『消えぬ恐怖』
「あれ、他のみんなは?」
「バラバラで行動してるよ。」
私はなるべく平常心を保ってケイに聞いた。
「そ、そう。
…じゃあ、四人でぶらぶらしましょうか!」
くっ…。顔が熱いぞ…!ひっこめ、トキメキとか恥じらい!
私はそう心で唱えながらエミヤに言った。
「うん。そうだね」
「じゃあ、どこ行きます!?」
さっきセツナと逃げているうちに
施設内を把握するため取った地図をエミヤさんに見せた。
「あ、俺ゲーセン」
エミヤさんに見せたのに勝手にタイガさんが見ていった。
「ゲーセンって、やっぱり、アh…。」
その、行動も去ることながら、内容もアホそのものだ。
「おい、今アホって言おうとしたろ」
「まっさかぁ~。御冗談を。」
アホの癖に勘だけは良い。
面倒臭いなと思いながらタイガさんに笑顔を見せた。
これで、機嫌も直ると思ったが
これまたビックリ。全く動じていない。
ナツカ先輩以来の対応だ。
もしかしなくても、二人って両想いなんじゃ…!
ま、当然だよね~!
「なにか買い物でもしましょう。
小物入れが欲しいんですよね~。」
どうせなら、エミヤさんとお揃いにしたいな!
小物入れなんて無くても良いんだけど
この際だから!
「あ、ハンナちゃん。前見て歩かないと…!」
「うわっ」
折角エミヤさんに忠告してもらったのに
誰かにぶつかってしまった。
エミヤたちの方を見るため、
「………大丈夫かい?」
息の仕方を忘れてしまった。
そこにいたのは忘れたくとも忘れられない。
あの男だったのだ。
「ハンナ?どうしたの?…体調悪い?」
ケイの顔を見てやっと、息の仕方を思い出した。
「なん…で…。」
この男は私がケイと離れることになった
転校した理由であり、
能力が発生した理由であり、
男嫌いになった理由である。
私を誘拐した男に他ならなかった…。
「………ハンナ…?」
ああ、何て事だろう。
ケイですら、怖い。怖い。怖い。
頭では解っているはずなのに怖くて堪らない。
ケイは戸惑ったように慌てて手を引っ込めた。
「ハンナちゃん?」
エミヤさんの呼び掛けに私はハッとして周りを見渡した。
気づくとあの男が居なくなっていたのだ。
「あの人は一体…?」
「…」
ケイは私に説明を求めているようだったが
今の私にそんな余裕はない。
震える手で何とかカバンから携帯を取り出し
セツナに連絡を取った。
『あの男が居て』
『どうしよう』
『怖い』
『どうしたらいい?』
震える手で何とかSMSでセツナにそう送ると、
すぐに返信が帰ってた。
『怪我は!?
周囲に人はいますか?現在地は?』
『ケガしてない
すぐ居なくなったから』
『エミヤさんとケイとタイガ先輩が』
『えっと』
『ゲームセンターの近く』
セツナからの返信でやっと落ち着いてきた。
大丈夫のはずだ。
あの男も私と遭遇したのは想定外のようだった。
大丈夫。大丈夫。
私は何度も自分に言い聞かせた。
『了解しました。皆さんの近くに居てください。』
『わかった』
私一人じゃどうすることも出来なかった。
セツナが居てくれて良かった。
「…ハンナ。ファーストフードに行くらしい。
あそこなら人通りも多い。…立てるか。」
意外なことに、タイガ先輩が口に出した。
異常なほど冷静だ。
何故か問いただしたいが生憎余裕がない。
「立てます。」
私は一呼吸をおいて、立ち上がった。
言っては見たものの不安だった。
しかし、今の状態ではケイにすら触れられない。
エミヤさんの手は出来れば借りたくなかったし、
本当に良かった。
「ハンナさん!!!」
「ハンナちゃん!」
いち早く、セツナが私に気づいてくれ
その声にサキアお姉ちゃんとハヤテ先輩も気づいた。
「大丈夫か。何もされてないか」
ハヤテ先輩は少し厳しい声で言った。
あの男に対する怒りなのか
それとも、自分を責めているのだろうか。
「何も。本当に。大丈夫です」
本当に何もされていない。
ただ、酷く驚いただけなのだ。
落ち着けば、すぐに治る。
「そんなわけ…!」
「大丈夫です。報告会しましょう。
皆の声を聞けば、少しは治まりますから」
報告会は必要なことだし、皆の声を聞いて落ち着きたい。
こんな状態で家に帰ったら、
お母さんやお父さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃんが心配する。
「…解った。」
ハヤテ先輩の決断に、セツナは一瞬不満げな顔をしたが
私が笑うと、それ異常なにも言わなくなった。
「まあ、報告会するか」
ハヤテ先輩は私の様子伺ってから、全員に向かって言った。
あれは、確か5年前。
私自身はあんまり覚えてなくて、覚えてるのは人から聞いた断片的な話。
幼稚園の頃、ある日突然誘拐された私は、頑丈な部屋に閉じ込められたらしい。
身代金目的で。
私のお父さん方の家はとても大きな家だ。
でも、私は警護されるような立場じゃなかったから、狙いやすかったのだろう。
能力はないと思われていた私だったけど、極限状態になったことで能力が発動して自力で脱出してきたそうだ。
私のなかで記憶にあるのは、私を捕まえる大きな手と怖い顔。
真っ暗で大きな空間と、それを砕く私の小さな手。
それ以外はあまり覚えていない。
もう、5年も経ったから、釈放されたのかもしれない。
私がここに居たのは誤算だったのだろう。
あの男は恐らくこの地を去るだろう。
でも、またどこかで会ってしまうかもしれない。
私はこれから一生、その恐怖と戦わなければならない。
物理なら勝てる。
でも、そういうことではないのだ。
現にあのとき、私は力が使えなくなっていた。
使おうとも考えていなかった。
ただただ、怖い。今も怖い。
「ハンナちゃん。またね」
エミヤさんの言葉にハッと我に帰った。
気がついたらバスに乗った居て、エミヤさんはもう降りるようだ。
「あ、はい!」
私は慌ててエミヤさんに笑顔を向けた。