第5話 どん底から這い上がるために、戦場に行ってみたが……
二ヶ月後。
マコトがいつものように酒場で飲んでいると、ヒモ仲間であるリーが話しかけてきた。
「マコト、今日も一緒に飲もうぜ!」
「……ああ……」
俺は、こいつが嫌いだ。
こいつは恋人がいないところでは、いつも恋人の悪口を言う。
曰く、稼ぎが悪くなった。化粧が濃くなった。体臭がきつくなった、などなど。
そして、恋人が現れると、満面の笑みを浮かべて囁くのだ。
「今日も、お疲れ様。君に会いたかったよ」
この手の平返しである。
俺には、絶対に真似できない。
いや、他人から見れば、俺も同類なのだろう。
いや、違う!
俺は何度も働こうとしたが、駄目だったのだ。
元々、外国人(ヨソ者)への風当たりは強かったが、ヒモになってからは更に風当たりが強くなった。
まあ、俺もヒモは雇わないだろう。
そんなことを考えていると、ヒミコがやってきた。
「お待たせ、部屋に戻ろ」
「……ああ……」
マコトが立ち上がると、ヒミコが腕を絡ませてくる。
ヒミコは露出度の高い服を身につけていて、唇に紅を差している。
もう立派な娼婦だよな…………
「それじゃあ、リーさん。失礼します」
「ヒミコちゃん、またね」
軽く手を振って、ヒミコが挨拶していた。
それが凄く嫌だったので、少し強引に酒場を出た。
しばらく無言で歩いていると、ヒミコが尋ねてきた。
「もしかして、嫉妬したの?」
否定の言葉を発しようとしたが、ヒミコの嬉しそうな表情を見てやめた。
「……そうかもな……」
「そっか、そっか」と呟いた、ヒミコが大きく頷いた。
まあ、喜んでくれたのなら、よかったよ。
そんなことを考えていると、ヒミコが話題を変えた。
「そういえば、仕事は見つかった?」
若干の沈黙の後、マコトが唇を動かした。
「……ごめん、今日も仕事が見つからなかった……」
こちらの発言を聞いた、ヒミコが微笑んだ。
「大丈夫。私が食べさせてあげるから、気にしなくていいよ」
この台詞だけを聞けば、天使だと思う。
だが、俺が日雇いの仕事を何回か見つけてきた時、ヒミコは喜んでくれなかった。
娼婦がヒモを養うのは、自分より下の人間を手元に置きたいからじゃないか?
そう考えると、色々と辻褄があうのだ。
いや、悪く考えすぎだ!
そこで、自宅に到着した。
ヒミコは売れっ子なので、そこそこいい部屋に住んでいる。
ああ、もちろん俺は家賃を入れてないから…………
二人が部屋に入ると、ヒミコが少し虚ろな目で語りかけてきた。
「マコトは、そのままでいいよ。私がずっと、ずっと養ってあげるから」
いや、そんな虚ろな表情で言われても…………
「だから、今日も強く抱いて、嫌なこと全部忘れられるように強く!」
「……ああ……」
カワイイ女の子と、毎日Hができる環境。
こう書くと幸せそうだが、徐々に壊れていく恋人を見るのは、ただの生き地獄であった。
五日後。
マコトがいつものように、酒場のマスターに話しかけた。
「マスター、仕事はないか?」
こちらが確認すると、酒場のマスターが微笑んだ。
「喜べ、マコト。今日は紹介できる仕事が、二つもあるぞ!」
それは、この二ヶ月で始めてのことだった。
「詳しい話を聞かせてくれ」
こちらが先を促すと、酒場のマスターが口をひらいた。
「東国との戦争が最終局面になったので、ご領主様が援軍を送ることになったんだ!」
そういえば、もうすぐ戦争が終わるんだったな…………
「だから、傭兵の募集と物資の運搬、二種類の仕事があるぞ!」
どっちも、大して変わらねえよ!
いや――
「俺は傭兵として、参加したい!」
こちらの発言を聞いた、酒場のマスターが驚いていた。
「……ヒミコちゃんは、どうするんだ?」
少し顔を背けながら、マコトが答えた。
「……二~三ヶ月で帰ってこられるし、問題ないだろう……」
というか、ヒミコと距離を取りたかったのだ。
「……大丈夫かな……」という、酒場のマスターの言葉に、マコトは返事をしなかった。
いや、出来なかったのだ。
その日の夜。
仕事が決まったことを、ヒミコに報告した。
しばしの沈黙の後、ヒミコが無表情なまま口をひらいた。
「…………私のこと捨てるの?」
若干の沈黙の後、マコトが微笑んだ。
「……どうして、そうなるんだよ……」
そう答えたが内心を見透かされているようで、凄く焦った。
だから、強気に押すことにしたのだ。
「これからは、俺が稼いでヒミコを養ってやるよ!」
そこで、ヒミコが抱きついてきた。
「……私の事が好きだったら、ずっとそばにいてよ……」
だから、虚ろな目で懇願してくるなよ…………
やはり、距離を取るべきだ。
「とにかく、二~三ヶ月の間、留守にするから!」
そう言い残して、マコトが先に眠った。
ヒミコがずっと睨んできていたが、気づいていないふりをした。
五日後。
十龍の街を出て、マコトたち(傭兵)が戦地に向かった。
いま剣とか鎧を身につけているんだが、目茶苦茶重いんだな。
始めて知ったよ…………
ちなみに、いまの装備は、ヒミコからプレゼントされた物だ。
これを買うために、借金したらしい。
色々な意味で、重い一品であった。
昼頃になったので、食事休憩をすることになった。
そこで、部隊の隊長が声を掛けてきた。
「マコト、今日の見張り当番は、お前だ!」
新入りなせいか、面倒な仕事を押し付けられることが多い。
正直なところ、かなり腹が立つ。
だが、波風を立てる必要はないだろう。
「わかりました」と答えた、マコトが高地に移動した。
そこで、矢が飛んできた。
「はっ?」
慌てて矢が飛んできた方角を確認すると、敵らしい部隊がいた。
人数は、こちらの倍ほどはいる。
『敵襲!』と叫ぼうとした所で、マコトの右足に矢が突き刺さった。
せっかく、真面目に働こうとしたのに、何で!
そこで、敵が突っ込んできた。
「助けて!」と懇願しようとした所で、マコトの胸に、敵の槍が突き刺さった。
三回目の死も、これまでと同じ場所を攻撃された……
これって、偶然なのかな?
そんなことを考えながら、マコトが意識を失った。
そして、俺は森の中で、再び目を覚ました。
えーと、
十字架の木が目の前にあるし、同じ場所で間違いないだろう。
マコトが自分の体を確認した。
やはり、全て無傷だった。
これで三回目だし、時間が巻き戻っていることも確定でいいだろう。
「てか、もう沢山だ!」
十字架の木に向かって、マコトが叫んだ。
「神様とかがいるなら、元の世界に戻してください!」
それからしばらく、マコトが叫び散らしたが、返事は戻ってこなかった。