第4話 現代知識を使って、内政無双がしたかった…………
一時間後。
軽く休憩を挟んでから、マコトが領主の執務室で、溜まっていた内政の問題を片付けることにした。
マコトが領主(白龍)の席に座ろうとすると、新しい当主の母親であるメープルが睨みつけてきた。
いや、俺が責任者なんだし、ここに座っても問題はないはずなんだが……
マコトが「座りますね」と発言して許可を求めると、メープルが恩着せがましい口調で着席の許可をくれた。
なんか、凄く面倒なんだけど…………
マコトが顔を引きつらせていると、ハクビシンが最初の資料を持ってきた。
ちなみに、現在この部屋にいるのは、
領主代行である、俺。
俺の妻である、エクレア。
白龍の腹心である、ハクビシン。
そして、俺が勝手なことをしないように、見張るためにいるメープル。
さらに、メープルの侍女である、エコーがいた。
なんというか、『船頭多くして、船山に登る』な展開にならないといいな。
そんなことを考えていると、ハクビシンが資料の説明を始めた。
「現在、十龍の領地で、問題になっているのは疫病の蔓延です」
そういえば、人口の一割近くが死んだらしいな…………
マコトが恐る恐る資料に目を通すと、数字的には疫病は収束に向かっているみたいだ。
これって――
「聖女様のおかげで、疫病は収束に向かっているって認識でいいのか?」
マコトが問い掛けると、ハクビシンが大きく頷いた。
ふむ、聖女様には、だいぶ助けられてしまったな。
そんなことを考えていると、メープルが大きな声で主張してきた。
「あの女のせいで、疫病が蔓延しているんです!」
えらくケンカ腰だな。
てか、なんでこの女は、聖女様が嫌いなんだ?
マコトが困惑していると、妻であるエクレアがメモを寄こしてきた。
『メープルの父親は、聖女様の派閥と対立しています』
なにこれ、面倒くさい。
てか、派閥争いは、ウチの村の内部だけで十分だよ。
そんなことを考えながら、マコトが現実的な提案を口にした。
「疫病が流行った原因については解りませんが、聖女様が助力してくれたのは事実です。この地の新しい責任者として、お礼が言いたい」
そこで、メープルが発言しようとした。
それを遮るために、ハクビシンが早口で言った。
「聖女様は疫病がまだ収束していない、隣の領地に行ったので面会は無理です」
仕事熱心だね。
マコトが感心した表情を浮かべていると、妻であるエクレアが新しいメモを寄こしてきた。
『今回、大規模な疫病が発生したせいで、一部で聖女様の交代論が出ています』
うわ、中央の派閥争いになんて、絶対に関わりたくないよ!
マコトが中央と関わらない方法について考えていると、ハクビシンが手紙を渡してきた。
えーと、中身を要約すると『聖女様が、俺を十龍の領主代行として認める』と書かれてあった。
たいした後ろ盾を持っていない俺にとっては、聖女様に正式に認められるというのは大きい。
てか、このタイミングでこの内容なら、俺が領主に就任したバージョンもあるのだろう。
この聖女様は、政治がよくわかっている。
敵にはしたくないタイプの人間であった。
まあ、この貸しはいつか返そう。
マコトが手紙を他の人間にも見せると、メープルが渋い表情を浮かべていた。
こいつはもう少し、ポーカーフェイスができるようになって欲しいな…………
さてと、一番の問題(疫病関係)が解決したし、次は細かい内政の問題に取り掛かっていこう。
てか、基本的に内政問題は、現状維持が正解だと、この五年で俺は学んだ。
たとえば、『マコトさん、領地の商業を発展させたいんですけど、何かいい案はありませんか?』と、白狼(先代の当主)に意見を求められたことがある。
その時の俺は、うろ覚えの現代知識を使って、関所の廃止+商業の自由化(楽市・楽座)を提案した。
こちらの発言を聞いた、白狼が困惑した表情を浮かべて質問してきた。
『関所を廃止すると、治安が悪化すると思うんですけど、どうするんですか?』
詳しく話を聞いてみると、関所というのは現代でいうところの交番+国境警備隊みたいなものらしい。
そりゃあ、なくなったら治安も悪化するよね。
もちろん、治安悪化に対する解決方法を持っていなかったので、俺は提案を取り下げた。
ちなみに、商業の自由化(専売制の停止)も税金が減る問題+悪徳商人へ対処するための人件費増などの問題が解決できなかったので、提案を取り下げた。
『マコトさんは、優れた武人ですから!』などと慰めの言葉を貰ったのも、いまでは懐かしい思い出だ。
さて、殆どの問題は、先例に従って処理したので、反対意見も殆どなく会議は順調に進んでいった。
そして、本日最後の議題について、ハクビシンが口をひらいた。
「五年に一度の検地+人口調査なんですが、これまで通り差出検地で行こうと思います」
差出検地とは、村側(村長)などからの報告を聞くだけの検地方法だ。
当然、村側としては税金を安くしたいので、田や畑を過少に申告してくるのだ。
しばしの沈黙の後、マコトが口をひらいた。
「いや、五年に一度なんだし、こちらから人を出して、しっかりと検地を行おう」
こっちの世界にきてから、俺が唯一成功した内政が検地+地図作りだ。
ぜひ、十龍の領地でも成功させたい!
マコトが意気込んでいると、ハクビシンが渋い表情を浮かべて口をひらいた。
「私は反対です。大規模な検地を実行すると、大幅な増税になってしまいます」
一理ある。
だが、
「増税分は、税率を下げて対応すればいい」
てか、領主が領内の実態を把握していない方が不味いと思うけどね。
そういったことをマコトが目で伝えると、ハクビシンが反対の意見を述べてきた。
「ここの領地だけ税率を下げると、隣接している領主から苦情がきます」
隣の領主が税金を大幅に下げたら民衆が動揺するし、俺も勘弁して欲しいと思う。
大規模な検地をするのは、一長一短だな……
マコトが沈黙して考え込んでいると、これまで黙っていたメープルが口をひらいた。
「私はマコトさんの意見に賛成です。検地を実行して、嘘を吐いている農民を懲らしめてやりましょう!」
俺に汚れ仕事を押し付けるために、賛成しているのならいい。
だが、メープルは本当に嘘を吐いている農民に怒っているみたいだ。
政治能力だけではなくて、内政能力もかなり低いんじゃないか…………
てか、メープルとの対立を避けたいし、やはり検地は実行するべきだろう。
いや、検地を実行するなら、自分の責任でやるべきだ。
しばしの沈黙の後、マコトが強い口調で宣言した。
「俺は領主が領地の実態を把握していないのは、おかしいと思う。検地を実行して領内を把握したい!」
こちらの意思が強いことを悟った、ハクビシンとエクレアは黙ったまま頷いてくれた。
こうして、俺は大規模な検地を実行して、地獄を見ることになった。




