『力』
こことは違う、あるところに。
普通とは言えないけれど、至極穏やかに暮らしている子供が居ました。
その女の子は他のみんなと同じように笑った泣いたり怒ったり、一丁前に恋なんてしてみたり。
でも、その恋の相手が引っ越していっちゃった頃、ちょっと事件が起きた。
「事件…?」
私の言葉に、千代壬さんの瞳が不安げに揺れた。
大丈夫!大丈夫です!結局何にもされてませんから。
…それで、まあ、誘拐されちゃったんですね。
大丈夫!大丈夫ですから!!!泣かないで!
って言っても、私その頃は幼稚園児だったから…どうしたら良いのか解らなくて、ずっと泣いてたんですよねぇ。
怒られるから…声を圧し殺して。
車のなかでカーテンの隙間からどんどん知らない景色になってくのは…さすがに怖かった。
でもやっぱり何も出来なくて…。
頭も言い訳じゃないから、ダイイング・メッセージ?とかも残せなくて…
で、なんやかんや閉じ込められちゃった!
いや、でも、本当に大丈夫だったんですよ。
暴力も振られなかったし。
怖くて恐くて怖くて、もう訳が解らなかった。
訳が解らなくて、解らなかったけど、帰りたいと思った。
此処に居たら、もうパパともママとも、大好きなお姉ちゃんやお兄ちゃん達とも、友達とも、二度と…好きな人とも会えないと思った。
私と大好きな人を隔てる壁が、怨めしかった。憎くなった。
壊れたら…と思った。
壊さなきゃと思った。
壊せたらと思った。
壊したいと思った。
そしたら、壁が簡単に壊れたの。足も軽かった。
どこまでも行ける気がした。
これで、みんなのところに行けると思った。
みんなと一緒に居られると思った。
この力さえ、あれば。
「大変でしたね」
千代壬さんは、はっきりとそう言ってくれた。
たった一言なのに、単純な言葉なのに…そう言ってくれて、すごく嬉しかった。
「ありがとうございます」
何の実もない話だったのに、千代壬さんは最後まで聞いてくれた。
すごくすごく、優しい人だと思った。
ちょっと隆壱さんが羨ましいとさえ思った。
…不思議な人だなぁ
「千代壬様、失礼します」
フスマの向こうから聞こえたのは、隆覇さんの声だった。
聞いたこともない敬語に、隆覇さんであることを疑った。
「はい、どうぞ。」
…ああ、本当に隆覇さんだった。
けど、隆覇さんの敬語なんて…本当に初めて聞いたなぁ。様付けまでしてたし…。
違和感しかない。
すると、変わらぬ微笑みを浮かべた隆覇さんに頭を撫でられた。
「そんなに驚かなくても良いんじゃないかな?」
…そんなに驚いた顔してたかな?
驚いてるけど。
「ふふっ…。
隆覇さん達は私のお家を護ってくれているんです。
けれど、敬語なんて無用なんですよ?
私は貴方の娘なんですから…。
違いますか?」
千代壬さんの心底嬉しそうな表情に、隆覇さんは釣られそうになった。
が、直ぐに血相を変えて物凄い勢いで額を地面に付けた。
「まさか…!畏れ多い…。
本当に申し訳ありません。うちの愚息が…!」
否定するのも、肯定するのも無理!って感じだ。
言った側から敬語を使いまくる隆覇さんに、千代壬さんは流石に困った顔をした。
「もう…。」
…そうなんだろうなぁ、とは思ってたけど
隆覇さんは本当に義理堅いなぁと思う。
一度決めた自分のルールには絶対に反したりしないんだろう。
例えそれが、主の願いとは関係なくても。
「あ、すまない帆凪ちゃん。
話をするかい?」
疑問系なのは、千代壬さんの前でして良いか…って事なんだろう。
…普通なら四の五の言わずに此処から立ち去るべきだ。
一般人には本人の安全のためにも、何の情報も開示すべきではないのだから。
………でも
さっきの様子を見る限り、隆覇さんは千代壬さんに隠し事はしたくない…というかしていると思われたくないらしい。
多分、話したくないのは血生臭いことだけ。
「相談なので…、凄くボヤけてて曖昧なんですけど…」
大丈夫ですか?と隆覇さんに。
聞いてて面白いものではないと思う。
全くの的外れになってしまうかもしれないし…。
すると隆覇さんはそのまま千代壬さんへ視線を向けた。
あ、本人に直接聞いちゃうんだ。
…信頼もしてるんだなぁ…。
「私は皆さんの話を聞いてるだけで楽しいです」
千代壬さんの微笑みに、隆覇さんは優しい笑みを浮かべた。
つくづく千代壬さんって……。
何かあるんじゃないかと勘ぐってしまう。
…ま、エミヤさん以上のビックリ箱にはならないだろう。
「じゃあ話しますね。
隆覇さん。
リミッターで能力を強化することは可能ですか?」
一応質問はしてるけど、これはほぼ確信に近かった。
問題は、これを使って誰が戦えるようになるのか…。
リミッターは、どのくらい作れるものなのか。
「………何故それを聞きたいんだい?」
まさか聞き返されるとは思わなかった。
…何か、危険な要素があるのかな…?
でも、その質問に答えるなら
「…一番の理由は、血に囚われて大好きな人を失いたくないからです」
他にも、これ以上、私の下の世代の子達を同じ目に遭わせたくない。とか
事実上、もうこんなことは続けられない。とか
色んな理由はあるけど…
百々のつまりは、私は、ケイが好きなんだなぁ…
「そうか…。そうか。」