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第12話 三つの問題

「……そ、それは……」


 娘であるイヨからの質問に答えようとした、マコトが言葉を詰まらせてしまった。


 くそ、何をやっているんだ、俺は。

 娘には、ぶざまな姿を見せたくなかったのに…………


 てか、俺は娘に何と答えればいいんだ?

 可能性は低いが、ヒミコは生きていると言って、元気づけてやればいいのか?


 いや、ヒミコが生き残っている可能性は、0に近い。

 そう、ほとんど0なのだ…………


 そこで、マコトの目から涙がこぼれ落ちた。


 くそ、何で娘の前で泣いているんだよ!

 俺が娘を励まさなくてはいけないのに――


 そこで、娘であるイヨが抱きついてきた。


「……パパ、泣かないで……もう聞かないから……」

 娘に気をつかわれるなんて、本当にぶざまだな…………


 これ以上、娘にぶざまな姿は見せられない。

 どんなに辛くても、このことは家族である俺が話さなくてはいけないのだ。


 娘であるイヨを見つめて、マコトがゆっくりと言葉を発した。


「……ごめん、林仲の村が襲われた……俺は、ヒミコを守れなかったんだ……」

 そこで、イヨの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


 

 力が欲しいと思った。

 全ての問題が解決できるだけの力が欲しいと――




 十分後。

 泣き疲れた、イヨが眠った。


 ゆっくりと休んでくれ。

 お前が泣かなくてもいいように、俺は頑張るから。


 そこで、執務室の扉が開いて、俺の妻であるエクレアが入ってきた。


「マコトさん、先ほど林仲の村が襲われ――」

 執務室の中を確認した、エクレアが途中で言葉を詰まらせた。


 どうやら、全て察してくれたようだ。

 もう一度、自分の口で説明しなくてすむのは、凄く助かるよ。


 マコトが力ない笑みを浮かべると、エクレアが手を強く握り締めた。


「マコトさんは、最善の行動を取りました! だから、自分を責めないでください!」


 気を遣ってくれて、ありがとう。


「……ああ……」と答えたマコトが、眠っているイヨをエクレアに渡した。


「……今日は、一緒に寝てやってくれ……」

 一人だと、寂しいからな。


「……わかりました……マコトさんも一緒に寝ましょう……こんな時に、一人になっちゃ駄目です……」


 俺も、そう思うよ。

 だが、


「……俺もそうしたいんだけど、急ぎの仕事が大量に残っているから無理なんだ……」


 中央への弁明の手紙は出したが、近隣の領主への手紙はまだ出来上がってないのだ。


 机の上に置かれていた手紙を確認した、エクレアが口をひらいた。


「……マコトさん、無理しないでください……」

 ああ、大丈夫。


「絶対に無理はしないよ」

 家族ヒミコが助けられるのならば、いくらでも無理はしただろう。


 だが、もうヒミコはいないのだ。

 だから、無理をして体を壊すつもりはない。


 だって、俺が体を壊したら、ヒミコのかたきが取れなくなってしまうのだ。 


 たぶん、ヒミコは敵討ちなんて、望んでないのかもしれない。

 でも、俺がしたいんだ。




 二週間後。

 執務室で、マコトが今日も事務処理を行っていた。


 この二週間で、マコトが処理した主な仕事は


 近隣の領主との交渉。

 東国との戦いの後始末(戦死者への見舞金の額決定など)

 たまっていた内政の処理(検地の報告結果を聞くなど)


 これら全ての仕事を、マコトが処理した。


 まあ、仕事が忙しかったせいで、余計なことを考えないですんだのは、助かったのかもしれない。


 さてと、本日は三つ重要な報告を受けた。


 一つ目は、東国との国境にいるハクビシンさんから、小規模ながら敵が再び侵攻してきたと告げられた。


 我が国の中央で、聖女派と反聖女派の内乱が始まった影響だろう。


 今回は上手く撃退できたが、敵が大軍を集めるようだと、現在の兵力では守りきれないだろう。


 二つ目の報告は、俺の本拠地である林仲の村からだ。


 今回の戦いでの戦死者は、40名(男性、30・女性10)


 主な戦死者として、俺の妻であるヒミコと、名主であるコジロウの名前が書かれてあった…………


 それだけでも十分に問題なのだが、村長のグエンが敵の傭兵団を討伐するために、残っている村人を集めているようだ。


 報復に一番参加したい俺に、グエンを止めてくれという依頼がくるのは、すごく皮肉がきいていると思う。


 三つ目は、中央(聖女)からの援軍要請だ。


 聖女からの手紙の内容を要約すると、『しかるべき、人物が援軍を率いてきてくれると、凄く助かります』になる。


 まあ、こちらはかなり不審な行動を取ったのだから、当然の要請だろう。

 ちなみに、総大将の選択肢は二人しかいない。


 一人は、新しい当主である白鳳ハクホウ


 身分的には、一番相応しい人間だろう。

 だが、実戦経験がないので、しかるべき人間が後見として必要になるだろう。


 もう一人は、領主代行である俺だ。

 いや、実際に兵を率いることを考えると、俺以外にはあり得ないだろう。


 さてと、これらの問題が別々の時期に発生していたら、俺が直接乗り込んで処理していただろう。


 だが、全ての問題が同時に起こってしまったのだ。

 運が悪い。


 いや、問題が発生(中央で内乱が発生)したから、新しい問題(東国の再侵攻)が発生したのかもしれない。


 まあ、経緯なんてどうでもいい。

 問題は、どう行動するかだ。

 

 しばしの沈黙の後、マコトが決断を下した。


 まず、東国とは戦争をしたばかりだし、東国が大規模な再侵攻を仕掛けてくる可能性は低いだろう。


 まあ、ハクビシンさんがいるんだし、ある程度は任せても大丈夫だろう。


 次に、林仲の村を襲った傭兵団の討伐を計画している、ウチの村長グエンだ。


 たぶん、兵力が足りない(本体は、俺の手元にいる)だろうし、諦めてくれるだろう。


 一緒にいる名主のコウメイも『絶対に止めてみせますから!』と手紙に書いてあるし、大丈夫だと思う。

 

 最後に中央への派兵問題だ。


 こちらがフラフラしていたせいで、西部の国境地帯で聖女派の上級貴族との小競り合いが発生している。


 西部の領主からは、去就をハッキリさせろと、催促の手紙が大量に届いていた。

 これを放置するのは、下策だろう。


 中央への派兵か…………


 力を手に入れたら、自由に行動できるようになると思っていた。

 だが、ドンドンと窮屈になっていくんだな。




 一週間後。

 中央への派兵の準備ができたので、マコトが出発しようとしていた。


 そこで、妻であるエクレアが近づいてきた。


「……マコトさん……無事に戻ってきてください……」

 それは、万感の思いが込められていた言葉だった。


 正直、やる気なんて0に近かったが、やる気が出てきたよ。


「ああ、絶対に戻ってくる」


 そう答えたマコトが、部下の所に向かおうとした。その途中で、娘であるイヨが抱きついてきた。


「パパ、行かないで!」

 俺だって、妻や娘の側を離れたくはない。


 それに、当主である白鳳ハクホウやその母であるメープルが、何をするのかわからなくて不安だった。


 だが、上級貴族の当主代行として、俺は行かなくてはいけないのだ。


「……ごめん、仕事なんだ……」

 そこで、イヨが首を横に振った。


「……お願い……行かないで……」

 娘がこんなに我侭を言うのは、初めてかもしれない。


 そこで、妻であるエクレアが微笑んだ。


「イヨ、ホットケーキが出来ているから、一緒に食べましょう」

 一瞬だけエクレアの方を確認した後、イヨが口をひらいた。


「いらない」


 俺は、ついにホットケーキに勝つことが出来たのだ。

 でも、全然嬉しくないな…………


 えーと、俺は娘を安心させてあげなくてはいけないのだ。


 大きく頷いた後、マコトが強い口調で言った。


「絶対に、元気な姿で戻ってくると約束するよ!」

 こちらの目を覗き込んできた、イヨが質問してきた。


「本当に?」


 根拠なんて、全然ない。

 だが、ここは全力で答えるべきだろう!


「ああ!」

 マコトが力強く頷くと、イヨが小さく頷いた。


「わかった。パパ、行ってらっしゃい」

 よし、説得成功だ!


「行ってきます!」

 こうして、マコトが中央に出兵したのだ。


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