第15話 寄り親の娘が、すごく面倒くさい…………
翌日。
養父であるシンと一緒に、寄り親である白龍の屋敷を訪ねると、昨日の女の子がいた。
「ああ、昨日の!」
こちらを指さしてきた女の子に、マコトが何食わぬ顔で自己紹介をした。
「初めまして、林仲の領主、シンの息子、マコトです。以後、お見知りおきを」
こちらの丁寧な挨拶を聞いた、女の子が不服そうな表情を浮かべながら口をひらいた。
「……十龍の領主、白龍の長女、エクレアです……」
寄り親の娘だったのか。
大丈夫かな…………
マコトが不安そうにしていると、エクレアがこちらを睨みつけてきた。
「それで、マコトさんは、ウチに何をしにきたんですか?」
うわ、敵愾心を少しも隠そうとしていないよ。
昨日の対応は、失敗だったみたいだな…………
そんなことを考えていると、隣にいたシンが口をひらいた。
「今日は、寄り親である白龍様に、マコトさんに相応しい、結婚相手を紹介して貰いにきました」
若干の沈黙の後、エクレアが質問した。
「……あなたが、私の婚約者ですか?」
『何を言っているんだ、こいつは?』と思っていると、シンが唇を動かした。
「私たちの格では、寄り親の娘様は貰えませんよ」
まあ、領地持ちとはいえ、こっちは田舎の貧村だからな。
寄り親(上司)の娘は難しいだろう。
それに、こっちとしても現実を見ないで、理想論ばかりを唱える嫁なんて、お断りだ。
そんなことを考えていると、エクレアが睨みつけてきた。
「……私のどこが不満なんですか?」
うわ、表情を読まれてしまった。
これは、俺の失敗だな。
急いで笑顔を作ってから、マコトが微笑んだ。
「エクレアさんに、不満なんてありませんよ」
こちらの発言を聞いた、エクレアが呟いた。
「……ウソつき……」
やばい、寄り親の娘と良好な関係が構築できていない。
そこで、シンが寄り親の部屋に呼ばれた。
その結果、客室には俺とエクレアが残されてしまったのだ。
うう、目茶苦茶睨まれているよ。
これは、正直に答えた方がいいパターンか?
いや、正直に答えたら、牢獄送りにされるパターンもあり得るな。
マコトが悩んでいると、エクレアが質問してきた。
「もう一度聞きます、私のどこが不満なんですか?」
これは答えを聞くまで、納得してくれないパターンだな…………
しばしの沈黙の後、マコトが唇を動かした。
「現実を見ないで、理想論ばかりを唱えている人とは結婚したくありません」
こちらを睨みつけながら、エクレアが問い掛けてきた。
「統治者(貴族)は、理想を持つべきだと思います!」
まあ、全く理想がないのも困りものだろう。
だが、
「エクレアさんは、もう少し現実を見た方がいいと思いますよ」
こちらの発言を聞いた、エクレアが俺の手を掴んだ。そして、そのまま白龍の部屋に乱入した。
予想外の展開にマコトが困惑していると、エクレアが宣言した。
「お父様、私はシンさんの領地で修行しようと思います」
この時代は学校とかがないので、貴族の子供がよその領地で修行することは珍しいことではなかった。
それはいい。
問題は――
『なんでウチの領地なんだよ!』
そういった感情を込めて睨みつけると、エクレアが微笑んだ。
「私に現実を教えてくれるんでしょ!」
そこで、これまで黙っていた、白龍が勢いよく立ち上がって叫んだ。
「嫌だ! エクレアちゃんは、ワシの側にいてくれ!」
これまでの領主としての威厳は、どこにいったんだよ。
これじゃあ、娘に甘い、ただの駄目親父じゃないか。
そんな父親を冷たい目で見ながら、エクレアが唇を動かした。
「……兄弟はみんな、よその領地に修行に行きましたよね?」
しばしの沈黙の後、白龍が顔を逸らした。
「……エクレアちゃんは、体が弱いし……」
机を強く叩いて、エクレアが主張した。
「いつの話ですか! 私はもう何年も病気になっていません」
そこで、白龍がこちらを睨みつけてきた。
いや、八つ当たりしないで欲しいんだけどな……
マコトが困っていると、エクレアが大きな声を出した。
「お父様は、私に立派な人間になって欲しいと言っていました。それなのに、修行の機会を奪うんですか?」
娘に促されて、白龍が渋々と答えた。
「……わかった……好きにしていいよ……」
こうして、ウチの領地でエクレアが修行することになった。
寄り親の娘である、エクレアを預かることになった。
その影響で、白龍がお嫁さんを紹介してくれる話が流れた。
まあ、娘の安全のために、兵士を20名も派遣しようとする、バカ親だ。
そりゃあ、他の仕事も滞るよね。
ちなみに、エクレアの従者は男女一名ずつになった。
本人は、修行だからいらないと答えたが、父親に土下座されて受け入れたらしい。
なんか、寄り親のことを尊敬できなくなってきたよ…………
そうそう、エクレアを受け入れる代わりに、我が家が背負っていた莫大な借金がチャラになるそうだ。
そりゃあ、受け入れを拒否できないよね。
そして、出発の日。
見送りにやってきた、白龍が号泣していた。
本当に、娘大好きのバカ親父だよな…………
「エクレアちゃん、辛かったら、いつでも帰ってきていいんだからね!」
「はい、はい」と適当に答えた、エクレアが父親から離れた。
ウンザリした表情を浮かべている。
どこの世界でも父親って奴は、娘から嫌われる(面倒に思われる)んだな。
そんなことを考えていると、白龍がエクレアの従者に強い口調で命令した。
「お前達、娘のことを頼んだぞ!」
それぞれの従者が大きく頷いた。
そして、シンに向き直ってから、白龍が頭を下げた。
「娘のことを頼みます」
恥ずかしい父親だが、エクレアは愛されているんだな。
こちらが微笑ましい気持ちで眺めていると、シンが大きく頷いた。
「はい。エクレアさんを、絶対に無事にお返しします!」
まあ、怪我をさせたら、攻め込まれかねないし丁寧に扱うかな。
そんなことを考えていると、白龍がこちらに近づいてきた。
「娘に手を出したら、殺すからな」
ええ、俺に対しては脅迫かよ!
てか、あんな面倒な女を狙っていると思われているのか…………
若干の沈黙の後、マコトが迷惑そうな表情を浮かべて口をひらいた。
「……何があっても……娘さんには手を出しません……」
そこで、白龍が叫んできた。
「それじゃあ、エクレアちゃんに魅力がないみたいだろ!」
こいつは、本当に面倒くさいな…………
マコトが呆れていると、白龍が姿勢を正した。
「失礼、娘のことで熱くなってしまいました。そうそう、マコトさんのために、素晴らしい結婚相手を見つけておきますね」
おお、やっと領主らしいアメとムチを使ってきたな。
「お願いします」と答えて、マコトたちが十龍の街を出発した。
一週間後。
マコトたちが、林仲の村に戻ってきた。
何も問題が発生せずに、村に戻ってくれて、本当によかったよ。
ちなみに、お嬢様育ちであるエクレアも、無事についてきてくれた。
途中で従者が、休みを頻繁に要求してきたが、エクレアが要求を全て取り下げてくれた。
けっこう、根性があるよな。
そんなことを考えていると、ヒミコがやってきて微笑んだ。
「マコト様、お帰りなさい」
おお、ヒミコの笑顔が病んでいない。
この笑顔を見るために、俺は頑張ってきたんだと思う。
マコトが感動していると、ヒミコの弟であるカイトの姿が目に飛び込んできた。
ああ、そうだった……
「……ごめん、ヒミコ……俺をかばったせいで、カイトは大怪我を負ってしまった……」
弟の方を確認してから、ヒミコが微笑んだ。
「戦争に行ったんだから、怪我は仕方がありません。それに、弟は自分の意志で行動して、今は笑っています。大丈夫ですよ」
弟のことを信頼しているんだな。
そこで、エクレアの従者が「ゴホン」と、わざとらしい咳払いをしてきた。
まあ、長旅で疲れているのだし、早く休ませてあげるべきだな。
「ヒミコ、ウチの領地で修行することになった、白龍様の長女、エクレア様だ。客室に案内してくれ」
「わかりました」と答えた、ヒミコが簡単に挨拶した。
そして、エクレアたちを、丁寧に案内した。
まあ、任せておけば大丈夫だろう。
色々とあったけれど、これでしばらくは戦闘も発生しないはずだ。
これからは、内政パートの時間だ!
現代知識をフルに使って、この村を豊かに…………
そこで、マコトが気づいた。
「……この世界で使える知識って、俺は所持しているのかな?」




