第8話 コジロウ(名主)の結婚問題
翌日。
村の幹部(名主)であるグエンとヒミコに、マコトが執務室で質問を発した。
「新しく名主になったコジロウさんに、お嫁さんを紹介しようと思うんだけど、誰かいい人いない?」
昨日、お酒作りの材料集めの帰りに立ち寄った、開拓地には男性しかいなかった。
これから、十年単位で続くであろう、開墾作業。
結婚できるという、実例を早めに作り出して、彼らの士気を維持したいのだ。
てか、俺は領主になってから、村人の懐柔ばかりを考えているな。
なんか領主というよりも、中間管理職っぽくないか…………
マコトが不服そうな表情を浮かべていると、名主であるグエンが意見を述べてきた。
「財産のない、コジロウさんの所に、嫁ぎたいと思う女性はいませんよ」
コジロウは映画俳優みたいに、イケメンなのに嫁のなり手がいないとは――
まあ、貧乏なところに嫁ぐと、誇張抜きで餓死する可能性があるからな。
女性を攻める気にはなれなかった。
ヒミコの方に視線を向けると、ヒミコが首を横に振っていた。
そっちにも当てがないのか…………
破産した家の娘を俺が買い取って、コジロウに嫁として斡旋する(ヒミコパターン)しかないのかな?
そんなことを考えていると、名主であるグエンが意見を述べてきた。
「マコトさんが面倒を見ている、孤児の女の子から選べばいいのでは?」
これまで黙って話を聞いていた、エクレアが立ち上がった。
「私は反対です! 十歳の女の子に、三十近い男性を紹介するのは間違っています!」
もっともな意見である。
だが、コジロウと同世代の女性だと、未亡人くらいしかいないからな…………
しばしの沈黙の後、マコトが唇を動かした。
「とりあえず、コジロウさんと、お嫁さん候補(孤児)の女の子を呼んできてくれ。二人の相性を調べてみよう」
ちなみに、エクレアがこちらを睨んでいたようだが、無視しておいた。
五分後。
孤児になった女の子で最年長(十歳)である、サラが執務室にやってきた。
十歳の女の子を、二十八歳の男性に紹介する。
現代日本なら、間違いなく犯罪行為だよな…………
そんなことを考えていると、エクレアがホットケーキっぽい物を作ってきてサラに出した。
「これ食べていいの?」
少し舌っ足らずな口調で問い掛けたサラに、エクレアが微笑んだ。
「どうぞ」
許可が出たので、サラがホットケーキを口に運んだ。
直後、満面の笑みを浮かべて、サラが呟いた。
「こんなに美味しい物を食べたの、始めて。今日は、お祭りなの?」
そこで、言葉を一旦区切ってから、サラが質問してきた。
「それとも、よくない知らせ?」
うわ、罪悪感から美味しい物を出した結果。
こちらの意図が、半分くらいばれてしまったよ…………
あたふたしていたエクレアを遠ざけて、マコトが質問した。
「サラは、新しく名主になった、コジロウさんのことを、どう思う?」
直球で聞いてみた。
いや、後で考えてみると、漠然とした質問だったな…………
若干の沈黙の後、サラが口をひらいた。
「……凄く格好いいけど『鉱山に出稼ぎに行っていた人たちは、貧乏だから近づくなって』お母さんが言ってたよ」
薄々は感じていたことなんだが、やはり差別意識があったか。
元からいた村人と、新規開墾組の融和も考えなくてはいけないな。
てか、俺は本当に中間管理職みたいだな…………
マコトが自分の立ち位置について悩んでいると、サラが問い掛けてきた。
「マコトさん。私が結婚したら、下の子たちを無理に結婚させないと、約束してくれますか?」
この短いやり取りで、何でそこまで察せられるんだよ!
「…………」
マコトが困惑していると、サラが言葉を重ねてきた。
「約束してください!」
てか、
「そもそも無理に結婚させるつもりはないよ」
無理に結婚させて刃傷沙汰とかが発生したら、俺の評判が下がってしまうのだ。
それは、絶対に避けたかった。
そこで、「失礼します」と言って、新しく名主になった、コジロウが執務室に入ってきた。
そのコジロウの姿を確認した、サラが問い掛けた。
「コジロウさんは、私よりも先に死なないと約束してくれますか?」
うわ、十歳の女の子が口にするべき、台詞ではないな。
てか、この村の人間は、みんな精神年齢が高すぎる。
いや、両親が死んだのだし、もう子供では入られないのか。
若干の沈黙の後。
状況を察知した、コジロウが強い口調で答えた。
「俺は先陣を切る小隊長(名主)だから、約束は出来ない。でも、生き残りたいとは思っているよ」
大きく頷いた後、サラが微笑んだ。
「わかりました。私は、コジロウさんと結婚します」
こうして、二人の結婚が決まった。
一週間後。
新しく名主になったコジロウと、孤児の女の子であるサラの結婚式が開かれることになった。
新規開墾組は、大喜びである。
やっぱり、具体的な希望を見せてやったのは、正解だったな。
ちなみに、元からの村人の出席者は少ない。
やっぱり、彼らとの溝は深いみたいだ…………
マコトが融和策を考えていると、コジロウが叫んできた。
「俺は、サラちゃんが大人になるまで、絶対に手を出さないぞ!」
コジロウの宣言を聞いた、コジロウの仲間たちが「本当か?」とか「我慢できるのか?」と、ヤジっている。
それに対して、コジロウが叫び返した。
「そりゃあ、エッチなことはしたいけど、こんな俺の所に嫁に来てくれたんだ! 大切にしたいんだ!」
まあ、コジロウがロリコンに目覚めなくて、本当によかったよ。
てか、これでコジロウは前線に出しにくくなったよな…………
そして、結婚式は滞りなく終了した。
まあ、質素な式だったが、みんなに祝福された、よい結婚式だったと思う。
ハクビシンが酒に酔って、暴れたこと。
そして、エクレアが号泣しながら「幸せになるんだよ」と連呼していたのを除けば、文句のつけようのない式だった。
それから、二ヶ月。
大きな問題も発生せずに、時間が過ぎていった。
そして、エクレアから文字の読み書き。
それと、ハクビシンからの戦闘訓練の基礎課程が終了した。
次の段階に進むべきか悩んでいると、マコトの執務室に村人が駆け込んできた。
「マコト様、大変です。隣村の近くに、山賊が現れました!」
どうやら、俺の平穏な日常は終わったみたいだ。




