第4話
華浦は自分のマンションに帰って来ても、胸の鼓動が強く打っているのを感じた。
あのとき、雷鳴が鳴り、灯りが消えたから、あんな事をしたのだろう。突然キスするなんて、腹立たしかった。
そう思いながらも、彼のキスの余韻が今も彼女には残っていた。
翌日、拓馬から華浦の携帯に連絡があった。
「そうか、圭の家に行ったのか」
「りっぱな邸宅だったわ」
「それで、中に入ったのかい」
「いいえ、玄関先で書類を渡して帰ったの」
華浦は拓馬に嘘を言った。
「あんな広いところで、一人で暮らしているのね」
「そうだよ。以前は、社長だった父親と暮らしていたけれど、その社長も去年亡くなったからね」
「お母さんは」
「圭の小さい頃、離婚して出て行ったよ。今は再婚している」
「いろいろと複雑ね」
拓馬が嫌味っぽく言った。
「圭に興味があるのか」
「まさか。まずは、敵を知らないとだめじゃない。でも今のところ、拓馬の期待するような事は何もないわよ」
「そのうち、何か出てくるさ。逐一、圭の動きを見張って報告してほしい」
「わかっているわよ」
それで携帯は切れた。
数日して、林田圭はシンガポールから帰って来た。
「先日はご苦労だったね」
と林田圭は言った。何もなかったような冷静な顔だった。
「いいえ、どういたしまして」
と華浦は言った。皮肉を込めたつもりだった。
二人はいつもどおりに仕事をした。それが、かえって華浦をいらいらさせた。何かしら林田圭に変化があっていいはずなのに、彼の変わらない平然とした態度に、彼女は内心怒りを覚えた。
なんてずうずうしい男だろうか。確かに、拓馬の言うとおり、無神経な冷たい男なのだろう。
金曜の午後は、いつも役員会議が十階の会議室で行われていた。
その日は、社長が朝方気分がすぐれなかったために、会議はいつもより遅れ、3時過ぎから始まった。
林田圭はその会議に出席していた。華浦は九階のオフィスで書類の整理をしていた。
会議が始まって10分程してから、林田圭が突然十階から階段で降りて来た。
「どうかしました」
と華浦が言うと
「社長が倒れた。今救急車が来る」
林田圭は自分の車で病院に向かった。その後、華浦のもとには彼から何の連絡もなかった。
その日、今日はこれまでか。と華浦は思った。時計は7時過ぎをさしていた。デスクの上のパソコンを切ったときだった。
林田圭がエレベーターから出て来た。
「社長はいかがでした」
華浦が心配そうに聞いた。林田圭は疲労が浮かんだ顔を向けて言った。
「大丈夫だ。前から心臓は悪かった。少し入院するとは思うが、命には別条はない」
「それは良かった」
華浦はほっとした。
「吉岡君、食事に行かないか」
と彼が華浦を見て言った。華浦は自分の意に反して、胸が波立つのを感じた。
「嫌か。嫌ならいいよ」
「いいえ、今日はご一緒します」
と華浦は言った。
二人は会社からタクシーに乗り、小さな日本料理店に行った。そこのカウンターで食事をした。客は、華浦達以外に一組いただけだった。
林田圭は疲れている様子で、日本酒を飲みながら食事をした。二人はあまり話をしなかった。
食事を終え、店の外に出ると、彼が言った。
「僕の家へ行こう。そこで飲もう」
華浦は黙っていた。しかし、彼はタクシーをつかまえると、彼女と乗り込んだ。




