『千代永を護るための一族』
「ぴーんぽーん」
と言いながら押したチャイムは、無情にもジーという音を鳴らした。
空気読めないなぁ…とボタンに向かって目を細めながら、私は玄関の前で誰かが出てくるのを待った。
「嬢ちゃん、んなとこで何してんだ……?」
すると思わぬ方向から声が聞こえてきた。
嫌な予感がしながら後ろを向くと、いかにも柄悪そうなおじちゃんが居た。
良く解らない柄のTシャツと真っ黒なジャケット、あまりに多い装飾品の数々…あと入れ墨。
「おっと…声出したりするなよ?
さぁ、手をあげて此方に来るんだ。」
厭らしい笑みを浮かべるおじちゃんがジャケットから見せたのはチャカ…っていう銃。
銃刀法違反なんだけどなぁと思ったけど、そんなこと言い出したら、私達は歩く兵器だった。
「ヤダ。」
私は無表情のまま、そう言った。
そんな兵器である能力者の中でも、更に私に声をかけるなんて…運が悪いというか。
「…は……」
おじちゃんは呆気に取られた様子で、目を見開いていた。
「だからヤダってば。」
どこのごろつきか知らないけど…おじちゃん組にすら入ってないでしょ。
ああ、いや、入れて欲しいから、こんなとこまで来たのかな…?
やっと理解できたらしいおじちゃんの額には、見る見るうちに青いのが見えた。
「んだと餓鬼ぃッ?!!!?!
人が下手に出てりゃぁっ!!!!」
おじちゃんは怒鳴りながら銃をジャケットで隠すのは止めて、私に構えた。
安全装置を外すのを見て、私は胸元にあるリミッターに手をかざした
ガラッ―
…!!!!誰か出てきた!!
一般人が出てきたことで、どうしようと思考を巡らせていると、何故か後ろへ引っ張られた。
「えっ…」
一瞬のことに反応が遅れたと同時に、
パンッ!!!
という煩い発砲音が聞こえた。
ヤバイ!!!!(後ろの人が)と思って庇おうとしたら、
「大丈夫さ」
そう耳元でささやかれた。
バニックを起こした脳の先の視線で、銃弾が地面に落ちたのが目に入った。
私達へ辿り着く前に…
その光景に、奪われていた目と耳を塞がれると、バンッバンッ!!!!と立て続けに音がしたかと思えば…今度は何処かに座らされた。
怒濤の展開に混乱していた脳は、声の主が解ったことで少しずつ安心していていった。
そうして私は、ゆっくり目を開けた。
「隆覇さん…!」
思った通り、枷 隆覇さんが私の視線に会わせて膝をついていた。
「やぁ、帆凪ちゃん。
またどうしてこんなところに?」
さっきまでの色々を完全にスルーした言葉に、思わず顔がひきつった。
「隆覇さんに話があって…けど、さっきの人は?」
隆覇さんは一切微笑みを崩さずに口を開いた。
「さぁ?どこかの破落戸じゃないかな。
それより話ってなんだい?
長くなるのなら、少し部屋で待ってくれると有り難いな。」
「あ…、うん。それは勿論…。
…ごめんなさい。
お婆ちゃんを介してしか会ったこと無かったから…」
連絡もなしに来て、迷惑をかけてしまったことに、視線は自然と下がった。
隆覇さんの連絡先は私は知らなかったし…、知ってる人はお婆ちゃんだけだと思う。
けど、お婆ちゃんと隆覇さんは仲が悪いから聞きづらいし…、次の集会までは待ってられなかった…。
「ああ…、良いんだよ。帆凪ちゃん。
謝るのは僕らの方さ。」
隆覇さんはそう言いながら私を抱いて、頭を撫でてくれた。
撫でながら、怖かったろう?とか、もう大丈夫だよ。とか言い続けてくれた。
別に怖くなかったよ。って言おうとしたけど、何でか息が詰まって上手く言葉が出てこなかった。
嘘じゃないもん。本当に、怖くなんてなかった。
本当なんだよ…?
…なのに、隆覇さんがあんまり優しく撫でてくれるから、
なんか…、違う事にまで頭が回ってしまった。
隆覇さんが、大人達が悪い訳じゃないんだよ
バタバタ!と大きな足音を立てながら玄関へ向かう男の人たちとすれ違いながら、私は前に居る人に付いていった。
すれ違う男の人たちとは違って、前に居る人は女性だし、動きにくそうな…キモノを着ていた。
昔の日本で着られてた物らしいけど、今時神夜お姉ちゃんの家の儀式でしか見ない。
代わりに着たことは何回もあったけど、めちゃくちゃ動きにくかったよ?
隆覇さんは、何かは解らないけど用があるらしい。(さっきの後始末)
だから私はそれまで待っている部屋に誘導されているところだ。
「千代壬様、失礼致します。
力道 帆凪様がお見えです」
これまた珍しいフスマの前で、女の人は正座の形をとって、向こうに居るであろう人に声を掛けた。
「…はい。どうぞ」
大きな声ではないのに、よく響く声が私の耳へも心地よく届いた。
女の人がフスマを開けた先に居たのは、布団から体を持ち上げて微笑んでいる女性だ。
見た目も実年齢もまだまだ若いはずなのに、その体は少し細く儚げな印象を持たせていた。
それにしても…部屋が異常なほど大きい…。
その割りに家具は少ない…むしろ、プレゼントらしき箱の方がずっと多い。どれも大切に仕舞われているけど。
「初めまして千代壬さん、力道 帆凪です。
お邪魔してしまってごめんなさい。」
私は千代壬さんに向かって言いながら頭を下げた。
千代壬さんに直接会うのは初めてだ。
話には聞いていたし、それらしき人を見掛けたことは有ったけど…。
「良いんですよ、謝罪なんて…
さぁ、中へ入って…?
私にお話を聴かせてください」
千代壬さんは至極穏やかにそう言って、私を中へ招いた。
その対応に思わずこちらまで微笑んでしまいながら、私は千代壬の横へ座った。
千代壬さんは、隆覇さんの奥さん…では決してなく。
隆覇さんの息子さんである、隆壱さんの奥さんだ。
能力者の家としては非常に珍しい恋愛結婚らしく、千代壬さんは一般人だ。
枷家の家柄のせいなのか、二人の恋愛はそれはそれは壮大なものであったらしい。
特に隆覇さんが大っっっ反対で、(隆壱さんの命が)ヤバかったらしい。
…今ではラブラブって噂だ。
けれど、その壮大な恋愛の疲れが来てしまったのか、千代壬はここ数年ずっと床に伏している。
因に、枷家は一般人と結婚しても何ら問題はない。
血が混じっても能力の衰えが見受けられてこなかったからだ。
逆に、私のお母さんみたいに能力者同士で結婚しても、能力者にならないこともあるみたいだけど。
更に更に、一般人と結婚しても、私のように能力者になることもある。
割りと行き当たりばったり。
だからこそ余計に、なるべく能力者が生まれる可能性を高くしなければならない。
でなければ、悪魔から一般人を守る人が居なくなってしまう。
…それが、重々解ってるから……。
「力道家当主様?
何か私がお聞かせ願える話はありますか?」
千代壬さんはどこまでも柔らかな、とても癒される笑みを浮かべてくれた。
まさに花のような人だ。
どうしようもなく魅了されてしまう。
…だからだろうか
「じゃあ…少し昔話でも聞いて貰えますか?」
ついつい口が滑ってしまうのは
「はい、是非。」
千代壬さんは頷いて微笑みを浮かべた。