『アイデンティティー』
(しまった…)
本当は火の子の能力を直に見て
能力なのか魔法なのか見極めようと思ってたのに
エミヤさんの歌に聴き惚れてすっかり忘れていた。
ナゼ、私が見極めようと思ったのかと言うと
半分悪魔であるエミヤさんの近くにいる火の子は
悪魔なのではないか!と考えたから。
ま、仇篠の子がエミヤさんと分かった以上。
火の子が何者でも別に良いんだけどね。
それはともかく…!
「しつこすぎるよー!」
私は今、能力を駆使して、
エミヤさんのフリをしながら全力で走っている。
足に能力を発動しているのに
いつ追い付かれるか、バレるかとヒヤヒヤしている。
『トイレに入ってください!』
「分かった…!」
私は一気に走り抜け、女子トイレのなかに飛び込んだ。
ここまで追いかけられているギャラリーのほとんどは男性だ。
「ハンナさん。大丈夫ですか?」
「あ、うん…。」
風に乗せ声を送り指示を出してくれたセツナが
あとからトイレのなかに入ってきた。
エミヤさんから借りた帽子を脱いでカバンの中に入れ、
能力を解除した。
私は息を整えてから
あたかも何事?という風に眉間にシワを寄せ、
セツナと共に外で待っていたギャラリーを見た。
そして、そのままブラブラ歩いてから
エミヤさん(タイガ、ハヤテ)部隊と
サキアお姉ちゃん(ナツカ、ユキカ)部隊と合流した。
「あー、めっちゃ疲れた…。」
ユキカは飲み物を飲みながら言った。
エミヤさんの一番近くにいたサキアお姉ちゃん部隊は
私よりもたくさんの人に追われて大変だったらしい。
「ごめんなさい…。私のせいで」
エミヤさんは深呼吸をしてから謝ってしまった。
エミヤさんが一番疲れただろう。
なにしろ、探されている本人なのだから。
「エミヤさんのせいではありません。
私の思慮に欠けていました…。」
「…二人とも悪くないわ。」
セツナは真面目過ぎるから落ち込んでいるようだ。
サキアも励まそうと優しく微笑んでいるが、
だいぶ疲れてるようだ。
「そうそう、ハヤテが全部悪い。」
「何でだ。」
ユキカの解っているのか解っていないのか、
上手い空気の切り替え方に、心のなかでお礼を言った。
「はい。ハヤテ先輩が悪い~。」
「お前らなぁ…」
私もジュースで頭を冷やしながら、それに乗った。
ハヤテは心なしか安心したようにため息をついた。
「エミヤさんって本当に人気なんですね」
ケイはいつも通り嫌なにこやか顔で言った。
やーーーーーーっとエミヤさんの姿が解ったか!
ここの人たちは浮き世場馴れしすぎだと思う!
エミヤさんの凄さがてんで解ってない!
「ふふんっ。」
私はハヤテさえも知らない
エミヤさんの魅力を知っているのに
優越感を覚え、思わず鼻を鳴らした。
「…あ。
ソウダ。私、買イタイモノガ有ッタンダッター!」
ケイのバカめ!エミヤなんて口にしたせいで
ギャラリー数人に見つかってしまったようだ。
私はエミヤの腕をパシッと掴み走り出した。
「ハ、ハンナちゃん!?どこまで行くの!?」
エミヤさんには申し訳ないけど、
今、会話をするわけにはいかない。
そろそろ、撒けたと思うけど、念のためまだ走らなきゃ。
(そろそろいいかな…)
私は人通りがほとんど無くなった場所で足を止めた。
「ハンナちゃん…?」
あ…。エミヤさんのために走った。
なーんて言ったらエミヤさんの事だから
また、責任感じちゃうかも…。
「エミヤさん!アホ…じゃなくて、
タイガさんは彼氏ですか!?」
我ながら良い質問だ。ビミョーに気になってたし。
「…? えっ!いや、ち、ちがうよ!?」
エミヤさんは顔を真っ赤にして否定した。
めっちゃ可愛い。誰も居なくて良かった。
エミヤさんは火の子…否。タイガさんが好きなのかな?
だとしたら、羨ましい!
…断じてGLとかではないよ。
「なぁだ。本当に違うんですね~」
エミヤさんはまだ少し顔が赤い。
…夢みたいだ。
少し前まで、テレビの向こうの人だった“エミヤちゃん”が
今、私の目の前でエミヤさんとして
そこに居て、私と会話している
「柊のお祖母ちゃんから聞いて、
ずっと、どんな人だろうって考えてたんです。
それがエミヤちゃんだったなんて…」
エミヤさんにその感動は
イマイチ伝わらなかったようで苦笑いしている。
「うちの家系は能力者の中でも
異端。つまりゼノで、柊家とも関係が深いんです。
エミヤさんもそうですよね」
ハヤテの事だから、ろくに説明してないだろうと思い
折角の機会なので一通り説明することにした。
「異端…だったと思う」
どうやら、ちょこっとは説明していたみたいだ。
よく考えてみたらサキアお姉ちゃんも、
ナツカ先輩も碓氷さんも居るし、
そこまで心配しなくても良かったかもしれない。
「同じく異端の家系は、
柊家、枷家、神氷家、操辻家、
力道家、千里家。そして、音澤家ですね。
本当はもっとあったんですが…」
悪魔に殺された。というのは伏せておこう。
時には臭いものに蓋をすることも必要だ。
出来ることならエミヤさんは守られる立場であって欲しい。
全てを知って、立ち向かう立場であって欲しくはない。
「へぇ…。ハンナちゃん詳しいんだね。」
エミヤさんは無邪気な笑みを浮かべそう言った。
「はい、最後の力業だった母には能力が出なくて、
私に能力があると解った途端、
みんな、大喜びで教えたんです」
そんな風に無邪気に笑えていたら…。
私は思わずエミヤさんを羨ましく思えて、
同時に自分の運命に対して怒りが込み上げてしまった。
「…ハンナちゃんは自分の“力”がイヤ?」
エミヤさんの見透かすような言葉に
私は飛び上がりそうになった。
まるで、親戚のお姉ちゃんようだ。
そういえば、雰囲気が少し似ている気もする。
「イヤ…じゃありません!
人を守るための力です。イヤだなんて…!」
「そう…?私には少し苦しそうに見えたけど…。」
もう、全部吐き出して楽になってしまおうかとさえ思った。
エミヤさんはある意味油断がならないなぁ。
「ハンナちゃんは優しいね
でも、たまにはワガママ言ったって良いんじゃない?」
「………はい。」
これ以上。エミヤさんに寄りかかってはいけない。
私はそう心に決め、エミヤさんの言葉を噛み締めた。
私は守られる立場じゃない。
エミヤさんや、大切な人を守れる立場でいないと。
「あ、エミヤ。」
エミヤさんを呼ぶ声に私は思わず身構えたが、
その横にはケイが居て、すぐ力が抜けそうになり、
私は慌てて気を取り直した。