第15話 聖女様が寝室に忍び込んできた!
この地にやってきてから、一ヶ月が過ぎた。
この一ヶ月間、ほとんど動きがなかった。
いや、聖女様による、反聖女派の切り崩し成功(ただし、中小貴族)とか、細かい状況に変化はある。
だが、聖女様は倍近い兵力差があるのに、攻勢に出ようとはしなかった。
戦闘の指揮に、自信がないのかな?
それとも、人が死ぬのが嫌なのか?
理由は、色々と考えられる。
だが、そろそろ何とかして欲しいな。
そんなことを考えていると、本拠地である十龍の街から、凶報を伝える使者がやってきた。
まず、東国との国境を任せていた、ハクビシンさんから敵が中規模な部隊(千人前後)で、再侵攻してきたと報告が入っている。
ハクビシンさんは、『自分たちで何とかするから任せてくれ』と言っているが、今すぐにでも駆けつけたかった。
第二の報告は、ウチの村を襲った傭兵団に報復を考えている、村長のグエンの動向についてだ。
生き残った村人たちが、報復に賛成しているので、兵力が整いそうだと報告書には書かれてある。
くそ、恐れていた事態が…………
マコトが報告書を強く握り締めていると、続きが書かれてあった。
俺の妻であるエクレアと、娘のイヨが直接出向いて、説得するから任せて欲しいだと!
くそ、俺が直接行って、説得したいのに…………
そして、第三の報告では、十龍の新しい当主である白鳳と、その母親であるメープルについての動向が書かれてあった。
俺がいなくなった後、メープルの父親の部下がやってきて、再び反聖女派閥に鞍替えさせようとしているらしい。
いくらなんでも、そんなに簡単に派閥の鞍替えなんてしないだろう。
そう思っていたが、かなりグラついているみたいだ。
自重を求める手紙を出しておいたが、どこまで効果があるのやら…………
正直なところ、今すぐにでも帰りたい。
てか、何で俺はこんな所で、無駄な時間を過ごしているんだ?
いや、俺は上級貴族の当主代行として、正しい行動をしてきたはずだ。
なのに、何でこんな状態になったのだろうか?
マコトが自問自答していると、部屋の扉が「コン、コン」とノックされた。
今日も、夜伽の女がやってきたのか…………
正直なところ、妻であるヒミコが死んだばかりだから、そういったことをする気分にはなれなかった。
そう伝えたんだが、『女を失った悲しみは、女で癒すべきだ!』という理論を、俺の担当者が主張してきた。
ありがた迷惑である。
てか、しつこいので、ぶん殴ってやろうかと思った。
だが、『次はもっといい女を連れてきますから!』と言い残して、毎回部屋を出て行ってしまうのだ。
なんかもう断るのが面倒になってきたので、受け入れることにした。
はっはは、上級貴族の当主代行は、最高の仕事だよ。
美女とエッチし放題だからね!
そんなことを考えながら扉を開けると、女の子が入ってきた。
おっと、これまでの子とは、違うんだな。
美女というよりも、可愛らしい女の子だった。
まあ、俺が女の子を雑に扱ったから、交代したのだろう。
同じ相手だと情が移ってしまうし、これでいいんだと思う。
女の子の手を掴んで、マコトがベッドに押し倒そうとした。
だが、それよりも早く、女の子が手をしならせてビンタしてきた。
「パチン!」という音が、室内に響いた。
予想外の展開にマコトが目を丸くしていると、女の子が睨みつけてきた。
「さて、問題です! 私は、なぜ怒っているのでしょうか!?」
何だ、この女は?
お前が怒っている理由なんて、知るか。
力でねじ伏せようと思った所で、女の子に見覚えがあることに気がついた。
もしかして、この女の子って、聖女様じゃないか?
いや、聖女様が夜中に、男の部屋にくるはずがない。
他人の空似だ。
そんなことを考えていると、女の子が口を尖らせて強い口調で言った。
「ブー、時間切れ!」
そして、女の子が腰をひねって、再びビンタしてきた。
二度も食らうかよ!
マコトがバックステップを踏んで避けると、女の子が強烈に睨みつけてきた。
「攻撃を避けるなんて、マコトは卑怯な男だな!」
勝手なことを言う女だ。
てか、俺の名前を知っていて、攻撃してきたのか。
もしかして、本物の聖女様なのでは?
いや、本物なら上級貴族の当主(俺は代行だけど)を、敵に回すような行動はしないはずだ。
「殴られれば痛いんだから、攻撃を避けるのは当然だろ。それで、あなたは誰なんだ?」
マコトが強い口調で問い掛けると、女の子が驚いた表情を浮かべて口をひらいた。
「私は、当代の聖女です!」
うわ、本物だった。
どうやって穏便にすまそうかな…………
いや、こちらに非はないのだ。
ここは、強気でいこう。
「それで、聖女様はなんでいきなり殴りかかってきたんですか?」
こちらが睨みつけると、聖女様が睨み返してきた。
「あなたは、これまで……夜伽をしてくれた人の名前を覚えていますか?」
情がわくのが嫌だったので、女の子を雑に扱っていたからな…………
マコトが沈黙していると、再び聖女様がビンタしてきた。
「パチン!」という音が、部屋に鳴り響いた。
今度は、甘んじて受けることにした。
「……なぜ、避けなかったんですか?」
そりゃあ、殴られて当然の行動をしていたからな。
マコトが沈痛な表情を浮かべていると、聖女様が口をひらいた。
「今度からは、女の子の名前を覚えてください。そして、優しくしてあげてください」
そうだな。
八つ当たりしたって、いい事なんてないのだ。
「わかりました」とマコトが答えると、聖女様が満足気な表情を浮かべて部屋を出て行こうとした。
いや、ちょっと待てよ。
少しぐらいは説明してくれても、罰は当たらないと思うよ。
「聖女様は、あの女性と知り合いなんですか?」
こちらが尋ねると、聖女様が微笑んだ。
「マイは、幼馴染! 事故に遭わなければ、私の代わりに聖女様になっていた逸材なんだから!」
なんで、そんな奴が俺の夜伽を担当しているんだ?
そういえば、担当者が飛び切りの人材を用意すると言っていたな…………
頑張りすぎだよ。
そこで、部屋の扉がノックされた。
「それじゃあ、私は行くから。またね」
そう言い残して、聖女様が窓から出て行ってしまった。
嵐のような人だな。
てか、せっかく会えたんだから、なぜ攻勢に出ないのか聞きたかった。
そんなことを考えていると、再び扉がノックされた。
おっと、待たせるわけにはいかないな。
「どうぞ」
こちらが許可すると、オッパイの大きな黒髪の女性が部屋に入ってきた。
「こんにちは、マコト様。
今日もお相手をさせて貰います。
いつものように、ヒミコと呼んで下さい」
うわ、俺はこの子をどんな風に扱っていたのだろうか?
聞くのが凄く怖いよ…………
マイの目を見つめながら、マコトが口をひらいた。
「……ごめん、マイさん……もう亡くなった妻の代わりはしなくていいよ……」
こちらの発言を聞いた、マイが笑顔を浮かべた。
「私の名前、覚えてくれたんですね!」
いや、そんなに喜ばないで。
自分がどんな行動をしてきたのか、見せ付けられるようで辛いよ…………
「……あの嫌だったら、俺の相手をしなくていいから……」
そこで、マイが微笑んだ。
「本当に、嫌だったら断っています」
彼女がどういった立場なのかわからないが、断れるものなのかな?
マコトが不安そうな表情を浮かべていると、マイが抱きついてきた。
「女の子を失った痛みは、女の子で癒してください」
それは、俺に女の子を手配してくれている男の言葉だった。
言わされているのかな?
いや、そうだとしても、これ以上女の子に恥をかかせてはいけない。
「ありがとう」
そう言って、マコトがマイを抱きしめた。
 




