第19話 山賊との決戦
大雨が降ってきた。
そのおかげで、民家に燃え広がっていた火が消えてくれた。
幸運だったと、喜ぶべきか?
それとも、大雨のせいで山賊が近くの民家に留まっていて、不幸だと嘆くべきか?
どっちかね?
そんなことを考えていると、部下が報告にやってきた。
情報をまとめると、以下の通りになる。
村人の死者は、30名(重傷者も同じ程度いる)
戦闘員の死者は、10名。
現在戦えるのは、35名ほどだった。
山賊の死者は、10名。
目撃者の情報から判断すると、残りは10~15名だ。
強襲して、倒せない数字ではない。
だが、これ以上死者を出すと、村が消滅してしまうのだ。
山賊が逃げてくれるのを、待つべきか?
いや、ここで山賊を逃がして戦力を補充されたら、同じ事の繰り返しになってしまう。
ここで、決着をつけよう。
マコトが決意を固めていると、エクレアが近づいてきた。
「……すみません……私がお父様の護衛を受け入れていたら……こんな事には……」
そこで、マコトが首を横に振った。
「それは、結果論だよ。
さっきも少し話したけれど、エクレアさんは、シンさんが提案した、山賊の本拠地、攻撃案は間違っていたと思う?」
こちらが問い掛けると、エクレアが強い口調で答えた。
「間違っていたとは思えません! あの時は、あれがベストの選択でした!」
小さく頷いてから、マコトが答えた。
「そういうことだよ」
マコトが話を打ち切ろうとした所で、エクレアが沈痛な表情を浮かべて口をひらいた。
「マコトさん、逃げましょう! あんなに強い山賊と、無理して戦う必要はありません!」
逃げるか。
俺一人ならば、最善の策だろう。
だが――
「……逃げる場合、足手まといになる怪我人は、全て殺さなくてはいけなくなるけど、それでいいの?」
こちらが問い掛けると、エクレアがキョトンとした表情を浮かべた。
やっぱり、何も考えていなかったか…………
「ついでに言えば、食料とかも十分にないし、生きて街に辿り着けるのは半数ぐらいだろう」
そう逃げ出した先に、楽園なんてないんだ!
「……それじゃあ、どうすれば……」
絶望的な表情を浮かべていたエクレアに、マコトが強い口調で語り掛けた。
「戦って、勝つんだよ!」
それしかないのだ。
エクレアが、こちらに羨望の眼差しを向けてきた。
しかし、すぐにエクレアの表情が曇った。
たぶん、何も出来ない自分を恥じているのだろう。
だったら――
「エクレアさん、怪我人の世話をお願いしていいかな?」
こちらが頼むと、エクレアが大きく頷いた。
「はい、すぐにやります」
そう言い残して、エクレアが怪我人の所に行った。
元気だね。
さてと、俺は必要な交渉をするか。
エクレアについて行こうとした従者を呼び止めて、マコトが頭を下げた。
「もし俺が負けた場合、村人が十龍の街に逃げ込むと思います。その時は、彼らを世話してあげてください」
相手が返事をくれるまで、マコトが頭を下げ続けると「……自分に出来る範囲なら……」と約束してくれた。
「ありがとうございます」
これで、俺がやれることは全てやった。
さあ、あとは山賊との決着をつけに行こう。
戦闘員が待っている部屋に行く途中で、ヒミコと目が合った。
ヒミコが無言で大きく頷いてくれた。
どういった意味かは解らないが、俺の事を信頼しくれていることは解った。
できたら、その信頼には応えたかった。
そんなことを考えていると、ヒミコの弟であるカイトが槍を持って近づいてきた。
「マコト様、僕も行きます」
えーと、突っ込み所が多いな…………
まずは――
「……左肩から血が出ている、水で消毒してこい……」
自分の左肩を確認してから、カイトが傷口を押さえつけた。
「止まりました」
えらく、力業だな…………
てか、そもそもだ。
「怪我人を連れて行くつもりはないぞ」
こちらの発言を聞いた、カイトが質問してきた。
「でも、人手は必要でしょ?」
そりゃあ、欲しいけど……
「……これ以上、若い人間が死んだら、この村が終わってしまう……」
大きく頷いた後、カイトが強い口調で言った。
「ここで負けたら、この村に未来なんてありません」
ここが勝負所だって、カイトも解っているのか。
これは、断りにくいな…………
マコトが迷っていると、カイトが上目遣いで懇願してきた。
「僕に、マコトさんを守らせてください」
年下のカワイイ男の子に、言われる台詞ではないよな…………
そんなことを考えていると、戦闘員が待機している部屋の前に到着した。直後、カイトが扉を開けて、入室を促してきた。
くそ、死んでも責任は取らないからな!
マコトが軽く睨みつけてから、戦闘員が待っている部屋に入室した。
部屋の中にいる、人間が緊張しているな。
まあ、この状況で出される指示なんて、一つしかないし当然か。
集まっていた戦闘員に向かって、マコトがハッキリとした口調で宣言した。
「山賊が立て篭もっている民家に、攻撃を仕掛けるぞ!」
戦闘員の多くは、黙ったまま頷いてくれた。
まあ、親しい人が更に殺されたのだから、当然だろう。
だが、一部の人間は、青い顔をしていた。
まあ、この後の戦闘は、激戦が予想されるし当然だろう。
「だから、攻撃に参加したくない人間は、攻撃に参加しなくてもいい」
覚悟がない人間に来られても、迷惑なのだ。
若干の沈黙の後、村人の一人が叫んだ。
「俺は、嫁さんの仇を取るんだ!」
その言葉を切っ掛けにして、村人たちが次々に参戦を表明した。
まあ、ここで逃げると残りの一生、臆病者呼ばわりされるし当然か。
全員の意志が確認できた所で、マコトが口をひらいた。
「それじゃあ、作戦を説明する」
作戦といっても、部隊を三つに分けて、敵が籠城している民家を包囲する。
そして、同じタイミングで民家に突入して攻撃する、というシンプルなものだ。
難しいのは、攻撃のタイミングを合わせること。
それと、いつ攻撃を始めるかぐらいだ。
俺は雨が止むのを待たずに、攻撃するつもりだ。
利点は、奇襲が出来ること。
欠点は、弓矢が使えないこと。
まあ、一長一短だろう。
いや、長期戦になると子供を抱えている、こちらが不利になるのだ。
反対意見が出なかったので、マコトが具体的な指示を出していった。そして、全ての指示を出し終わったところで、マコトが拳を突き上げた。
「それじゃあ、作戦開始だ。移動してくれ」
その発言を聞いた、部下たちが移動を開始した。
マコトも部隊を率いて、山賊が立て篭もっている民家の正面入り口に向かう。
『民家にカミナリでも落ちて、山賊が全滅してくれないかな?』などと考えていると、マコトが持ち場に到着した。
まあ、奇跡なんかを期待しないで、自分の力で勝利を掴み取ろう。
『突撃』とジェスチャーで部下に伝えてから、マコトが扉を蹴破って、民家に乱入した。
民家の中では、山賊が服を脱いで乾かしていた。
そして、殆どの山賊が、武器を床や地面に置いていたのだ。
よし、チャンスだ。
棒立ちだった山賊の首を、マコトがはね飛ばした。そして、武器を拾おうとしていた山賊を、マコトが斬り捨てた。
ほぼ同時に乱入してきた味方も、同程度の戦果を上げている。
奇襲は、大成功だ!
勝利を確信しかけていると、山賊のボスであるアフロ野郎が出てきた。
状況を確認してすぐに、アフロ野郎が剣を抜いた。そして、こちらの名主(小隊長)であるザップを、アフロ野郎が斬り殺したのだ。
戦況が一変した。
これまでの楽勝ムードが、こちらの不利になってしまったのだ。そして、アフロ野郎が、俺を狙ってきた。
くそ、こちらの弱点が解ってやがる!
「ひるむな! 敵は少数だ! 取り囲んでしまえば、勝てるぞ!」
こちらの発言を聞いた、部下たちが戦闘を再開した。
よし、俺がアフロ野郎の攻撃を耐えられれば、勝機はあるはずだ。
一撃目の突きは、かわせた。
二撃目の振り下ろしは、剣で受け流そうと思った。
だが、駄目だった。
左手に力が入らなくて、剣が飛ばされてしまった。
こりゃあ、死んだな…………
マコトが死を覚悟した所で、ヒミコの弟であるカイトが槍を持って突っ込んできた。
この前の籠城戦と、同じような展開だ!
「来るな!」と叫んだが、カイトは止まらなかった。
アフロ野郎が振り下ろした剣が、カイトの首筋を切り裂いた。そして、大量の血液が、飛び散った。
それは、一目で助からないと、確信できるものであった。
くそ、何でカイトまで!
「ふざけるな!」と叫びながら、マコトが剣を拾った。
そして、アフロ野郎に斬りかかった。
こちらの攻撃が、アフロ野郎の右腕に当たった。
だが、浅い。
もう一撃!
マコトが再び攻撃を放ったが、アフロ野郎の反撃(左の拳)の方が速かった。
直撃を貰った、マコトが吹き飛ばされて壁に激突した。
くそ、右の奥歯が壊された!
すぐに立ち上がろうとしたが、足が言うことを聞いてくれない。
その間に「妻の仇」と叫びながら斬りつけてきた村人を、アフロ野郎が斬り捨てた。
何で、こいつはこんなに強いんだよ…………
マコトが痙攣している足を、剣で斬りつけた。
まもなく、痛みと共に、足が正常な感覚を取り戻していく。
結局、俺が相打ち覚悟で挑むしかないのか?
いや、これまでとは違って、俺が死んだら本当に村が滅んでしまうのだ。
他の方法を探すべきだろう。
いや、他の方法を探している時間は、もうないのだ。
マコトが立ち上がって、アフロ野郎を睨みつけた。
あいつだって、無敵ではない。
その証拠に、既に満身創痍ではないか!。
あとは、俺が必殺の一撃を叩き込むだけだ。
マコトが剣を握りしめて、アフロ野郎に向かう。
もう何も考えるな!
ただ敵に、最強の一撃を叩き込めばいいんだ!
マコトが全力で振り下ろした剣が、アフロ野郎の喉を切り裂いた。まもなく、大量の血液が流れ出して、アフロ野郎が地面に倒れた。
えーと、
何で俺の一撃が当たったんだ?
マコトが辺りを見回していると、アフロ野郎の足にカイトが抱きついていた。
そうか、カイトがやってくれたのか――
「ありがとう、助かったよ」と声を掛けると、カイトが嬉しそうに微笑んでから目を閉じた。
こうして、山賊との戦いに決着がついた。




