第10話 十龍(シーロン)への帰還
味方が逃げる時間を稼ぐために、ヒミコは領主の館に立て篭もった。
そして、『領主の妻である、自分はここにいるぞ!』と宣言して、ヒミコは敵をひきつけてくれた。
そのおかげで、今回の戦いで林仲の村の死者は、40名ほどですんだ。
もしヒミコが敵を引きつけてくれなかったら、村人の半数(150前後)は殺されていただろう。
ヒミコは責任者として、仕事を全うしたのだ。
だから、俺も自分の仕事をするべきだと解ってはいた。
でも――
全ての報告を聞き終えた、マコトが立ち上がって呟いた。
「……行かなきゃ……」
馬が繋がれている厩舎に、マコトが向かおうとした。その途中で、戦闘から戻ってきたハクビシンに肩を掴まれた。
「……マコト様、しっかりしてください……」
師匠は、何を言っているんだ?
「……俺は十龍の領主代行として、義務は果たしました……あとは、好きにさせてください……」
「……ですが……」
そこで、マコトが叫んだ。
「いいから離せよ!」
マコトが、ハクビシンの手を強引に振り払った。そこで、伝令の兵士が全速力で近づいてきた。
「マコト様、大変です。中央で、反聖女派が挙兵しました」
なんで、次から次に問題が発生するんだよ!
「当主である白鳳様の母親、メープル様からの書状です。お読みください」
伝令の兵士が差し出した手紙を、マコトが黙ったまま見つめていた。
これを読んだら、俺はヒミコのもとに行けなくなるだろう。
今すぐにでも、手紙を破り捨てたい!
だが、それをやったら、十龍の街にいる妻のエクレアや、娘のイヨに迷惑がかかるだろう…………
ごめん、ヒミコ。
お前と同じぐらい、エクレアとイヨが大事なんだ。
伝令の兵士から手紙を受け取って、マコトが読んでいった。
メープルからの手紙を要約すると、以下の二つになる。
一 私たちは反聖女派に所属することにした。
二 だから、援軍にきてくれた、聖女派の将軍を暗殺しろ。
あいつらは、バカなのか!
反聖女派に所属したのは、百歩譲って許そう。
だが、援軍にきてくれた人間を暗殺するなんて、実行したら二度と援軍がこなくなるのだ。
すぐに十龍の街に戻って、あいつらを説得しなければいけない。
そして、それができるのは、最大兵力を率いている領主代行である俺だけだ。
ごめん、ヒミコ。
俺は、お前のもとに行けそうにないよ…………
そばにいたハクビシンに、マコトが無言で手紙を渡した。
手紙の内容を確認した、ハクビシンが困惑した表情を浮かべていた。
まあ、気持ちはすごく解るよ。
大きく頷いた後、マコトが指示を出した。
「ハクビシンさん、十龍の街で問題が発生したので、俺は十龍の街に戻ります。ハクビシンさんは、ここに残って、敵(東国)の再侵攻に備えてください」
心配そうな表情を浮かべて、ハクビシンが質問してきた。
「……それはいいんですけど……マコト様は大丈夫ですか?」
正直に言えば、大丈夫ではない。
だが、総大将が大勢の前で、弱音を吐いてはいけないのだ。
「……大丈夫です……
直属の兵五百と、西部にある領主の兵五百。
合計、千名を率いて、俺は十龍の街に戻ります。
明朝に出発するから、部隊長(領主)は急いで準備しろ、と伝えてくれ」
「わかりました」と答えた、伝令の兵士が部隊長(領主)たちに知らせに行った。
さてと、次にしなくてはいけないことは――
そうだ。
援軍に来てくれた、聖女派の将軍に事情を説明しなくてはいけない。
最低でも、無事に帰国できる約束だけはしておこう。
十分後。
聖女派の将軍であるメイスが泊まっている宿舎を、マコトが訪ねた。そして、マコトが現在の状況を正直に伝えた。
下手に情報を隠して不信感を持たれると、戦闘に発展する可能性がある。
だから、真実を話すことにしたのだ。
数分後。
全ての説明を聞き終えた、メイスが質問してきた。
「状況はわかりました。それで、マコトさんは、十龍の領主代行として、どうするつもりなんですか?」
十龍の領主代行としてか…………
しばしの沈黙の後、マコトが強い口調で言った。
「聖女様には恩がありますが、聖女様の味方になると約束はできません! 俺は自分の領地にとって、最善の行動をするつもりです!」
こちらを厳しい表情で眺めていた、メイスが微笑を浮かべた。
「それを聞いて安心しました。聖女派の方が多数派なので、マコトさんもこちらについてくれるでしょう」
事実ならば、そうなるだろう。
だが、聖女派の将軍である、メイスの情勢分析なのだ。
鵜呑みにはできなかった。
「そうなるといいですね」
こうして、マコトとメイスの会談が終わった。
さてと、一番厄介な交渉は終わってくれた。
次にしなくてはいけないことは――
林仲の村人に、村が襲撃されたことを伝えなくてはいけない…………
正直に言えば、他の人間に頼みたい仕事だ。
いや、林仲の村の領主として、絶対に他人に任せてはいけない仕事だ。
たとえ、どんなに辛くとも――
十分後。
執務室に集まっていた林仲の村の幹部に、マコトが状況の説明を終えた。
「「………………」」
重苦しい沈黙が、執務室を支配していた。
そんな重苦しい沈黙を打ち破ったのは、いつも冷静沈着であった、村長であるグエンの荒い言葉だった。
「それで、マコト様は林仲の村に戻って、山賊と戦うんですか?」
俺だって、今すぐにでも林仲の村に戻りたいよ。
でも、俺は十龍の領主代行なのだ!
「いや、十龍の街で問題が発生した。俺は新しい当主を説得するために、十龍の街に戻るつもりだ!」
そこで、グエンが強烈に睨みつけてきた。
「林仲の村を見捨てるんですか!」
見捨てるつもりなんてない!
でも、
「……いま戻っても、俺にできることはないんだ……」
そう、俺に出来ることはないのだ…………
マコトが泣きそうな表情を浮かべていると、グエンが叫んだ。
「勝手にしろ! 俺は林仲(故郷)の村に戻るからな!」
そう言い残して、グエンが執務室を出て行った。
「……マコト様……」
心配そうな表情で声をかけてくれた名主であるコウメイに、マコトが力ない笑みを浮かべた。
「コウメイさんは、グエンと一緒に林仲の村に戻ってください――グエンが暴走しないように、頼みます」
マコトが頭を下げると、コウメイが大きく頷いた。
「わかりました、全力を尽くします」
これで、とりあえずの編成は決定した。
この世界にきてから、俺はずっと力を求めていた。
だって、力があれば、全ての問題が解決できたのだから。
でも、上級貴族の当主代行になったら(力を手に入れたら)、今度は自由に行動が出来なくなってしまった。
力とか権力って、何なんだろうか?
難しくて、俺にはよく解らないよ…………




