表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/73

第10話 十龍(シーロン)への帰還

 味方が逃げる時間を稼ぐために、ヒミコは領主の館に立て篭もった。


 そして、『領主の妻である、自分はここにいるぞ!』と宣言して、ヒミコは敵をひきつけてくれた。


 そのおかげで、今回の戦いで林仲リンチュウの村の死者は、40名ほどですんだ。


 もしヒミコが敵を引きつけてくれなかったら、村人の半数(150前後)は殺されていただろう。


 ヒミコは責任者として、仕事を全うしたのだ。

 だから、俺も自分の仕事をするべきだと解ってはいた。


 でも――


 全ての報告を聞き終えた、マコトが立ち上がって呟いた。


「……行かなきゃ……」


 馬が繋がれている厩舎に、マコトが向かおうとした。その途中で、戦闘から戻ってきたハクビシンに肩を掴まれた。


「……マコト様、しっかりしてください……」

 師匠ハクビシンさんは、何を言っているんだ?


「……俺は十龍シーロンの領主代行として、義務は果たしました……あとは、好きにさせてください……」


「……ですが……」

 そこで、マコトが叫んだ。


「いいから離せよ!」


 マコトが、ハクビシンの手を強引に振り払った。そこで、伝令の兵士が全速力で近づいてきた。


「マコト様、大変です。中央で、反聖女派が挙兵しました」

 なんで、次から次に問題が発生するんだよ!


「当主である白鳳ハクホウ様の母親、メープル様からの書状です。お読みください」

 伝令の兵士が差し出した手紙を、マコトが黙ったまま見つめていた。

 

 これを読んだら、俺はヒミコのもとに行けなくなるだろう。

 今すぐにでも、手紙を破り捨てたい! 


 だが、それをやったら、十龍の街にいる妻のエクレアや、娘のイヨに迷惑がかかるだろう…………


 ごめん、ヒミコ。

 お前と同じぐらい、エクレアとイヨが大事なんだ。


 伝令の兵士から手紙を受け取って、マコトが読んでいった。 

 メープルからの手紙を要約すると、以下の二つになる。



 一 私たちは反聖女派に所属することにした。

 二 だから、援軍にきてくれた、聖女派の将軍を暗殺しろ。



 あいつらは、バカなのか!

 反聖女派に所属したのは、百歩譲って許そう。


 だが、援軍にきてくれた人間を暗殺するなんて、実行したら二度と援軍がこなくなるのだ。

   

 すぐに十龍の街に戻って、あいつらを説得しなければいけない。

 そして、それができるのは、最大兵力を率いている領主代行である俺だけだ。


 ごめん、ヒミコ。

 俺は、お前のもとに行けそうにないよ…………


 そばにいたハクビシンに、マコトが無言で手紙を渡した。


 手紙の内容を確認した、ハクビシンが困惑した表情を浮かべていた。

 まあ、気持ちはすごく解るよ。


 大きく頷いた後、マコトが指示を出した。


「ハクビシンさん、十龍の街で問題が発生したので、俺は十龍の街に戻ります。ハクビシンさんは、ここに残って、敵(東国)の再侵攻に備えてください」


 心配そうな表情を浮かべて、ハクビシンが質問してきた。


「……それはいいんですけど……マコト様は大丈夫ですか?」

 正直に言えば、大丈夫ではない。

 

 だが、総大将が大勢の前で、弱音を吐いてはいけないのだ。


「……大丈夫です……


 直属の兵五百と、西部にある領主の兵五百。

 合計、千名を率いて、俺は十龍の街に戻ります。


 明朝に出発するから、部隊長(領主)は急いで準備しろ、と伝えてくれ」


「わかりました」と答えた、伝令の兵士が部隊長(領主)たちに知らせに行った。

 さてと、次にしなくてはいけないことは――


 そうだ。

 援軍に来てくれた、聖女派の将軍に事情を説明しなくてはいけない。

 

 最低でも、無事に帰国できる約束だけはしておこう。



 

 十分後。


 聖女派の将軍であるメイスが泊まっている宿舎を、マコトが訪ねた。そして、マコトが現在の状況を正直に伝えた。


 下手に情報を隠して不信感を持たれると、戦闘に発展する可能性がある。

 だから、真実を話すことにしたのだ。




 数分後。

 全ての説明を聞き終えた、メイスが質問してきた。


「状況はわかりました。それで、マコトさんは、十龍シーロンの領主代行として、どうするつもりなんですか?」


 十龍の領主代行としてか…………


 しばしの沈黙の後、マコトが強い口調で言った。


「聖女様には恩がありますが、聖女様の味方になると約束はできません! 俺は自分の領地にとって、最善の行動をするつもりです!」


 こちらを厳しい表情で眺めていた、メイスが微笑を浮かべた。


「それを聞いて安心しました。聖女派の方が多数派なので、マコトさんもこちらについてくれるでしょう」


 事実ならば、そうなるだろう。


 だが、聖女派の将軍である、メイスの情勢分析なのだ。

 鵜呑みにはできなかった。


「そうなるといいですね」

 こうして、マコトとメイスの会談が終わった。


 さてと、一番厄介な交渉は終わってくれた。

 次にしなくてはいけないことは――


 林仲リンチュウの村人に、村が襲撃されたことを伝えなくてはいけない…………

 正直に言えば、他の人間に頼みたい仕事だ。

 

 いや、林仲の村の領主として、絶対に他人に任せてはいけない仕事だ。

 たとえ、どんなに辛くとも――




 十分後。

 執務室に集まっていた林仲リンチュウの村の幹部に、マコトが状況の説明を終えた。


「「………………」」

 重苦しい沈黙が、執務室を支配していた。


 そんな重苦しい沈黙を打ち破ったのは、いつも冷静沈着であった、村長であるグエンの荒い言葉だった。


「それで、マコト様は林仲の村に戻って、山賊と戦うんですか?」

 俺だって、今すぐにでも林仲の村に戻りたいよ。

 

 でも、俺は十龍シーロンの領主代行なのだ!


「いや、十龍の街で問題が発生した。俺は新しい当主を説得するために、十龍の街に戻るつもりだ!」


 そこで、グエンが強烈に睨みつけてきた。


「林仲の村を見捨てるんですか!」

 見捨てるつもりなんてない!

 

 でも、


「……いま戻っても、俺にできることはないんだ……」

 そう、俺に出来ることはないのだ…………


 マコトが泣きそうな表情を浮かべていると、グエンが叫んだ。


「勝手にしろ! 俺は林仲(故郷)の村に戻るからな!」

 そう言い残して、グエンが執務室を出て行った。


「……マコト様……」


 心配そうな表情で声をかけてくれた名主であるコウメイに、マコトが力ない笑みを浮かべた。


「コウメイさんは、グエンと一緒に林仲の村に戻ってください――グエンが暴走しないように、頼みます」


 マコトが頭を下げると、コウメイが大きく頷いた。


「わかりました、全力を尽くします」

 これで、とりあえずの編成は決定した。

 

 この世界にきてから、俺はずっと力を求めていた。

 だって、力があれば、全ての問題が解決できたのだから。


 でも、上級貴族の当主代行になったら(力を手に入れたら)、今度は自由に行動が出来なくなってしまった。

 

 力とか権力って、何なんだろうか?

 難しくて、俺にはよく解らないよ…………

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ