ、あちらのお客様からって・・・・・・あちらって・・・・・・
は、はは、よせよ、冗談でも笑えねーよ。
なんでお前がここにいるんだ?
今頃宇宙のはずだろ・・・・・・え、俺と同じ手を使った? 自分の偽物を用意した?
俺の計画は見破られていたのか、あんなに苦労して準備したのに、全部お前の手のひらの上だったのか。
あああああぁぁちくしょぉぉぉおお!
に、逃げなきゃ・・・・・・うう、酒で足に力が入らない・・・・・・
しまった、完全に俺が油断する瞬間を狙っていやがったのか。
イヤだイヤだイヤだ、こっちにくるな!
許して、頼む許してください。俺はあなたと一緒になるような男じゃないんです。あなたには俺よりもっとふさわしい相手がいます。だから見逃して・・・・・・え、だめ?
うわああああああ、た、助けて・・・・・・俺は逃げ、逃――
「安珍様、やっと・・・・・・掴マエタ」