第1話 半壊した村の再建に取り組もう
山賊との戦いが終わった、翌日。
ヒミコが作ってくれた温かいスープを、マコトが完食した。
「ありがとう、美味しかったよ」
こちらの発言を聞いた、ヒミコが微笑んだ。
「ありがとうございます。マコト様は、休んでください」
そうだな。
かなりの大怪我を負ったし、休むべきだろう。
いや、俺は領主なのだ。
村の再建に取り組むべきだ。
「ヒミコ、今後のことについて話し合いたいから、村の幹部(名主)を呼んできてくれ」
こちらが強い口調で命令すると、しばらく沈黙していたヒミコが答えた。
「……わかりました……」
そして、ヒミコが部屋を出て行った。
ヒミコは、少し怒っていたな。
ごめん。
でも俺は領主として、仕事を全うしたいんだよ。
十分後。
領主の執務室には、
領主であるマコト。
名主のグエン。
名主補佐(怪我をしているヒミコの父親)の代理として、ヒミコ。
そして、見学のエクレアと、その従者二名が集まっていた。
本来ならば、領主+三人の名主で開催されるべき会議なんだが、名主二人はこの前の戦闘で死んでしまったのだ。
幹部総入れ替えって、どんなブラック企業だよ……………
いや、嘆いていても状況は改善しないのだ。
唯一残っていた名主のグエンに、マコトが語り掛けた。
「まずは、生存者の確認からしていこうと思う。村人の名前が書かれた、名簿がある場所を知らないか?」
こちらが問い掛けると、グエンが首を横に振った。
「ありませんよ」
若干の沈黙の後、マコトが唇を動かした。
「ああ、山賊の襲撃で、名簿が保管されていた倉庫が燃え落ちたってことか?」
たしか、倉庫が二つほど駄目になっていたはずだ。
「いえ、元々名簿が存在していなかったという意味です」
ヒミコの方を確認すると、大きく頷いていた。
「どういうことだ?」
俺の常識では、名簿は存在していて当然の物なのに――
そういった思いを込めて、こちらが問い掛けると、グエンが口をひらいた。
「村人の名前なら、全員わかりますから」
そうか、人口が250の村なら、覚えられる範囲だったか。
「それに、質のいい紙は高価です」
納得の理由だった。
そこで、エクレアが手を上げて質問してきた。
「質のいい紙って、幾らぐらいするんですか?」
わからないことを、素直に聞けるのは、エクレアの長所だな。
こちらが先を促すと、グエンが口をひらいた。
「名簿を作るために使う、質のいい紙なら銀貨三枚(農民の三月分の稼ぎ)ぐらいはします」
「たしかに、高いな」と、マコト。
「安いですね」と、エクレア。
これが上級貴族の娘と、貧村の領主との差か…………
マコトがショックを受けていると、エクレアが従者に確認していた。まもなく、「すみません、高いみたいです」と、エクレアが修正してきた。
素直に謝れるのは、エクレアの長所だよな。
てか、よそに修行に出て、正解だったと思うよ。
さてと、金庫がほぼ空。
金庫が、ほぼ空。
絶望的な、言葉だよな……………
いや、落ち込んでいても仕方がないのだ。
前向きに行こう。
えーと、今の財政状況だと、質のいい紙は購入を控えたくなる金額だな。
マコトが迷っていると、エクレアが手を上げた。
「あの、お父様から、大量に紙を貰ったので、よかったらそれを使いませんか?」
おお、白龍の娘大好きが、ここで生きてきたか!
「ぜひ、譲ってください」
こちらが懇願すると、エクレアが微笑んでくれた。
これで、名簿が作れるな。
そこで、マコトが気づいたのだ。
「……この中で、字の読み書きが出来る人っている?」
名主のグエンと、名主補佐であるヒミコが首を横に振った。
林仲の村の識字率は、驚異の0%(俺も現地の文字は、完璧には読み書きできない)だ。
マコトが絶望的な表情を浮かべていると、エクレアが誇らしげに前に進み出た。
まあ、上級貴族の娘なんだし、当然だろう。
「エクレアさん、落ち着いたら、私に文字の読み書きを教えてください」
こちらが頭を下げて頼むと、エクレアが嬉しそうに大きく頷いた。
「はい」
やれる仕事が出来て、楽しそうだな。
さてと――
「それじゃあ、方針も決まったし、生存者の確認(名簿作り)をしていこう!」
てか、この時は気がついていなかったが、生存者の確認作業って、遺族への死亡宣告の作業でもあった。
家族や親しい人を失っていない人間(村では少数派)との面会は、楽だった。
会って、元気づけてやればいいだけだ。
問題は、家族や親しい人間を失った人との面会だ。
こちらがお悔やみの言葉を述べて、気丈に振る舞ってくれる人はいい。
だが、こちらを罵倒してくる人間も少なくないのだ。
「ヨソ者のあんたが生き残って、何で私の息子が……」
そこで、ヒミコが前に進み出てくれた。
「マコト様は、全力で戦ってくれました。だから、そんな悲しいことは言わないでください」
息子を失った女性に、ヒミコが泣きながら抱きついた。まもなく、息子を失った女性が盛大に涙を流した。
愚痴や不満を吐き出すのは、大事なことだと思う。
まあ、聞かされる側の人間としては、楽しくないけどね。
それからしばらくして、落ち着きを取り戻した女性が謝罪の言葉を口にした。
「……すみません……八つ当たりをしてしまって……」
「気にしなくていい」と答えて、マコトが次の面会に向かった。
そんな修羅場を繰り返して、午前の面会が終了した。
昼食時。
唯一の名主である、グエンが意見を述べてきた。
「マコト様、遺族への挨拶は、私がしましょうか?」
「そうですね、マコト様が無理をする必要はありません」と、ヒミコも言ってくれた。
ちなみに、横で聞いていた、エクレアも同意してくれていた。
俺は、部下には恵まれたよな――
大きく頷いてから、マコトがハッキリとした口調で宣言した。
「みんなの申し出は、すごく嬉しい。だが、これは領主の仕事だから、俺がやるよ」
これは、絶対に逃げてはいけない仕事なんだと思う。
しばしの沈黙の後、名主のグエンと、名主補佐のヒミコが頷いてくれた。
エクレアは不服そうだったが、周りの空気を読んで反対意見は表明しなかった。
「ありがとう」
それから、二日間掛けて、マコトは全ての村人との面会を行った。
二日後。
調査結果が、マコトの元に届いた。
現在の村人の数は、185人。
結局、山賊との戦いで65人の村人が犠牲になった。
ちなみに、生き残った185人の中には、後遺症が残る怪我を負った者が、俺を含めて5人ほどいる。
彼らの生活も援助しなくてはいけないし、本当に問題が山積みだ。
マコトが何から手をつけるべきか悩んでいると、名主であるグエンが報告にやってきた。
「マコト様、調べていた家の状態が判明しました」
こちらが無言で先を促すと、グエンが言葉を続けた。
「この村には、50軒ほど民家がありましたが、今回の戦いで15軒が燃えて使えなくなりました」
解っていたことなんだけど、改めて聞くと本当に被害が甚大だよな…………
マコトが沈黙していると、グエンが報告を続けた。
「……それと、三軒ほど空き家になりました……」
一族が皆殺しになったのは、三軒か…………
多いのかな?
それとも、少ないのかな?
マコトが悩んでいると、エクレアが元気よく意見を述べてきた。
「家を失った人に、空き家をプレゼントすればいいと思います」
俺もそれが最善の手段だと思ったが、名主のグエンが反論してきた。
「私は、反対です。
農地から離れている場所に、家を貰っても困ります。
エクレアさんは、不便なところに移り住みたいんですか?」
名主であるグエンの意見を聞いた、エクレアがシュンとしていた。
まあ、なんだ。
俺の代わりに恥をかいてくれて、ありがとう。
そんなことを考えていると、ヒミコが意見を述べてきた。
「それよりも、家族を全て失ってしまった、老人が自殺を図りました。老人の介護問題について、考えてください」
『そのまま死んでくれたら、面倒が減って助かったのに』などと思ったが、口にしたら顰蹙を買うので、黙っていることにした。
まあ、自殺者が出ると、士気が下がるし何とか対処したいな。
そこで、名主であるグエンが口をひらいた。
「生き残った次男坊や三男坊に、土地とセットで孤児や老人を引き取らせればいいと思います」
おお、素晴らしい解決策だな。
これで、今ある問題の殆どが解決できる。
マコトが賛成の言葉を発しようとしたところで、ヒミコが勢いよく立ち上がった。
「私は、グエンさんの意見に反対です。
自分から申し出た人はともかく、孤児や老人を土地(利益)と一緒に無理に押しつけたら、後で絶対に問題が発生します」
顔見知りとはいえ、他人同士が一緒に住むと、たしかに問題が起こりそうだな。
てか、簡単に答えが出せる問題って、ないのかな?
そんなことを考えていると、名主のグエンと名主補佐のヒミコが、こちらを見つめていた。
これって、決断してくれって事だよな…………
そうだな。
効率重視のグエン。
人情重視のヒミコ。
どちらの提案も、間違ってはいない。
だが、何かが足りないのだ。
そうだ。
領主である、俺の利益だ。
しばしの沈黙の後、マコトが口をひらいた。
「孤児と家族を失った老人は、俺が領主の館で全て預かる」
こちらの発言を聞いた、ヒミコとエクレアが嬉しそうにしていた。
いや、二人には悪いが、別に人情優先だけで決めたのではない。
俺は領主に就任してから、日が浅いので、村人との繋がりが弱い。
だから、孤児を育てることによって、地盤を強化したいのだ。
そして、
名主であるグエンの方に向き直ってから、マコトが問い掛けた。
「面倒事を引き受ける代わりに、相続問題と整地問題では、村人の譲歩を期待していいか?」
しばしの沈黙の後、グエンが大きく頷いてくれた。
今も昔も、老人の介護や子育ては、みんなやりたがらない仕事みたいだ。
まあ、いい。
これで基本方針は決定したのだ。
あとは、実作業に移ろう。




