第12話 夜襲
夜の森の中を行軍するのは、精神的にも肉体的にも、かなり辛かった。
まあ、案内してくれる人間(青丘の村の名主であるダン)がいるだけ、マシか。
もしダンがいなかったら、全員迷子になっていただろう。
そんなことを考えていると、予定していた戦場(水場)の近くに到着した。
お、予想通り敵がいた。
えーと、敵は複数の見張りを立てているみたいだな。
どうやら、敵は雑魚ではないみたいだ。
まあ、青丘の村を潰しているのだから、当然か…………
マコトが無言で手を動かして、配置につくように促すと、小隊長(名主)であるグエンとコジロウが、部下を率いて指示された場所に向かった。
今回の作戦では、俺が二十名を率いて、正面(西)を担当。
グエンが十名を率いて、北。
コジロウが十名を率いて、南を担当することになっている。
東に誰も配置していないのは、敵が逃げられるようにするためだ。
ちなみに、大滝の領主であるサキサカが前に出ることを進言してくれたが、同士討ちが怖いので、今回は遠慮して貰った。
現在は、予備兵力として、少し後方に控えている。
予備兵力を突入しなくてもいい、戦況になって欲しいものだ。
そんなことを考えていると、部下の二人が配置についたようだ。
よし、始めよう。
前に進み出た、マコトが大声で叫んだ。
「十龍の領主、白龍の騎士ハクビシンが、青丘の村の子供たちを救いに来たぞ!」
昼間の戦闘だったら装備とかで、すぐに嘘がばれてしまうだろう。
だが、夜だからしばらくは、ばれないはずだ。
てか、ハクビシンさんの名前を聞いて、びびって逃げてくれないかな?
そんなことを考えていると、敵のボスらしき男が叫んできた。
「攻撃を止めないと、ガキどもを殺すぞ!」
うわ、予想していた中で、最悪の展開だな…………
ここで攻撃を中止しても、状況は改善しないのだ。
だから、躊躇するな。
息を大きく吸い込んでから、マコトが叫んだ。
「放て!」
マコトの命令を聞いた、部下たちが一斉に矢を放った。
多くの矢は山賊に当たったが、何本かの矢は、テントの中にいた子供たちにも当たっていた。
山賊とは交渉しないと決めていたが、キツイ光景だな…………
「山賊ども、東には兵を配置していない! 逃げるなら、東に向かえ!」
マコトが敵に撤退を促すと、敵のボスらしき男が叫び返してきた。
「人質を、二~三人殺せ!」
逃がしてやると言っているのに、何でそこまでするんだ?
いや、相手視点だと、こちらが真実を言っているのか、解らないか…………
そこで、南を担当していた、名主のコジロウが叫んだ。
「ふざけるな!」
そして、コジロウが持ち場を離れて、敵に突撃した。
何をやっているんだ、あいつは?
いや、コジロウには幼い妻がいたんだ。
子供たちを見捨てられないのは、予想が出来たことだ。
「くそ、俺たちも前進だ!」
マコトの指示に従って、部下たちが敵に突撃した。
敵は混乱から立ち直って、こちらと五分に渡りあっているな。
やはり、優秀な指揮官がいると、シンドイな…………
てか、山賊のボスが人質の子供たちを殺していないな。
どうやら、俺たちは釣り出されてしまったみたいだ。
後で、コジロウには説教をしなくてはいけないな。
いや、こちらが正規軍を名乗ったから、敵が人質を殺そうとしたのかもしれない。
部下のせいにするのは、よくないな。
そんなことを考えていると、味方が押し始めていることに気がついた。
敵の人数が、思っていたよりも少なかったのだ。
よし、このまま一気に。
「ほら、ほら、味方の一部が東に逃げ出したぞ! お前たちは、まだ踏ん張るのか!」
マコトが煽ると、敵の一部が動揺し始めた。
暗闇で状況がつかめないことが、こちらに有利に働いているな。
そのことに気づいたのか、山賊のボスが叫び声を上げた。
「一旦、引くぞ!」
よし、こちらの思惑通りだ。
マコトが顔を綻ばせていると、山賊のボスが捕虜の子供たちの足を斬りつけた。
たぶん、こちらを足止めするためだろう。
えげつないな!
マコトが唇を強く噛みしめていると、コジロウが叫んだ。
「ふざけるな!」
そして、コジロウが山賊のボスに襲い掛かった。
二人が交錯した直後、コジロウの腕から大量の血液が飛び散った。
あのバカ、また勝手に前に出やがった。
いや、躊躇していた、俺の代わりに前に出てくれたのかもしれない。
「コジロウを見捨てるな! 突撃!」
剣を振るいながら、マコトも前に進む。
てか、山賊のボスが信じられないほど強いな…………
コジロウを救いに行った、部下が瞬殺されている。
くそ、距離を取って、弓で攻撃するのが正解だったのか?
そこで、山賊のボスと目が合った。
こちらに対して、山賊のボスが強烈な憎悪の感情をぶつけてきた。
怖いと思ったのが、半分。
もう半分は『ふざけるな!』という感情だった。
隣村を滅ぼした、お前が憎悪を向けてくるなんて、絶対におかしい。
「来るなら、こい!」
マコトが剣を握りしめていると、山賊のボスが叫んだ。
「全軍、撤退だ! 東に向かえ!」
こちらの部下を蹴散らしながら、山賊のボスが東に逃げていった。
よし、最低限の目的は達成できた。
あとは、山賊を追撃するかどうかだ。
あの山賊のボスを逃がすのは、かなりヤバいかもしれない。
だが、夜の森の中を追撃するのは、こちらもかなり危険だ…………
マコトが迷っていると、大滝の領主の部下がやってきた。
「マコト様、我が主サキサカ様からの伝言です。『山賊への追撃は、私たちに任せて欲しい』以上です」
手柄を立てやすい、追撃戦のみ参加するのか……
いや、この状況なら、そんなに美味しい戦場ではないな。
小さく頷いた後、マコトが口をひらいた。
「頼みます。それと、サキサカさんに、『深追いはしないでください』と伝えてください」
「わかりました」と答えて、大滝の領主の兵が去っていった。
さてと、戦闘の後始末に取り掛かるとしよう。
えーと、捕虜になっていた青丘の村の子供たちについては、同じ村の名主であるダンに何人かつけて任せよう。
俺は、自分の部下の面倒をみることにした。
たしか殺されたのは、二人。
それと、名主であるコジロウが怪我をしたはずだ。
そこで、名主であるコジロウの叫び声が聞こえてきた。
「頼むから、殺してくれ!」
おい、おい。
穏やかではないね。
マコトが近づいて状況を確認すると、コジロウの右腕が取れ掛かっていた。
一目見て、腕を切り落とさないと助からない、怪我だと解った。
何で、こんな事に…………
マコトが呆然と立ちつくしていると、コジロウが叫んだ。
「このまま生き残ったら、妻に迷惑を掛けてしまう! お願いだから、殺してくれ!」
現代日本なら腕一本失っても、社会保障とかがあるので何とかなるだろう。
だが、この世界の貧農が利き腕を失うのは、致命的だ。
そして、十歳の女の子に、障害者の面倒を一生みろというのは、酷な話である。
コジロウの言い分も理解は出来る。
だが!
「お前は、ここで死ねば楽になれるだろう! だが、お前が死んだ後、お前の幼い妻に、俺は何と説明すればいいんだ?」
こちらが強い口調で問い掛けると、コジロウが苦しそうに唇を動かした。
「……夫は勇敢に戦って、死んだと伝えてください……」
予想通りの答えだな。
「俺がそう答えた場合、ここにいる全員が、お前の妻に一生、嘘をつき続けなくてはいけなくなるんだぞ!」
こちらの発言を聞いた、コジロウが困惑した表情を浮かべた。
「……そ、それは……」
まあ、大怪我をしたばかりなんだし、こっちの事までは頭が回らなかったのだろう。
だから、マコトが強い口調で言葉を続けた。
「そんな無茶な要求をするよりも、生き残って何が出来るのか考えろ!」
そこで、コジロウが叫んだ。
「頭の悪い私には、力仕事ぐらいしか出来ません!」
事実だ。
貧村の農民に出来ることなんて、殆どない。
だが!
「甘えるな!
俺は、この二ヶ月で文字の読み書きを覚えたぞ!
お前に覚える気があるなら、俺が読み書きを教えてやる!」
コジロウの目に、少しだけだが光が戻ってきた。
よし、もう少しだ。
「お前は、生き残っても死んでも迷惑を掛けるんだ。だったら、生き残って、他の人への負担を少しでも減らせ!」
ずいぶんと酷いことを言っているよな。
だが、優しい言葉よりも、今はキツイ言葉の方が響くはずだ。
しばしの沈黙の後、コジロウが言葉を発した。
「…………お、おれは生きてもいいんですか?」
大きく頷いた後、マコトが叫んだ。
「ああ、生きろ!」
よし、説得成功だ。
もっとも、本当の地獄はこれからだ。
この後、コジロウの右腕を切り落とさなくてはいけないのだ。
正直なところ、誰かに代わって欲しい。
だが、領主としては、他の人間に任せるわけにはいかなかった。
大きく息を吐き出した後、マコトが指示を出した。
「これから、コジロウの右腕を切り落とす。傷口を焼くから、火を用意してくれ!」
近くにいた部下が、急いで火を起こしてくれた。
本当は消毒とかをした方がいいのだろうが、酒とかがないので、このままやることにした。
剣を抜いたマコトが、コジロウに近づいた。
「コジロウ。これから、お前の右腕を切り落とす」
若干の沈黙の後、コジロウが小さく答えた。
「……はい……やってください……」
恨み言はなしか。
強いな…………
大きく息を吸い込んでから、マコトが剣を振り上げた。
コジロウの右腕は、すでに取れ掛かっているのだ!
一撃で決める!
マコトが全力で剣を振り下ろすと、コジロウの体から右腕が切り離された。その切り離された右腕が、地面に落ちて『ドサ』という鈍い音が鳴った。
たぶん、俺は一生、この音を忘れることが出来ないだろう。
いや、まだだ。
「次は、傷口を焼くぞ! 火を持ってこい!」
こちらの発言を聞いた、部下がすぐに火を渡してきた。
人を殺したのは、始めてではない。
だが、人を焼くのは始めてであった。
いや、躊躇するな。
「行くぞ!」と声を掛けてから、マコトがコジロウの傷口を焼いた。
「うああああ!」
これまで、耐えていたコジロウが悲鳴を上げた。
「もう少しだ! 我慢してくれ!」
マコトが呼び掛けると、コジロウが意識を失った。
よし、治療完了だ。
これで、コジロウは助かるだろう。
そこで、焼けた肉のニオイが漂ってきた。
たぶん、このニオイも、俺は一生忘れることが出来ないだろう。
そんなことを考えていると、部下が早足で近づいてきた。
「マコト様、大変です。大滝の領主、サキサカ様が戦死しました」
この地獄は、まだ続くのか…………




