第5話
彼は自宅の鍵を開けると、先日彼女を通した応接室に入った。
「何を飲む」
「何でも結構です」
「そうか。それじゃ、ブランデーにしよう」
彼は、ブランデーとグラスを二つ持って来た。ブランデーを注ぐと、テーブルを挟んで華浦にわたした。彼はソファーにもたれて言った。
「よく、ここまで来たじゃないか。嫌がるのかと思った」
「今日はなぜか、専務の様子を見てそんな気になりました」
事実、いつもの彼には見えなかった。今まで見せたことのない、林田圭の孤独と疲れが華浦をとらえた。
「この間はすまなかった。君を傷つけてしまった」
彼は手に持ったグラスを見つめながら言った。
「あのときの君、雨に濡れて実に魅力的だった。男としてつい誘惑に負けた」
彼の言い訳めいたその言い方が、華浦を急に不愉快にさせた。まるで安っぽい女を求めるような気持ちで、そうしたとでも言うのか。
すると突然華浦がソファから立ち上がった。
「どうしたんだ」
立ち上がった彼女を見上げて、林田圭が言った。
「やっぱり帰ったほうがいいと思います」
林田圭も立ち上がった。
「待てよ」
すると華浦の平手打ちが彼の頬にとんだ。
「この間のお返しよ」
二人はお互いの顔を見た。
「君は、僕が嫌いか」
「ええ、そうよ。失礼な人ね」
彼女は挑発的な目をしていた。彼の目が激しく輝いた。そして彼女を抱きしめた。彼女は彼から逃れようともがいたが、彼はいっそう彼女を強く抱き、唇を求めた。彼の抱擁は彼女の内部を熱くさせていった。次第に、彼女も彼を欲している自分を感じた。彼女はいつしか彼のキスにこたえていた。
彼は彼女を抱き上げた。
「僕の部屋へ行こう」
彼女は彼の言うままに、抱かれて彼の部屋へと行った。
翌朝、朝陽を感じて華浦が目覚めると、すでに圭はベットにはいなかった。乱れたベットと近くに脱ぎ捨てられた彼女の服が、二人の夜を物語っていた。
ついに彼と愛し合ってしまった。
彼はどこにいるのかしら。華浦はそう思い、服を着ると、二階のベットルームから階下に降りて行った。
一階の音のする部屋を開けると、朝の陽ざしがそそいでいる広い清潔なダイニングキッチンで、圭が朝食を作っていた。
「おはよう華浦、シャワーを浴びてきたらどうだ。朝食は作っておくから」
と圭が言った。
華浦はシャワーを浴びて、さっぱりとした気分になった後、ダイニングの褐色のテーブルについた。
テーブルにはランチョンマットの上に、サラダとオムレツが用意されていた。
「今日は会社が休みで良かった。二人で遅刻したら怪しまれるからね」
と圭がいたずらっぽく言いながら、焼けた厚いトーストを彼女の前に置いた。華浦は思わず微笑んだ。
「おいしそうだわ。あなた料理が上手なのね」
「ああ、たいていのものは作れるよ」
開けられた窓からは、朝露にぬれた庭の紫陽花が美しく咲いてるのが見えた。
華浦は朝のすがすがしさを全身で感じた。
「圭、社長は大丈夫かしら」
オムレツを食べながら華浦は言った。
「心配いらない。社長にはまだまだやってもらわなくてはならない事がたくさんあるからね。元気でいてもらわないと」
圭の顔に一瞬影がさしたように、華浦には見えた。
「やってもらう事って」
と華浦は尋ねた。
「たいしたことではないよ」
と圭はそらすように言った。話題を変えるかのように圭が彼女にきいた。
「華浦、オムレツの味はどうだ」
「このオムレツおいしいわ」
華浦は圭の知られざる一面を知った気がした。圭という男はいろいろな側面を持ち、華浦はおもしろいと思わざるをえなかった。