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華やかなる追跡者  作者: 槇野文香(まきのあやか)
9/9

第9話

それからの華浦は、抜け殻のようだった。

 林田圭を永遠に失ったという事実が、彼女の心を苦しめた。悲しいのか、苦しいのか、もはや感覚さえないように感じられた。

 こんなにも彼を愛していながら、自分の気持ちを素直に表現できなかった意地っ張りな自分が、彼を失うことになったのだ。そして、彼のそばにいながら、圭の本心を見抜くことのできなかった浅はかな自分が、愛されるわけがない。とも彼女は思った。

 朝目覚めると、前日飲んだアルコールが残っていた。華浦はここのところ、連日飲んでばかりいた。頭が重く、胃の中のものが逆流しそうだった。

 そのとき、華浦は自分はだめになってしまうと思った。このままだと、喪失感に押しつぶされてしまう。

 彼女が持つ本来の、強い意志が彼女に語りかけた。

 そうだ、マウイ島に行こう。もう一度、マウイ島で自分自身に生命を吹き込もう。マウイ島の自然に身をまかせてみよう。これで、貯金は使いはたすことになるがそれでもいい。


 ホテルのロビーラウンジのテーブルで、薄緑色のゆったりとしたサマードレスを着た吉岡華浦は、トロピカルカクテルを飲んでいた。もう少しでマウイ島の、最高のサンセットになる。彼女はそれを待っていた。

 太平洋から吹きつける潮風、咲き乱れるプルメリアの花、すべてが心地良かった。それでも、彼女はときどき涙ぐんでしまう。この気持ち、あとどれほどしたら忘れ去ることができるのだろう。

「寂しそうじゃないか」

 という声がした。その声の主を華浦は見上げた。

「圭」

 華浦は信じられなかった。圭がいつものように、白いワイシャツを着て、地味な濃紺のスーツの上着を肩にかけて立っていた。

「ようやく、会社の残務整理が終わったよ」

「どうして、私がここにいるとわかったの」

「拓馬から聞いたよ。ここのホテルとても華浦が気に入っていたって、だから、ここに来ていると思った」

 あれから華浦は、拓馬とは連絡を取っていなかった。

「よく、拓馬が話したわね」

「僕だって、拓馬の弱みをひとつやふたつ握っているよ」

「あれから拓馬はどうしたの」

「拓馬のことなら心配ない。本社にはいられないけれど、グループ会社の社長にすえておいた。そうそう、拓馬が華浦に謝っておいてくれと言っていたよ。結局、ごたごたに巻き込んですまなかったと」

 華浦は涙を流した。

「あなたはどうするの。圭」

 と華浦はきいた。

「僕はまだ決めていない。とにかく君に逢いたかった。今はそれだけだ」

 華浦は一番気になることを、おずおずときいた。

「彼女はどうしたの」

「彼女、誰のこと」

 と圭が聞き返した。

「髪の長い、元モデルという人が圭の恋人だって。拓馬からきいたの」

 圭が笑った。

「なるほど、それで君があんなに荒れていたのか。彼女とは確かにつき合っていたけれど、僕がぐずぐずしているから、外資系の銀行マンと結婚したよ。君に会った頃はすでに彼女とは別れていた。華浦は焼きもちやきだな」

 華浦は恥ずかしさに顔が赤くなったが、同時に心の苦しみが晴れていくのを感じた。

「華浦、逢いたかったよ。それで、こんなかっこですぐに飛んできたんだ」

 華浦は椅子から立ち上がって言った。

「圭、愛しているわ」

 華浦は涙が止まらなかった。圭は華浦を抱きよせた。

 空が赤くなりつつあった。マウイ島のサンセットがまさに始まろうとしていた。



                               完

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