第13話 林仲の村への帰還
大滝の兵士(村人)が、領主であるサキサカの死体を運んできた。
本物だ。
わずか十分ほど前には、生きていたのに…………
もし俺が山賊への追撃を止めていたら。
もしくは、最強の戦士である、ハクビシンを連れてきていれば結果は変わったのかな?
いや、過去を振り返るな。
どんなに辛くても、前に進むしかないのだ。
大きく頷いてから、マコトが指示を出した。
「……サキサカさんの仇を取りたいけれど、怪我人が多くて追撃は難しい……」
現在の時点で、子供たちの半数(10人ほど)が、一人では歩けない状態だった。
これを見捨てて追撃するのは厳しい。
そばで話を聞いていた、名主のグエンも頷いてくれていた。
だが、本当に追撃しなくていいのか?
あの山賊のボスは、かなり危険だぞ!
マコトが沈黙して考え込んでいると、名主であるグエンが尋ねてきた。
「マコト様。今日は、ここで野営するんですよね?」
おっと、仕事に戻ろう。
「ああ、夜が明けたら、青丘…………いや、林仲の村に向かおう」
距離的には、青丘の村の方が近い。
だが、青丘の村は半壊したので、本拠地である林仲の村に戻ることにしたのだ。
「わかりました。マコト様は、先に休んでください」
そうだな。
正直なところ、俺も限界に近かった。
だが――
「報告を聞いたら、休むよ」
最低限の指示は出しておかないとね。
それから、十分後。
部下からの報告が集まってきた。
敵の死者は、10名。
こちらの死者は、5名。
そして、捕虜になっていた子供たちは救出できた。
これだけなら、大勝利といってもいいだろう。
だが、幹部が二人もやられているのだ。
勝利といえるのかは、微妙なところだろう。
報告を聞き終わった、マコトが口をひらいた。
「敵が戻ってきて、こっちを襲ってくる可能性は低いけど、警戒は怠らないでくれ」
「わかりました」と、名主であるグエンが答えてくれた。
さてと、出さなくてはいけない指示は、こんな所かな。
「悪いけど、先に休ませて貰う。四時間ほどしたら、見張りを交代するから起こしてくれ」
そう言い残して、マコトがテントに入った。
そして、横になってすぐに、マコトが眠りについた。
翌日の早朝。
マコトが目を覚ました。
えーと、見張りを交代するつもりだったのに、起こされなかったな。
どうやら、かなり気を遣われたみたいだ。
そんなことを考えながらテントの外に出ると、名主であるグエンが近づいてきた。
「マコト様、おはようございます。食事ができているので、どうぞ」
グエンは、本当に気がきくな。
「ありがとう。グエンは、休んだのか?」
こちらが問い掛けると、グエンが小さく頷いた。
「はい、二時間ほど仮眠を取らせて貰いました」
まあ、最低限は休んでいるようで、よかったよ。
「それじゃあ、俺が指揮を交代するから、食事が出来るまで休んでくれ」
こちらの発言を聞いた、グエンが微笑んだ。
「お願いします」
やっぱり、グエンは無理をしていたのかな?
まあ、この状況なら、無理もしたくなるか。
そして、その日の夕方。
マコトたちが、無事に林仲の村に到着した。
だが、大量の怪我人を連れてきたことで、村に残っていた人間が混乱していた。
まあ、死者が出ることは想定していても、二十人近い怪我人を連れてくることは、想定していなかったのだろう。
名主補佐であるヒミコに近づいて、マコトが指示を出した。
「青丘の村の子供たちを、しばらく領主の館で預かることにした。二十名ほどいるから、ヒミコ、世話を頼む」
こちらの発した無茶ぶりに、ヒミコが笑顔で答えてくれた。
「わかりました、任せてください」
こっちは、これでよしと。
次は――
そこで、タンカで運ばれていたコジロウに、妻であるサラが近づいた。
不味い。
余裕がなくて、完全に忘れていた。
くそ、事前に根回ししておくべきだったのに――
マコトが唇を強く噛みしめて様子を伺っていると、サラが口をひらいた。
「……お帰りなさい……お役目、ご苦労様です……怪我は大丈夫ですか?」
体を無理矢理起こして、コジロウが頭を下げた。
「……ごめん……大きな怪我をしてしまった……結婚の話は、白紙に――」
そこで、サラが叫んだ。
「私の事を捨てるんですか?」
コジロウが困惑した表情を浮かべていた。
まあ、台詞を言う人間が、逆の方が正しい場面だからな。
若干の沈黙の後、コジロウが言葉を紡ぎ出した。
「……でも、俺は君を養っては――」
そこで、サラが首を横に振った。
「大丈夫。私は、貧乏には慣れています!」
領主としては、領民に言わせてはいけない台詞だよな…………
マコトが手を強く握り締めていると、サラが涙を流しながら懇願した。
「……もう、一人にはしないでください……」
そうか。
サラには、もう家族はいないんだった。
コジロウは、よいお嫁さんを貰ったよな…………
あの二人については、大丈夫そうだった。
さてと、俺は俺にしか出来ないことをしよう。
それは、林仲の村と青丘の村を襲った、山賊の本拠地(出身村)を襲撃する計画について考えることだ。
その日の夜。
マコトが自分の執務室に、幹部を集めた。
メンバーは――
名主であるグエン。
名主補佐のヒミコ。
見学のエクレア+従者の二人。
そして、最強の戦力であるハクビシンだ。
本当は、この場に新しく名主になったコジロウと、大滝の領主であるサキサカがいて欲しかったな…………
いや、過去を振り返るな。
いまは、前を向いて進むんだ。
今回の遠征の結果について、マコトが詳しく説明した。
十分後。
詳細を知った人間が、沈痛な表情を浮かべていた。
まあ、被害が甚大だし、当然のリアクションだろう。
そんな彼らを見回してから、マコトが宣言した。
「ウチの村を含めると、これで三度目の襲撃だ! 俺は、山賊に報復を行うつもりだ!」
そこで、寄り親の娘である、エクレアが意見を述べてきた。
「待ってください。いまは傷ついた人たちの生活を、立て直すのが先決だと思います!」
まあ、そういった考え方もあるだろう。
だが、林仲の村が襲われた後に、俺がすぐに報復をしていたら、青丘の村は滅びなかったんじゃないかな?
まあ、『たられば』を言ったらキリがないのは、わかっている。
だから、マコトが決意を込めるようにして強い口調で言った。
「山賊の襲撃に怯えるのは、もうたくさんだ!
俺は奪われる側ではなく、奪う側になるんだ!
反対の意見の者はいるか?」
マコトが問い掛けると、エクレア以外の人間が賛成してくれていた。
この世界の領主として、俺は間違ってないみたいだ。
はっはは。
本当に、最悪な世界だよ!
マコトが手を強く握りしめながら、名主であるグエンに指示を出した。
「グエン、捕虜から引き出した情報を教えてくれ!」
大きく頷いてから、グエンが唇を動かした。
「青丘の村を襲った傭兵団と、ウチの村を襲った傭兵団は、同じ村の出身でした」
村の名前は、長谷川
名前からも解る通り、谷と川が近くにある村だ。
人口は300ほどで、ウチの村と同様に国境(東国に所属している)にある貧しい村だ。
ウチの村との違いは、鉱山への出稼ぎの当てがないことぐらいだろう。
いや、向こうの事情なんて、どうでもいいのだ。
問題は、勝てるかどうかだ。
向こうの村は、山賊が四十名死亡したとはいえ、ほぼ無傷だ。
「……俺たちだけでは、勝利するのは難しいだろう。ここは、寄り親に報告するついでに、援軍を出して貰おう」
こちらの発言を聞いた、エクレアが意見を述べてきた。
「待ってください。お父様に知らせたら、本格的な戦争になってしまいます!」
まあ、そうなる可能性は低くはないだろう。
だが――
「戦争になって、何が悪いんだ?」
林仲の村の死者は、70人。
青丘の村の死者は、80人。
開戦の理由としては、正当な部類に入るだろう。
こちらが目でそう伝えると、エクレアが沈黙した。
よし、反対の者はいなくなったし、寄り親の本拠地に行く面子を考えよう。
えーと、
「名主のグエンと、ハクビシンさんは残って、この村を守ってください」
こちらが頭を下げて頼むと、グエンとハクビシンが大きく頷いてくれた。
「そして、エクレアさんは、俺と一緒に寄り親の本拠地に戻って貰います」
俺にはこれ以上、エクレアさんを守りきれる自信がなかった。
こちらが目で確認すると、エクレアが拒否しなかった。




