第11話 決着
そんなバカことを考えていると、敵軍の騎馬隊が隊列を整えて、再び突撃しようとしていた。
おや?
敵の指揮官が、神妙な表情で部下に語りかけているな。
騎兵の中で、八人ほどが悲壮な表情を浮かべている。そして、残りの二人は、明らかに戸惑っているようだった。
たぶん、指揮官が強引な突撃を指示したのだろう。
えーと、こちらの砦から援軍200ほどが、もうすぐ到着するな。
敵にとっては、次がラストチャンスなのだろう。
大きく頷いた後、マコトが口をひらいた。
「次の攻撃、敵は強引に来るぞ!」
そこで、敵の指揮官が叫んだ。
「みんなの仇を取るぞ!」
「「おお!」」と叫びながら、敵の騎兵八騎が突撃してきた。
仇討ちか。
自分たちのことを、正義だと勘違いしているんじゃないか?
「俺だって、妻の仇が取りたい!」
マコトが叫ぶと、部下たちが大声で「「おお!」」と答えてくれた。
てか、感情的になるな。
冷静に状況を把握していこう。
えーと、敵の騎兵の残り二名は、逃げ出したな。
てか、敵の歩兵140も、半数近くが逃げ出していた。
たぶん、こちらの援軍200を発見して、勝機がないことを悟ったのだろう。
だから、マコトが叫んだ。
「敵はすでに逃げ出している! これを防げれば、俺たちの勝ちだ!」
その言葉とほぼ同時に、敵の騎兵五騎が、こちらの槍衾に突っ込んできた。
全力で突っ込んでくる馬に、槍を突き刺すだけの簡単な仕事。
そう思っていたが、実際は命懸けの仕事だ。
てか、何人かの槍兵が、馬に吹き飛ばされて命を失っている…………
それでも、俺の部下は、敵の突撃を完璧に防いでくれた。
本当に、感謝の言葉しか出てこない。
そこで、敵の騎兵の指揮官が叫んだ。
「よし、敵の陣形が崩れた! 俺に続け!」
そして、残っていた敵の騎兵三騎が、全力で突っ込んできた。
不味い。
このままでは、乱戦に持ち込まれる。
いや、すでに敵の半数は逃げ出したのだ。
あとは耐えるだけで、勝てるんだ。
「飛び込んできた、騎兵を止めろ!」
こちらの指示を聞いた、部下たちが持っていた槍や盾を投げつけて、敵の騎兵の動きを止めようとした。
一騎は、馬体に槍が直撃して、騎手が落馬して地面に叩きつけられた。
一騎は、飛んできた盾が顔面に直撃して、騎手が武器を落とした。そして、騎手が離脱しようと進路を変更した。
よし、二騎が片づいた。
こちらに向かってくるのは、あと一騎(敵の大将)だけだ。
全ての攻撃を潜り抜けて、最後の一騎が、こちらに向かってきた。
この勢いでひかれたら、死ぬな…………
いや、大丈夫だ。
俺は、運がいいんだ。
なんの根拠もなく、そんなことを考えていると、林仲の村の村長であるグエンが前に進み出た。
「マコト様は、私が守ります!」
そう叫びながら、グエンが槍を持ったまま、敵の騎馬に突っ込んでいった。そして、敵の騎馬に、グエンが持っていた槍を突き刺した。
よし、直撃だ。
馬が大暴れして、敵の大将が地面に投げ出された。
よし、敵の大将は、受身ができなかった。
利き腕が変な方向に曲がっているし、戦闘能力はガタ落ちだろう。
これで、勝ったのだ。
マコトが顔を綻ばせていると、暴れている馬にグエンが腹を蹴られた。
「ボキ!」と言う強烈な音が、ここまで聞こえてきた。
「グエン!」
マコトが、グエンに駆け寄ろうとした。
そこで、馬から転げ落ちた、敵の指揮官が血だらけになりながら突っ込んできた。
「お嬢様の仇!」
その執念は、本物だと思う。
だが、血だらけで、もうまともに動けないだろ。
マコトが剣を抜いて、敵の指揮官の喉を切り裂いた。
「……みんな、ごめん……」と呟いて、敵の指揮官が地面に崩れ落ちた。
色々と思うところはあった。
だが、これで俺たちは勝利したのだ。
「敵の大将を討ち取ったぞ!」
こちらの叫び声を聞いた、部下たちが大声で答えた。
「「おお!」」
そして、生き残っていた、敵の兵士が逃げ出していった。
どうやら指揮官として、俺がしなくてはいけないことは終わったみたいだ。
あとは、俺がしたいことをしよう。
俺がしたいこと。
それは――
「グエン!」
馬に蹴り飛ばされた、林仲の村の村長であるグエンのところに駆け寄った。
えーと、グエンの腹が、一目でわかるぐらい変形(陥没)していた。
たぶん、内臓が破裂しているだろう。
助かる可能性は…………
マコトが沈痛な表情を浮かべていると、グエンが微笑んだ。
「……マコト様……林仲の村を……再建しないでください……」
こいつは、いきなり何を言っているんだ?
普通、頼むなら逆のことだろ。
そう目で伝えると、グエンが静かに言葉を続けた。
「……近くの鉱山から……金が出なくなったときに……あの村の寿命は……尽きました……」
まあ、近隣の村は廃村になったし、林仲の村が廃村になっても不思議はないだろう。
でも、俺にとっては林仲の村は、故郷なのだ。
そう目で伝えると、グエンが首を横に振った。
「……それでも優秀な領主がいれば……林仲の村は存続できました……でも、マコト様は、十龍の当主になりました……もう林仲の村は……存続できません……」
それは、そうかもしれないけど…………
「……村人のことを頼みます……あと、娘さんに……よろしく言っておいてください……」
ふざけるな。
「お前が死んだら、娘に会わせる顔がないだろ! だから、死なないでくれ!」
こちらの発言を聞いた、グエンが苦笑いを浮かべた。
「……酷い理由ですね……」
そう言い残して、グエンが静かに目を閉じた。
十分後。
部下が報告にやってきた。
その報告を適当に聞き流していると、ハクビシンさんが口をひらいた。
「マコト様、報告をちゃんと聞いてください! それが出来ないんだったら、私を代理に立ててください!」
そうか。
まだ戦後処理が終わってなかったんだな。
大きく頷いた後、マコトが口をひらいた。
「……心配をかけて、すみません。ちゃんとやります」
それが、上級貴族の当主の義務なのだ。
部下からの報告を、マコトが再び受けた。
えーと、生き残った傭兵団『赤い川』の処分か。
まあ、戦闘中に逃げ出すぐらいだし、もう復讐してくることはないだろう。
だが、
「皆殺しにしておいてくれ」
生かしておかなければならない理由が、俺にはなかった。
そこで、東国からの使者がやってきた。
どんな言い訳をするのか楽しみにしていたら、東国の使者が、戦闘から逃げ出した副官の首を差し出してきた。
行動が早いな。
その後、東国の王が、弟(メチャクチャ美少年の十歳)を人質として寄こしてきた。
人質の格としては十分だ。
だが、政敵を追放するのに利用されているだけのような…………
後々、面倒なことになりそうだったが、受け取らないと戦闘が再開になりそうだったので、受け取ることにした。
まあ、こっちが上手く利用してやればいいだろう。
その他の細かい条件にも問題がなかったので、東国との停戦条約を結ぶ直すことにした。
これで、全部終わったのだ。
「……帰ろう……家族が待っている、十龍の街に……」
色々なことがあったが、俺は生きて帰ることができたのだ。
しかも、今回は勝者として。
勝者か…………
勝者って、何なんだろうか?
俺には、よくわからなかった。




