第18話 最後の交渉
二時間後。
領主の館以外の、長谷川の村の制圧が完了した。
殺害した村人の数は、おおよそ100。
内訳は、子供と老人が多いみたいだ。
たぶん、逃げ遅れたからだろう。
俺の命令が、完璧に実行されていた。
はっはは、素晴らしいことだ!
マコトが唇を歪ませていると、名主であるグエンが質問してきた。
「マコト様、領主の館はどうしますか?」
それは、見逃せってことか?
マコトが目で問い掛けると、グエンがキョトンとした表情を浮かべていた。
ああ、グエンは攻略方法を聞いてきただけか…………
少し落ち着こう。
深呼吸をしてから、マコトが口をひらいた。
「そうだな。火矢を打ち込んで、あぶり出すのがいいだろう」
そこで、空から水滴が降ってきた。
雨か。
まあ、すぐに止むだろう。
そう思っていたが、雨は時間と共に勢いを増していった。
前回の戦い(林仲の村での戦い)と、同じ展開だな…………
いや、呆けている場合ではない。
このままでは、部下が風邪を引いてしまうのだ。
急いで建物の中に避難を――
いや、このまま領主の館に突入するのもアリだな。
マコトが迷っていると、そばにいたハクビシンが意見を述べてきた。
「マコトさん、このまま突撃すると、私たちの兵は重り(水)を背負って戦うことになります。
残っている建物に、兵を移動させましょう」
正論だと思う。
だが、
「前回の戦いでは、休憩していた部隊が負けました。だから――」
だから、何だ?
雨が降ってきたタイミングが同じだからって、俺は前回の戦いを意識しすぎだ。
ここは――
若干の沈黙の後、マコトが右手を強く握り締めた。
「ハクビシンさんの言う通り、ここは休みましょう。ただし、見張りの兵は多めに配置してください!」
「「わかりました」」と答えた、幹部たちが自分の部隊に戻っていた。
それを見送っていると、ハクビシンが口をひらいた。
「マコトさんは、あちらの建物に」
だいぶ気を遣われているな…………
「……ありがとう……」と答えて、マコトが建物の中に入って雨宿りをした。
かなりハクビシンさんに、助けられているな。
ちゃんとお礼を言うべきだろう。
マコトが頭を下げようとした所で、ハクビシンが近づいてきた。
「マコトさん、青丘の村を滅ぼした、強力な山賊はいましたか?」
これまでの戦いを思い出してから、マコトが答えた。
「そういえば、見ませんでしたね。領主の館にいるのでは?」
こちらが予想を述べると、ハクビシンが首を横に振った。
「戦闘能力に自信がある人間が、この戦いに参加しない理由があるとは思えません。彼らは、不在の可能性が高いでしょう」
強力な傭兵団が不在というのは、朗報だった。
これで、楽に勝てるな!
マコトが顔を綻ばせていると、ハクビシンが沈痛な表情を浮かべて意見を述べてきた。
「マコトさん、敵の降伏を認めませんか?」
いまさら、何を言っているんだ?
報復の連鎖を食い止めるために、敵の皆殺しを主張していたのは、ハクビシンだったのに!
マコトが睨みつけて返答を促すと、ハクビシンがゆっくりと唇を動かした。
「生き残った傭兵団が、私たちに報復してくる可能性があります。何人か捕らえて、人質として確保しておきましょう」
メチャクチャ辛辣だな…………
だが、悪い選択肢ではないだろう。
そんなことを考えていると、見張りを任せていた部下が部屋に入ってきた。
「マコト様、敵の館から使者がきています」
偶然だと思うが、凄いタイミングだな――
「人数は、1人か?」
こちらが尋ねると、部下が答えた。
「いえ、男女1名ずつです」
交渉役と、人質って所かな?
「わかった。会うから、この部屋に案内してくれ」
こちらが指示すると、部下が部屋を出て行った。
さてと、幹部を呼んで相談するか――
いや、弱気になっているな。
交渉するのは、俺一人で十分だ。
他の幹部連中には、引き続き敵の館を見張らせておこう。
マコトが手を握りしめながら待っていると、ハクビシンが微笑んだ。
「大丈夫。マコトさんは、私が守りますから!」
前回の戦いで、その台詞を言った人間(ヒミコの弟)は死んだんだが…………
まあ、ハクビシンは好意で言ってくれたのだろう。
「ありがとうございます」と、マコトが答えた。
そこで、敵の使者が部屋に入ってきた。
男性の方は普通だが、女性の方は明らかにこちらを睨んでいた。
まあ、気持ちはわからないでもないが、使者としては失格だな。
そんなことを考えていると、使者の男性が口をひらいた。
「林仲の領主、マコト様。どうしたら、兵を引いてくれますか?」
俺の名前を知っているのか?
当てずっぽうでないなら、自分の村出身の傭兵団が、何をやっていたか知っている可能性が高いな…………
マコトが相手の素性について考えていると、隣にいたハクビシンが「ゴホン」と咳払いした。
いかんな、考え込んでしまった。
本題に戻ろう。
えーと、こちらが退去する条件か。
皆殺しにする予定だったから、条件なんて考えてないんだが…………
しいて言えば、
「この村の住民を全て、我が国で奴隷として売り飛ばしたい」
これが出来れば、長谷川の村は再起不能だろう。
そこで、敵の女性が叫んできた。
「ふざけているのか!」
まあ、怒りたくなる気持ちはわかるよ。
でも、冗談ではないんだよ。
こちらが睨み返して冗談ではないと伝えると、使者の女性が顔を歪ませた。
「……どうして、こんな酷いことが出来るんですか?」
何でって、そりゃあ――
「三ヶ月ほど前に、ウチの村が山賊に――」
そこで、使者の男性が叫んできた。
「マコト様! どうしても、引いてくれないんですね!」
俺の発言を遮ったってことは、こいつは自分の村出身の傭兵団が、何をしたか知っているんだな。
使者を睨みつけて、マコトが強い口調で言った。
「ああ、俺たちは、この村を潰しに来たんだ。先ほどの条件が呑めないなら、戦うだけだ!」
こちらの宣言を聞いた、使者の男性が答えた。
「交渉は決裂ですね。失礼します」
そう言い残して、使者の二人が出て行った。
まあ、交渉が上手くいく可能性なんて、殆ど0だとわかっていた。
だが、期待していなかったと言ったら、ウソになるだろう。
そこで、マコトが大きく息を吐き出した。
「ふう」
まだ俺には覚悟が足りなかったのかな?
そんなことを考えながら外を確認すると、雨が止んでいた。
どうやら、決断をしなくてはいけないようだ。
しばしの沈黙の後、マコトが指示を出した。
「十分後に、領主の館を力攻めする! 俺が合図したら、部隊長は兵を率いて突撃してくれ」
「わかりました」と答えた、兵が部隊長に知らせに行った。
これで、サイは投げられた。
この村を地獄に――
いや、この村はすでに地獄になっているか。




