第3話 戦闘能力がない俺は、英雄になれなかった
マコトが十字架の木を睨みつけていると、女の子が話しかけてきた。
「そこで、何をしているんですか?」
おお、言葉が解るって、素晴らしいことだな。
こちらが軽く感動していると、女の子が探るような視線を向けてきた。
まあ、不審者だし、当然のリアクションだろう。
「失礼。道に迷ったみたいで、動転してしまいました。ここがどこか教えてくれませんか?」
こちらが問い掛けると、女の子が答えてくれた。
「ここは、林仲の村の近くです」
聞いたことがない村名だった。
まあ、田舎だし当然か。
「この近くにある、一番大きな街の名前を教えてくれませんか?」
小首を傾げながら、女の子が口をひらいた。
「十龍という街が、ここから一週間ほど行ったところにあります」
それは、聞いたことがある都市名だった。
てか、情報交換ができるって、本当に素晴らしいな。
ニッコリと微笑んでから、マコトが唇を動かした。
「ありがとう。それじゃあ、その街に行ってみます」
こちらの発言を聞いた、女の子の表情が曇った。
「ここからでは、一週間ほどかかりますよ。村で休んでからにしませんか?」
優しい子だった。
だから、こちらも親切心で助言したのだ。
「林仲の村は、このあと山賊に襲われるから戻らない方がいいよ」
『何を言っているんだ、こいつは?』みたいな目を、女の子が向けてきた。
まあ、正しいリアクションなんだけど、結構キツイな。
そこで、村の方から戦闘音が聞こえてきた。
こちらの顔をチラッと確認してから、女の子が急いで村に戻っていった。
俺には、女の子を助けなくてはいけない義理はない。
だが、見捨てるのは後味が悪いだろう。
くそ、言葉さえ通じなければ、こんな気持ちにはならなかったのに――
マコトが女の子を追いかけることにした。
三分後。
村が見えてきた。
てか、酷いな。
山賊が村人を殺しているよ。
これが、本当の戦闘か…………
現代日本に生まれた、俺には無理だな。
そんなことを考えていると、先ほどの女の子が山賊に向かっていこうとしていた。
マコトが慌てて近づいて、女の子の手を掴んだ。
「君が行っても、死ぬだけだよ」
「離してください! 弟が!」
そこで、女の子の視線の先にいた、男の子が山賊に首をはね飛ばされた。
その光景を見ていた、女の子が泣き崩れた。
この子の弟が、殺されたのか…………
てか、なんで俺がこんな修羅場を経験しなくちゃいけないんだ!
本当に、元の世界に戻してくださいよ!
そんなことを考えながら、マコトが女の子を物陰に連れ込んだ。
もちろん、エッチなことをするためではなく、山賊をやり過ごすためだ。
てか、この状況でエッチな気分になれるのは、相当アレな人間だけだと思う。
二時間後。
村から、山賊が引き上げていった。
そして、山賊が見えなくなると、女の子が無表情なまま口をひらいた。
「……手を離してください……」
いや、この状況で自由にすると、何をするか解らないからな…………
マコトが躊躇していると、女の子が死んだ目で語りかけてきた。
「……もう山賊はいなくなったんだから、手を離してください……」
これ以上、手を掴んでいると、刺されそうだな……
マコトが手を離すと、女の子が弟の所に向かった。そして、弟の首を抱きしめて、女の子が号泣した。
心の底から叫びたい、家に帰してくれと!
三十分後。
落ち着きを取り戻した、女の子が口をひらいた。
「……みんなを埋めるのを、手伝ってください……」
その頼みを断るのは、俺には無理だった。
てか、何で俺は逃げ出さなかったんだ?
いや、この状況で逃げ出せるほど、俺は人でなしにはなれなかった。
それから、三日間。
俺は、穴を掘り続けた。
村人全員分(夏祭りで、全員が広場に集まっていたらしい)の穴を掘るのは、大変だった。
だが、重労働よりも、空気が重いことの方が問題だ。
基本的に、女の子との会話は事務的なものしかなかった。
てか、三日も一緒にいるのに、俺はまだ女の子の名前を知らなかった。
いや、知らないまま、別れた方がいいだろう。
そんなことを考えていると、全ての村人の墓が完成した。
その墓の前で、女の子が祈りを捧げている。
よし、このままそっと、ここを立ち去ろう!
マコトが逃げようとしたところで、女の子の悲壮な声が聞こえてきた。
「……みんなの仇は、絶対に取るから……」
そんな修羅の道を選ばなくてもいいのに――
いや、俺も両親を殺されたら、復讐したいと思うだろう。
そこで、女の子が顔を上げて語りかけてきた。
「……それじゃあ、十龍の街に行きましょう……」
えーと、
「俺は十龍の街に行くつもりだったけど、君は何をしに行くの?」
こちらが問いかけると、女の子が凄惨な笑みを浮かべた。
「領主様に今回の件を報告して、山賊を退治してもらいます!」
悪い手ではないと思う。
だが、潰れてしまった村の報復を、領主がしてくれるかは不明だった。
まあ、俺には女の子の同行を断る理由はないだろう。
いや、一つだけ聞くべきことがあったな。
それは――
「名前を教えてくれないかな? ああ、俺の名前はマコト」
少し驚いた表情を浮かべた後、女の子が口をひらいた。
「……ヒミコです……」
こうして、俺はやっと女の子の名前を知ることが出来た。