第14話 政略結婚の相手との出会い
三日後。
マコトが目を覚ますと、東国との戦争が終結していた。
俺が予想していた通り、東国は兵糧が不足していたみたいだ。
もし俺が負けて、兵糧が蓄えられていたこの砦が落ちていたら、戦争はまだ続いていただろう。
本当に勝利できて、よかったよ。
ちなみに、俺が倒した、小柄な少年は東国では有名人であった。
おかげで、俺の武名は鰻上りだ。
これで俺の事を成り上がり者と、バカにしていた連中も黙るだろう。
大変、素晴らしいことだ。
ここまでは良いニュースで、もちろん悪いニュースもある。
俺の左腕なんだが、完治は難しそうだ。
握力が半分程度しか戻っていない。
たぶん、これ以上は戻らないと医者に言われた。
まあ、自分よりも強い相手に勝てた、代償としては妥当なのかな?
ちなみに、カイトの方も、一命は取り留めた。
だが、俺と同じ程度の後遺症(左腕が肩までしか上がらなくなった)がある。
ヒミコになんて、説明すればいいのやら…………
一週間後。
動けるようになったマコトたちが、寄り親の本拠地である十龍の街に戻ってきた。
この前とは違い、街はお祭りムードだ。
まあ、長かった戦争が勝利で終わったんだから、当然だろう。
そして、寄り親である白龍主催のパーティに呼ばれたんだが、色々な人物が挨拶してくる。
武名って本当に大事なんだな。
そんなことを考えていると、養父であるシンが近づいてきた。
「マコトさん、私の遠縁の娘であるソルトが来ているので、紹介させてください」
戦争が終わったと思ったら、次は政略結婚か。
領主ってのは、本当に忙しいな。
「それでは、私たちは失礼します」と言い残して、挨拶に来てくれた貴族達が去っていった。
空気を読んでくれて、ありがとう。
「それじゃあ、行きましょう」
シンに促されたので、マコトが客室に移動した。
この先に、俺のお嫁さん候補がいるのか。
緊張してきたな。
そこで、シンが扉を開けると、部屋の中にいた金髪の女性が微笑んだ。
「マコトさん。初めまして、ソルトです。よろしくお願いします」
そこそこ美人だし、挨拶もちゃんとしていた。
第一印象は、合格だろう。
しいて、欠点を上げるとすれば、衣装が豪華なことぐらいだろう。
いや、見合いの席なんだし、豪華な衣装で当然か。
そんなことを考えていると、シンが微笑んだ。
「それじゃあ、後は若い二人に任せましょう」
そう言い残して、シンが部屋を出て行った。
えーと、投げっぱなしすぎないか?
マコトが困惑していると、ソルトが冷たい声で言葉を発してきた。
「まず、成り上がり者であるあなたが、貴族の娘である私と、結婚できることを感謝しなさい」
えーと、これがツンデレか?
いや、ソルトの表情から察すると、上から目線なだけみたいだ…………
「まず、私はあんな山奥にある、田舎には住みたくありません。別居してください」
うわ、いきなり凄い条件を突きつけてきたな…………
「次に、私の生活費として、村の税金を半分送りなさい。以上の二つを守るならば、あなたと結婚して上げてもいい」
言いたいことを言い放ったソルトが、満足そうな表情を浮かべていた。
こんなマンガとか小説に出てくるような、悪役令嬢って本当にいるんだな…………
てか、ネタじゃないよね?
というか、ネタであっても、お見合いの席で、こんな笑えないネタをするような奴は、こっちからお断りだ。
マコトがそばにあった水を、ソルトにぶつけた。
キョトンとした表情を、ソルトが浮かべていた。
何が起こったのか、理解してないみたいだ。
だったら、解らせてやろう!
「お前なんか、こっちからお断りだ!」
そう言い残して、マコトが部屋を出て、パーティ会場を後にした。
傲慢な女をやり込めるって、目茶苦茶楽しいな。
癖になりそうだ。
いや、喜んでもいられないか。
俺がいなくなると、あの女が林仲の村の跡取りになってしまう。
あの女は、村を無茶苦茶にするだろう。
だが、あんな女と結婚するのは、絶対に嫌だ。
よし、シンに相談して、ちゃんと断ろう。
そして、領主の跡取りになる条件が、あの女との結婚なら跡取りになることは辞退しよう。
うん、それがいいな。
領主の跡取りでなくなったら、元の世界に戻る方法を探す旅にでも出よう。
十分後。
マコトが今後の展開について考えながら街を歩いていると、男女の言い争う声が聞こえてきた。
普通なら無視するんだが、顔見知り(ヒモ仲間であったリー)がいたので、様子を窺うことにした。
「あなたは、女性を殴って恥ずかしくないんですか?」
正義感が強そうな少女の言葉に、リーがヘラヘラ笑いながら答えた。
「この女は、今日の売り上げを誤魔化したんだ。悪いことをした人間を殴って、何が悪いんだ?」
一応は正論である。
だが、娼婦が稼いだ金を取り上げる権利が、ヒモにあるのかは不明であった。
そんなことを考えていると、少女が悔しそうに意見を述べてきた。
「……だからって、あんなに強く殴らなくても……」
そこで、娼婦に向き直ってから、リーが優しく手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
リーが差し伸べた手を掴んで、娼婦が謝罪の言葉を口にした。
「……うん。私こそ、ごめんなさい……」
首を横に振って、リーが優しく微笑んだ。
「もういいんだ。家に帰ろう」
そして、二人が手を繋いで自宅に向かおうとした。
まあ、よくあるヒモと娼婦のやり取りだ。
しかし、はたから見ていると、コントにしか見えないな…………
そんなことを考えていると、正義感の強い女の子が大声を出した。
「待ちなさい」
ああ、せっかく丸く収まっていたのに、空気の読めない子だな。
まあ、突っ込みを入れたくなる気持ちは、解らなくもない。
てか、リーが本気で切れているな。
ここは――
マコトが、女の子に近づいて口を塞いだ。そして、振り返っていたリーたちに、行けとジェスチャーで伝えた。
こちらの様子(俺が、女の子に引っ掻かれている)を見て毒気を抜かれた、リーたちが自宅に向かった。
そして、リーたちが見えなくなったところで、女の子の拘束を解いた。
すると、女の子がこちらを睨んできた。
「何をするんですか!」
何をするって――
「あのまま放置していたら、あの男に殴られていたよ」
こちらが事実を伝えると、女の子が前に進み出た。
「暴力なんて、怖くありません!」
本気で言っているなら、暴力を行使されたことがないんだろうな…………
よし、これも社会勉強だ!
「それじゃあ、今から殴るね」
そう宣言した後、マコトが女の子を睨んだ。
そして、殺気を放ちながら近づくと、女の子が後退った。
まあ、それが普通の反応だ。
『恥じることはないよ』と伝えようとしたが、自分の行動を恥じた女の子が前に進み出てきた。
おお、誇り高いんだな。
マコトが感心していると、女の子の知り合いが早足で近づいてきた。
「お嬢様、勝手にいなくならないでください! 探しましたよ!」
いい身なりをしていると思っていたら、貴族のお嬢様だったんだな。
「ちゃんと見張っておけよ」と呟いてから、マコトがその場から離れた。
ちなみに、女の子が何か文句を言っていたようだが、無視した。
これ以上は、関わるのが面倒だしね。
その日の夜。
散歩から帰ってきたマコトが、養父であるシンが泊まっている宿舎の扉を叩いた。
本当はやりたくないんだけど、報告を先延ばしには出来ないからな…………
「どうぞ」
許可が出たので、マコトが入室した。
こちらの存在を確認してすぐに、シンが尋ねてきた。
「どうでしたか?」
期待しているところ悪いが、結果は最悪だったよ。
お見合いの席であったことを、マコトが語った。
五分後。
全てを聞き終えた、シンが頭を下げてきた。
「問題のある女性を紹介して、すみませんでした」
『あれ、俺の言葉を全部信じてくれるの?』と目で尋ねると、シンが微笑んだ。
「マコトさんは、これまで村のために必死に戦ってくれました!」
おお、頑張ってきて良かったよ。
マコトが感動していると、シンが唇を動かした。
「それじゃあ、マコトさんに相応しい、お嫁さんを探しましょう」
えーと、
「……ソルトの一族(遠い親戚)は、どうするんですか?」
こちらが質問すると、シンが答えた。
「そうですね、絶縁状を出しておきます」
そこまで、しなくてはいけないのか…………
マコトが不安そうにしていると、シンが大きく頷いた。
「大丈夫、有力者の後押しさえあれば、大抵の問題は解決します」
いつの時代も、力関係で全てが決まっていくんだな。
「ゴホン」
わざとらしい咳払いをしてから、シンが口をひらいた。
「それでは、寄り親である白龍様に、マコトさんに相応しい、お嫁さんを紹介して貰いましょう」
若干の沈黙の後、マコトが質問した。
「紹介してくれるんですか?」
そこで、シンが大きく頷いた。
「大丈夫、今回の戦いで、マコトさんは大きな手柄を上げました。ウチの家と縁を結びたいと思っている貴族は、少なくありません」
そういえば、パーティでやたらと自己紹介をされたな。
これは、期待してもいいかもしれない。
 




