第7話 三つの訃報
この砦に籠城してから、一月ほどが経った。
小さな小競り合いはあったが、この一月は概ね平穏であった。
てか、戦争をしにきたはずなのに、部下(領主)との交渉ばかりをしているな…………
マコトが納得いかない表情を浮かべていると、ハクビシンが口をひらいた。
「そろそろ、敵に動きが出てくる頃ですね」
そういえば、そろそろ敵の食料がたりなくなってくる頃だ。
攻勢に出るのか引き上げるのかを、敵は選択しなくてはいけない。
「できたら、退却してくれないかな」
マコトが呟くと、ハクビシンが苦笑いを浮かべていた。
だって、楽したいじゃん!
そんなことを考えていると、我らの首都である十龍の街から訃報を伝える使者がやってきた。
十龍の領主である、白龍が死んだのだ。
昏睡状態に陥っていたし、余命が幾ばくもないことはわかっていた。
だが、実際に死ぬと、ショックだった。
てか、東国との戦争中に死ぬとは――
まあ、妻との結婚を認めて貰ったり、林仲の村に大幅に援助して貰った恩人だ。
この戦いに勝って、少しでも借りを返しておきたいな。
そこで、新しい当主の母親である、メープルの使者が口をひらいた。
「十龍の街で、白龍様の葬儀を行います。マコト様とハクビシン様は、急いで十龍の街に戻ってください」
この女は、本気で言っているのか?
いや、儀式的に聞いているだけだろう。
そう思って、マコトが名代を派遣しようとした。
すると、メープルの使者が叫んできた。
「あなたは、義理の父親の葬儀に参加しないつもりなんですか!」
そりゃあ、目の前に敵の大軍がいるんだし、参加しなくて当然だろ。
てか、こんなバカを使者として送ってくるなんて、メープルの側近にはろくな人材がいないみたいだな…………
そんな本音を表には出さずに、マコトが使者の説得に取り掛かった。
一時間後。
ようやく、使者が納得してくれた。
本当に、疲れたよ…………
メープルの使者が部屋を出て行ったのを確認してから、俺の妻であるエクレアの使者が耳打ちしてきた。
「マコト様が追い返した、白龍様の四男が、マコト様の悪い噂(謀反を企んでいる)を流しています」
ああ、だからメープルの使者が、俺を呼び戻そうとしていたのか。
納得だ。
てか、ライコウは殺しておけばよかったな……
マコトが物騒なことを考えていると、エクレアの使者が口をひらいた。
「エクレア様からの伝言です。『こっちは、私がなんとか押さえ込むから、マコトさんは目の前の戦いに集中してください』」
俺はできた嫁さんを貰ったな。
マコトが顔を綻ばせていると、エクレアの使者が言葉を続けた。
「それと、『最悪の場合は、見捨ててもいいから』とのことです」
あの女は、ふざけているのか?
なんで、俺が愛する家族を見捨てなくちゃいけないんだよ。
マコトが今後のことについて考えていると、部下が部屋に駆け込んできた。
「マコト様、大変です。林仲の村が、山賊に襲われました」
「…………」
しばしの沈黙の後、マコトが青ざめた表情で質問を発した。
「……冗談だろ?」
すぐに、部下が首を横に振った。
「いえ、事実です」
そこで、マコトが勢いよく立ち上がった。
「マコトさん!」
執務室を出ようとしたマコトの右腕を、ハクビシンが掴んだ。
「離してください! 俺は、家族を助けに行かなくちゃいけないんだ!」
そこで、ハクビシンが強い口調で言った。
「……ここから林仲の村まで、一週間ほどの距離があります。今から行っても間に合いません!」
そんなことはわかっている。
でも、何もしないでいるなんて、我慢できないのだ。
マコトが罵声を浴びせようとした。
そこで、部下が執務室に駆け込んできた。
「マコト様、大変です。外の敵が、大規模な攻勢に出てきました!」
なんで、次から次に問題が発生するんだよ!
若干の沈黙の後、マコトが右手を強く握り締めながら言葉を発した。
「……俺は正面門(東門)を指揮するので、ハクビシンさんは、北門の指揮を頼みます」
こちらの表情を眺めていた、ハクビシンが口をひらいた。
「……わかりました……マコトさん、無理をしないでください……」
そう言い残して、ハクビシンが執務室を出て行った。
ハクビシンさん(師匠)は、無茶苦茶な要求をしてくるな。
ここで無理をしないで、いつ無理をするんだよ!




